第108話 暗雲
「皆さん、どうかしましたか?」
一通り俺達を見渡した後、セイナは不思議そうな表情を見せる。
まさか歩き姿に見惚れられていたとは露ほども思ってはいないのだろう。
それにしても、あの脳筋ギルマスの妹がこれほど気品漂う女性だとは一体誰が想像できるだろうか? いや、絶対に不可能だ! そんなことを思っていると、再びセイナの優しい声が聞こえてくる。
「あのぅ……皆さん?」
2度目の声掛けで漸く我に返る俺達。
そして慌てて返答する俺。
「えっ、あっ、な、なんでもないです! そっ、それより! さっきは何をしていたんですか?!」
誤魔化すように話題を変えると、セイナは少し考えた後に微笑みながら言葉を返す。
「さっき……ですか? ……あぁ、先程はキュロスさんが討伐した魔物達を回収していたところです……ふふっ、とても多くて大変でした」
「あ……す、すみません……」
「いえ、寧ろ助かりました。あれほどの素材が集まったのですから、んふふっ……あ、それで北門の方はどうでしたか?」
多くの素材が集まったことが余程嬉しかったのか、セイナは微笑んだままだ。その優しい微笑みを見ていると何故か心が高鳴ってしまう。
しかし、その心の高鳴りを無視して北門での出来事を伝えることにした。セイナはギルド職員なので報告する義務があるからだ。
ただ、色々と面倒になりそうなので神理魔法や神理スキルについては隠しながらだが……
最初は変わり果てた地形や魔物の種類などの必須事項を伝えていたのだが、次第に纏わりつく血の匂いや魔物を殴った拳の感触などの私的なことまで口にしていた。
そして、最後に呟いた言葉は「こんなこと、二度と経験したくないな」と……
「……そうですか、まさかそれほどとは……ですが、ご無事で何よりです……本当に……」
労いの言葉を掛けてくれたセイナを含め、この場にいる誰もが暗い表情となった。
特に当事者であり指揮者でもあったムツコに至っては、俯きながら静かに涙を流すほどだ。本来なら声を上げて泣きたいところを必死に堪えており、その姿は痛々しくて見ているのがとてもつらい。
ただ、その気持ちは物凄く分かる。結果的に街を守れはしたが、数多の仲間を守れなかったのだから……きっと、喪った者の中には知人や友人もいたはずだ。
こんな時、どんな言葉を掛けるのが正解なのだろう? 気づけばそっとムツコの頭を撫でていた。君はよく頑張ったと心の中で褒めながら……
「……えへへっ、ご心配をお掛けしました! キュロス様のお陰で私ちゃん復活です!」
頭を撫でる俺の手に触れ、笑顔で顔を上げるムツコ。俺達にこれ以上の心配を掛けさせまいとしているのだろう、無理して明るく振る舞っているのが丸分かりだ。
「……ならよかった、力になれて嬉しいです」
そんな健気で優しいムツコを、俺は精一杯の笑顔で迎え入れる。すると場の雰囲気は一気に明るくなり、皆にも笑顔が戻った。
うん、これで良い。そう思った直後、セイナの携帯魔電話から着信音が鳴り響く。きっとギルマスからだろう。
セイナが背を向けて応対し始めたので、俺達は静観することにした。
「……はい……はい……かしこまりました……はい、それでは失礼いたします……」
応対後、セイナの表情は暗く曇っている。
その表情はまるで、これからの雲行きを暗示しているようであった……
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