第90話 瞳に浮かぶ何か


「へぇ〜、私のカラダには全く興味無いくせに、この娘の生脚には興味あるんだ〜、へぇ〜?」


 イズナからピリピリするほどの痛い視線と言葉を送られ、初めて自分の行ないが礼儀に欠けていることに気づく。

 だがイズナの顔を見るなんてことはとてもできず、どうせなら目の前にいる女性からの冷めた視線でも受けようと、生脚から視線を上げて顔を覗くことにする。


(はぁ……どうせ虫でも見るような冷たい目をしてるんだろうな……はぁ……)


 心の中で2度のため息を吐き、生脚から胸部へ、胸部から頸部を通過して顔を覗いてみた。すると……



「……えっ?」

(……えっ? 何故そんなに頬が赤くて目も潤んでるんだ? もしかして、風邪でも引いてるのか……?)


 思わず驚いてしまったが、それは女性が俺の想像とはまるで違う反応を見せているからだ。

 恐らくは風邪を引いているせいだと思われるのだが、特段つらそうには見えず、寧ろ気分が高揚しているように見える。


(気のせいか? でも……)


 人の感情に疎い俺では当然分かるはずもなく、目のやり場にも困っていたので、仕方無しにイズナの顔を見ることに。


(……あれ? イズナさん、怒ってないぞ? というよりも、何か呆気に取られてるような……?)


 イズナの様子が気になるので視線の先を辿ってみると、行き着いたのはなんとあの女性の顔であった。


(何故だ? 何故イズナさんはあの人の顔を見て呆気に取られてるんだ? うーん、全く分からん……)


 首を傾げて悩んでいる最中、よろけながらもその女性は立ち上がり、何も無いところで足を躓かせては「きゃっ!」と声を上げて俺の胸に飛び込んできた。


「えっと、大丈夫ですか?」


「はい♡ 大丈夫です♡」


 大丈夫と答えた女性の瞳には、ハートの形を模した何かが浮かび上がっており、それは比喩ではなく実際に浮かび上がっているのだ。

 初めて目にした物珍しさからつい凝視していると、目の前にいる女性とイズナはほぼ同時に同様の問い掛けをしてくる。


「あの、この瞳を見てて何か感じませんか?」


「ねぇ、そんなに凝視して何か異変はない?」


「え? いや、別に何もありませんが……?」


 俺の返答を聞いた2人は、鳩が豆鉄砲を食ったかのようにキョトンとしてしまい、何故そうなったのかは先程の2人の問い掛けが関係しているのだろう。

 そしてその2人の問い掛けに共通するものは、目の前にいる女性の「瞳を見たこと」で間違いなく、その瞳には一体どんな秘密があるのだろうか。

 そんな風に女性の瞳を見ながら考えていると、女性の後ろから複数の刺すような視線を感じる。


(ん? なんであの人達は俺を睨んでいるんだ……? あっ、そういうことか!)


 刺すような視線を送ってくるのは女性の後ろにいる4人の男達であり、それはきっと俺と女性が密着したうえに見つめ合ったからだ。

 その4人の男達は、嫉妬してしまうほどに女性のことを好いているのだろう。


「なんかいいな、そういうのって……」


「えっ!? どうしたのいきなり!?」


 ついうっかり呟いたことにイズナが反応してしまい……


「いっ、イズナさん! は、早く他の皆さんも助けに行きましょう!」


「え、えぇ……」


 それを誤魔化すため、慌てて先を急ぐのであった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る