同窓会で幼馴染と再会した後で

月之影心

同窓会で幼馴染と再会した後で

(遅刻だ……)


 俺は駅で電車を降りてから目的地へと足を進めていた。

 遅刻だと言いながらその足取りは重たく、ともすれば普段歩いている速度より遅いかもしれない。


(行きたくねぇなぁ……)


 頭の中で何とか出席せずに済む方法を考えてみたが、結局断る理由が思い付かないまま重たい足を一歩ずつ進める事になっていた。


 俺は笠岡陽介かさおかようすけ

 大きくも無ければ小さくも無いスポーツ用品メーカーで働く27歳のサラリーマン。

 縁が無かったからか、未だに独身だ。


 俺が足取り重く向かっているのは地元の駅前のホテル。

 ここで高校時代の同窓会に参加する為である。

 同窓会に参加したくないと言っても、高校時代は普通に勉強も運動も出来たし、今は交流が無くなったと言っても友達は大勢居て虐めを受けていたわけでもない。

 卒業して10年ぶりに会う連中も居るので、当時の話や今の話はいくらでも出来る。

 ただ、そんな話をして何になるんだ?と言うのが正直なところ。

 同級生が今どんな仕事をしていてどんな環境で居るかなんてどうでもいい事だ。

 別にそこで仕事に繋がって給料が増えるわけでもないし、本当に仲の良い奴なら同窓会なんかじゃなくても会ったり連絡を取り合ったりしている。

 それをわざわざ会費を払って中には会いたくも無い奴と顔を合わせなければいけないと思うと、参加する意味なんか無いんじゃないかと思えてくる。


 会場へは10分遅れで入った。

 既に乾杯は終わっていたようで、あちこちで昔談義に花を咲かせるざわめきが始まっていた。

 俺は入口で烏龍茶を手に取って近くの壁にもたれた。


「お?笠岡じゃん!会いたかったぞ!」


 クラスでそれほど仲が良いと言うわけでは無かった男が声を掛けてきた。

 確か長田おさだとか言うクラスのムードメーカー的な存在の奴だった気がする。


「え?笠岡君来たの?わぁ!めちゃめちゃ久し振り!」


 それに気付いた女が俺の方を見て声を掛けてくる。

 津山つやまさんだったっけ?

 面影を頼りに記憶の糸を繋いでいく。


 卒業後、何度か同窓会はあったらしいが、特に会いたいと思う同級生も居なかったので毎回欠席をしていた。


「いつも欠席しやがって。」

「そうだよぉ。私たちに会いたくなかったって言うのぉ?」


(その通りだよ……)


 そう言い掛けたのをぐっと堪えて、声を掛けて来た女の同級生に作り笑顔を向ける。


「いやぁ、いつも仕事と重なっちゃってね。」


 こういうつまらない嘘を吐かなきゃいけないから来たくなかったというのもあるのだけれど。


「おーぃ!」


 遠くから此方に声を掛けながら女が近付いて来た。

 彼女だけは忘れるわけが無い。

 いや、忘れようとしたけど未だに忘れられないと言う方が正しいか。


 瀬戸紗矢せとさや

 実家が向かい同士で幼稚園から高校までずっと一緒だった幼馴染にして、俺の初恋の相手でもあり、そして……最初の失恋相手でもある。

 紗矢は学校でも評判の美少女だった。

 大きな目と通った鼻筋に口角の上がった口元、出る所は出て締まる所は締まったスタイル、そして誰にでも気兼ねなく積極的に接していくコミュニケーション能力は、多くの男子を虜にしに勘違いさせ、数多の告白を受けていたと聞いた。

 そんな紗矢といつも仲良くしている俺を妬ましく思う輩も少なくは無く、一時期それを理由に軽く揶揄われた事もあった。


 俺は幼い頃から好意を抱いていた紗矢に、高校2年になる前の春休みに告白したのだが……


『ごめん……陽ちゃんはそういう風に見て無かったから……』


 ……と、あっさり振られてしまった。

 それでも紗矢は以前と変わらず俺に接してくれては居たが、器の小さな俺は頭の切り替えが追い付かず、徐々に紗矢との距離を置くようになってしまった。

 高校卒業までは家が向かいというのもあって全く顔を合わさないという事は無かったのだけれど、大学進学と同時に連絡は途絶えていた。


「久し振りだねぇ。」


 記憶が正しければ紗矢とこうして顔を合わせるのは、就職活動で実家に戻っていた時に偶然家の前で会って以来なので6年振りくらいになる。

 長らく会っていなかったが、紗矢は相変わらずの美少女振りを発揮していた。

 いや、もう27になるのだから美は失礼か。

 それとも、『女はいつまでも少女でありたい』とも言うので年など関係無く美少女でもいいのかも。


「あぁ、久し振り。元気だったか?」

「うん。元気だよ。陽ちゃんは?」


 紗矢に昔のままの呼び方をされたのは何となく気恥しくもあり嬉しくもあった。


「まぁぼちぼち。」

「相変わらずの陽ちゃんだ。」


 目を三日月の形にして紗矢が微笑んだ。


「滅多に家に帰って来ないし、帰って来たと思ったらすぐ戻っちゃうしで全然会えなくて寂しかったんだぞ?」


 そういう所だぞ。

 何人の男がその何気ない一言で転がった事か。

 俺もその一人だけどな。


「いいじゃんか別に。会っても近況報告か昔話くらいなもんだろ。」

「もぉ~。そういうんだから陽ちゃんはモテないんだよ。」

「ほっといてくれ。」


 俺は紗矢にモテりゃそれでいいと思ってた当時の気持ちから全然進めていないんだからあまり心の奥を抉るような言い方はしないで貰いたい。


 気が付けば、俺と紗矢を中心に高校時代を彷彿とさせる仲良しオーラを放出していたのか、声を掛けて来た長田や津山は勿論、周りの同窓生たちも一定の距離を空けてそれぞれに談笑していた。

 と、それに気付いたのか紗矢が俺の耳元にぐっと顔を寄せてきた。


「ねぇ、この後って空いてる?」

「ん?この後って同窓会の後?」

「うん。」

「まぁ、家に帰って寝るだけの予定だけど。」

「二人だけで飲み直そうよ。」

「は?」

「嫌?」

「い、嫌なわけないだろ。」

「じゃあ決まり。私、同窓会終わる前に先に出るから後で合流しよ。携帯の番号変わってないから終わったら電話してよ。」


 紗矢は矢継ぎ早にそう言うと耳元で『後でね』とだけ言って談笑する女性グループの中へと混ざりに行ってしまった。

 残された俺は氷の解けきった烏龍茶に口を付けると、再び壁にもたれかかって会場内を見渡した。


(ったく……人の気も知らないで……)


 何とも言えない気分のまま飲み食いしている内に同窓会は中締めを迎えていた。

 言っていた通り紗矢の姿は無く、既に外へ出ているのだろう。

 司会の一本締めの後、拍手とざわめきの残る会場を後にした俺は、ポケットからスマホを取り出して紗矢の電話番号を探して掛けた。


「今終わったよ。」

『えっと、ホテルの正面を出て右に歩いて行ったら100mくらいの所に右に入っていく路地があるの。路地に入って右側……3軒目にバーがあるからそこで待ってるね。』


 先程と同じく有無を言わさぬ口調で自分の居場所を伝えた紗矢は、俺が『分かった』と言い終わらない内に電話を切っていた。


(せっかちなのは変わってないな……)


 俺は小さく微笑みながら言われた場所へ足を運んだ。

 しかし、今になって二人だけで話したいと言われても、さっきも言ったように近況報告か昔話くらいしか無いと言うのに、改めて何を話したいと言うのだろう。

 殊更、俺の気持ちはあの時のまま進めていないのもあり、心の隅には僅かな期待が渦巻いていたのだが、『それは無い』と何とか気合で押し留めていた。

 期待するだけ後で虚しくなるのは目に見えているのだから。


 言われた通りの場所に周りに上手く溶け込むように適度な明るさを放つネオンを飾ったバーがあった。

 ドアを開けると『カランコロン』と来客を気付かせる低い鈴の音が店内に響く。


「こっちだよ。」


 カウンター席の奥で紗矢が手を振っていた。

 店内には紗矢とマスターらしき初老の男性だけしか居らず、静かなジャズが流れているだけだった。


「いい雰囲気の店だね。」

「でしょ?私の隠れ家なの。」


 薄暗い中、紗矢は得意気な顔で俺に自分の隠れ家を紹介してくれた。


「マスター、ギムレットハイボールを。」

「畏まりました。」


 俺は紗矢の隣に座ってマスターに注文を入れると、店内をぐるりと見渡しながら待っていた。


「お待たせしました。」


 俺の前に小さな泡を放つ液体の入った透明のグラスが置かれた。

 俺はグラスを手に取ると紗矢に向けて掲げた。

 紗矢も赤い液体の入った足の長いグラスを俺に向けて掲げてきた。


「久々の再会に。」

「再会に。」


 何だか大人になったなぁと感じつつ、冷えた液体を口に付けた。


「それで、急にどうした?何かビッグニュースでもあるのか?」

「え?あぁううん、何も無いよ。単に陽ちゃんと話がしたかっただけ。」

「ふぅん。」


 僅かな期待を膨らませないように気合を入れたのは正解だったかもしれない。

 俺はピスタチオの殻を割って実を口の中に放り込んだ。


「話って言っても、さっきも言ったけど近況報告と昔話くらいだろ?他に何かあるか?」

「ん~、今は陽ちゃんの近況報告が聞きたいな。」

「と言っても、毎日家と会社の往復。休日は朝から晩まで家でごろごろ。そんな話聞いてもつまらないだろう?」


 正面の酒瓶が並ぶ棚を眺めながら喋る俺の横顔を、紗矢は首を傾げてじっと見ながら俺の話を聞こうとしていた。


「つまらなくなんかないよ。それでも毎日色々考えてるでしょ?」

「そりゃまぁ無の境地を極めるつもりも無いからな。」

「何それ。」


 紗矢が楽し気に微笑む。


「どうすれば楽になるかとか、どうすれば仕事休めるかとか、そういう事は毎日のように考えてるよ。」

「あはは。それは私も考えてるわね。」


 少し素っ気ないと感じた俺は、もう少し詳細な話をしようと思い、仕事の事や休みの日に家で居る時の事をぽつぽつと話し聞かせた。

 紗矢は両手を顔の前で組んでその上に頬を乗せ、横から俺の顔を見続けていた。


「紗矢の方はどうなんだ?何か変わった事無かった?」

「私は……無いかな……」


 紗矢が俺に向けた視線を外して言った。


「人に散々話させておいて自分は無いのかよ。」

「だって何も変わって無いんだもん……」


 変わっていないと言っても6年振りに会ったのだからその間に変わった事くらいあるだろうに。


「けど大学行って就職して、色々変わった事あるじゃないか。」

「そりゃ環境は変わったけどね……私の中身は何も変わって無いのよ。」


 6年前は一瞬見ただけだったのではっきりとは覚えていないが、記憶の濃い頃と比べれば随分と大人になったし、何も変わっていない事は無いだろうけど、精神的な事を言うのであれば俺も似たり寄ったりだ。


「まぁかく言う俺も精神的には殆ど成長してないけどな。」


 少し軽い口調で言った。

 俺の横顔に視線を戻した紗矢がふふっと小さく笑う。


「どの辺りから成長が止まってるの?」

「どの辺り……難しい質問だな……」


 精神的=気持ち的に止まっていると言えば、紗矢を想う気持ちくらいしか頭に浮かばなかったが、今更口にする事でも無いだろうと口を噤んだ。


「私は……」


 紗矢は俺の横顔に視線を向けたまま呟いた。


「高校2年生になる前の春休みから……かな。」


 俺の心臓がどくんっと大きく跳ねた。

 それは恐らく一生忘れないであろう、俺が紗矢に振られた春休みに違いなかったから。


「あの時から私は成長してないんだ。」


 振られた俺が言うならまだしも、紗矢が成長していないとはどういう事なのだろうか。

 俺はグラスのカクテルに口を付けて紗矢の言葉を待った。


「私はあの日からずっと、が正解だったのか考えてた。勿論、陽ちゃんを幼馴染以外に思っていなかったって言うのは間違いじゃないのよ。は本当にそう思っていたから。」


 一言ずつ言葉を選ぶようにゆっくりと紗矢は語っていた。


「けどあの後、陽ちゃんとあまり話さなくなって、やっぱりあれは間違いだったのかなって思って……でもあの時の自分は嘘は吐いていないし……って考えてたら、答えが出ないままこの歳になっちゃったってわけ。」


 結局どっちなんだろうかと俺の方も考えが右往左往してしまっていて、何だか急に可笑しくなってきてしまった。


「はははっ……」

「何が可笑しいのよ?」


 そういう紗矢も顔は笑いを堪えているような表情だ。


「いや、それなら俺もから成長止まってるのかと思ってね。」

「そうなんだね。」


 俺は紗矢と顔を合わせて小さく笑った。


「今なら正解言えるかな?」

「どうかな?また先で『正解じゃなかったかも』って悩むかもしれないぞ?」

「だとしても、でそれぞれ違う成長が出来てると思うよ。」


 紗矢の顔が一瞬、あの春休みに振られた後にそれでも俺と仲良くしたいと接して来た頃の表情に見えて、やっぱり俺はずっと紗矢の事が好きなのだと改めて思い知った気がした。

 俺はグラスに残ったカクテルを飲み干して机に置き、紗矢の方を向いた。


「俺……やっぱ紗矢の事忘れられそうに無いわ。紗矢、俺と付き合ってくれないか?」


 紗矢は笑顔で俺の顔をじっと見たままだった。


「ごめんね……」


 長い沈黙だった。


(やっぱりだめか……)












「……こんなに長い間返事間違ったままにしておいて……だから……宜しくお願いします。」


 俺は目を大きく見開いて紗矢を凝視してしまっていた。

 その顔を見て紗矢は声を上げて笑った。


「あはは!何て顔してんのよ!」


 目の奥が熱くなって視界がぼやける。

 涙じゃない……目を見開き過ぎて乾いただけだ。


「あ、あはは……そ、そうか……よろしく……な……」


 俺は安堵から全身の力が一気に抜け落ちるのを感じ、椅子に深くへたり込んでしまった。




「おめでとうございます。」


 マスターが俺たちの会話を邪魔しない声で横から声を掛けてきて、俺と紗矢の前に真っ白なカクテルを置いた。


「これは?」


 紗矢が笑顔のままマスターに問い掛けた。

 マスターは穏やかな笑顔で言った。


「此方は『プリンセスメアリー』という名のジンベースのカクテルです。」


 俺は照れ臭くなって俯いてしまった。


「ねぇ、どうしたの?どういう事?」


 紗矢は俺の顔を覗き込むように顔を寄せて来たが、俺はその目線から逸らせるようにあっちを向きこっちを向きしていた。


「マスター、ありがとう。」


 俺はマスターに向けてウィンクをしながら礼を言った。


「いえいえ。ほんの気持ちです。」


 マスターは柔らかい笑顔を返してきた。


「何よ。私だけ除け者なの?」


 頬を膨らませて不機嫌な表情を作る紗矢。

 俺は笑いながら紗矢の頭に手を伸ばして撫で、カウンターの向こうでマスターは深々と頭を下げていた。












数日後。




「ねぇ、あの時のマスターとのやり取りって何か意味があったの?」


「あぁ。カクテルには花や石のように『言葉』が込められていてね。」


「カクテルの言葉?」


「そう。あの時出してくれたプリンセスメアリーは『祝福』って意味があるんだよ。」




 あれ以来、俺はよくあのバーに通うようになっていた。

 幼馴染で婚約者となった紗矢と共に。

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