第92話肥大・着色・成熟ーー集大成!!


「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。シェザール、これより元の任に復帰いたします!」

「良かった、本当に! シェザールが元気になってくれて、本当に……!」


 ジェスタはシェザールの腕の中で、まるで子供のようにワンワン泣きじゃくっていた。


「トーカさんも、私が不在の間お手伝いをしてくださいましてありがとうございます」

「いえ、その……ひっく……」


 トーカもシェザールの復帰を心から喜んでいるらしく、目に涙を溜めている。

するとシェザールは優しい笑みを浮かべて、空いている腕を開く。


「宜しければいっらしゃいますか? お嬢様のお隣でよければですけど」

「おいでよ、トーカちゃん! 一緒に喜ぼうよ!」

「うっ……うっ……シェザールさぁーん!!」


 トーカも飛び込んだ。

 同じ血を分けた三人は、互いの関係を知らずとも、心を一つにして泣きじゃくっている。


「まるでジェスタとトーカの母親のようだな、シェザールは」

「ーーっ!? ノルン殿!?」


 敢えて放ったノルンの発言に、シェザールは明らかな動揺をみせている。


「ノルンさんの言う通り、シェザールさんは2人のお母さんみたいですね?」


 事情を知っているリゼルさんもいたずらっ子のような笑みを浮かべながら言葉を重ねた。


「お、お二人とも、何を冗談を!! 私は、その……」

「そうだよ! その通りだよ! シェザールは私のお母さんだよ!!」

「えっ……?」

「本当のお母さんのことなんてもうどうでも良いよ! シェザールが私のお母さんなんだ! それでいい! それが良いんだよ!!」

「ジェスタ……様……」

「わ、私も!」


 すると今度はトーカも声をあげ、真剣な眼差しでシェザールを見上げた。


「私もシェザールさんのこと、お母さんって思いたいです……」

「トーカさん……わ、私で……本当によろしいので?」

「はい! お願いします!」

「ありがとう……ございます……!」


 シェザールは涙をこぼしつつ、ジェスタとトーカを抱きしめた。

 きっと彼女は、こうして母親のようだと“慕われて“も、決して自分が本当の母親だと名乗り出ることは無いのだろう。

むしろこの三人は、血の繋がった親子、などといった言葉必要ないのかもしれない。


「私を母親のように慕うのでしたら、相応の覚悟をしてもらいますね! 私はとっても厳しいですよ?」

「望むところだ! むしろ私は慣れている!」

「が、頑張りますっ!」

「良いお返事ですよ2人とも……ふふ……それでは作業に戻るとしましょう!」


 シェザールは2人を離した。丘の上から雨でずぶ濡れとなった葡萄農園を見下ろす。


「護衛隊! 八卦陣!」


 シェザール達護衛隊は陣を組んだ。

彼女らを緩やかな赤い魔力が包み込んでゆく。


「威力10分の1! 暴龍風ロンフーン!」


 暖かい風がまきこり、水に濡れた葉を、房を揺り動かす。

 威力を極限まで抑えた風属性の攻撃魔法が、農園の水滴を吹き飛ばしてゆく。


(そうか、その手があったか!)


 ノルンもまた魔法上金属の籠手を装着し護衛隊に並んだ。

そして鋼に包まれた左腕を天高く突き立てる。


「集え! 日輪の輝きよ! 眩き光よ! その力を現し示せ! そして発言せよ! 輝く必滅の力を!」


 ノルンの雄々しい祝詞が、太陽の輝きを集め始めた。

 空は遠く、更に普通の人となったノルンに、敵を倒す程の太陽光は集められない。

しかし今はそれで十分。


「こちらも威力10分の1! ライジングサン!」


 ノルンは集めた太陽光を、護衛隊が放つ暴龍風の前へ放り投げた。


 風は太陽の輝きを受け、暖かな風となって農園の中を駆け巡る。

 雨の水分が葉や房からゆっくりと消え去ってゆく。


 そして風が治まった頃にはもう、葡萄農園は雨が降る前のようにすっかり乾燥していたのである!


「全く、こんなことに魔法を使って……一歩間違えてたら、熱風で農場がダメになってしまうんだぞ?」

「ふふ、ご安心くださいお嬢様。私とノルン殿でしたら、お嬢様のようなポカミスはしませんからね!。ですよね、ノルン殿?」

「あ、う、むぅ……」


 なんとも答えづらいノルンなのだった。


「さぁ、お嬢様! 幾ら晴れたとは言っても日没まで時間がありませんよ!」

「ああ、わかっている! みんな、作業再開だ! 私に続けぇー!」


 ジェスタを先頭に、皆は続々と農園へ向かってゆく。

 雨によって澄んだ空気の中、ノルンは爽やかな汗を流しつつ、傘かけを進めてゆく。


「トーカさん、ここはもう少ししっかりと巻きつけたほうがいいですよ?」

「あ、はい!」


 シェザールはトーカへ手取り足取り、指導を行っている。

そんな2人の様子をジェスタは微笑ましそうに見つめていた。

更にそんな3人の様子を、ギラは作業をしつつ、じっと観察している


「気になるか?」


 脇で作業をしていたノルンが声をかけた。


「ノルンさん、あなたはシェザールのことを……」

「だいたい把握している」

「そうでしたか……」

「実際、君はあの状態をどう思う?」


 ギラは相変わらず作業の手を止めない。

しかし葉の間から見えた彼の横顔は、どこか笑っているように見えた。


「トーカが楽しそうならそれで良いです。娘の笑顔が一番ですので……ノルンさん」

「?」

「シェザールの気持ちを受け止めてくださってありがとうございました」

 

 ギラはそういって、奥の葡萄の畝へ向かっていったのだった。


「お嬢様! もっと丁寧に作業をしてください! トーカさんを見習ってください!」

「お、怒んないでよ! ちょと手元が滑っただけで……」

「ジェスタさん、頑張りましょう!」


 ほのぼのと笠懸は進んでゆく。

 そして目標通り、日没前には全ての房へ笠をかけ終えた。


 しかし戦いはこれで終わりではない!


⚫️⚫️⚫️


「本日より分散して作業を行いことにします! 自分は摘心を! ジェスタさんを中心としたグループは房の調整を、シェザールさんのグループは誘引と不要な枝の除去を! ノルンさんのグループは農場全体の草刈りをお願いします!」


 ギラ農場長の指示が飛び、皆はそれぞれの作業へ分散してゆく。


 <摘心>とは伸びすぎた新梢を適正な長さに切りそろえること。

これをしないと、枝の伸びばかりに養分を取られて、房へ栄養が回ってゆかない。

 ギラは慣れた動作で鋏を扱って、どんどん伸びすぎた枝を切り揃えている。


「房の大きさを、この鋏の付け根から先端程度までに調整してください」

「ジェスタさん、ここに病気のようなものがありますが?」

「それも除去してください!」


 ジェスタとリゼルさんを含む、<房の調整>グループは、一房一房へ真剣に向き合って、鋏を入れ始めた。

 こうして房を調整することで、均一な葡萄の品質を得ることが目的である。


「わわ! すっごいぐちゃぐちゃ!」

「そうですね。これをきちんと整えて、風通しをよくするのが私たちの任務です。できそうですか?」

「頑張りますっ!」


 シェザールとトーカを含む、<誘引>グループは、垣根の中で乱雑に伸びた新梢へ達向かってゆく。

 同時に不要な枝を切ってゆくのも、このグループの主な仕事だった。


「これより、農園の雑草掃討作戦を開始する! 各員、準備!」


 そしてここに明らかに気合が入りすぎな男が1人……もちろん、元勇者のノルンである。


「では……突撃ぃぃぃぃ!!」

「「「「「ワァァァァァァ!!」」」」」


 かくしてノルンを中心とする雑草殲滅部隊は鎌を片手に、農園へ一斉に駆け込んでゆく。

 雑草は適度に除去をしないと葡萄の生育に悪影響を与える。さらに虫の温床となって、さまざまな被害を齎してしまう。

故に単純ながら非常に重要な作業の一つだった。


「むっ!? この気配は!!」


 と、草刈りを始めてしばらく経った頃、ノルンはもう一つの外敵の存在を気取った。


「ダリル、付き合え! 皆はそのまま作業を続行!!」


 ノルンは護衛隊のダリルを引き連れて、森の奥に出現したメガフィロキセラの殲滅に向かっていった。


 夏になるに連れ、日々こうした作業の繰り返しだった。

 植物の生育と、それを制御しようとする人との戦いの日々であった。


 そうしている間にも、豆粒のようだった房の果粒はどんどん肥大化してゆく。

太陽の恵を受けて、白葡萄は透明感を増し、黒葡萄は黒曜石のように輝き出す。


 時折、夕立に遭うことはあった。

 それでも天気は基本的に快晴続きだった。


 日々、枝や房を調整し、草を刈り、ついでに魔物の撃退してゆく。

それを繰り返していれば、あっという間に1ヶ月という月日が流れ、そしてーー


「よし! できたぁーー!! 皆、ここまでご苦労だったぁー!!」


 ジェスタは満足そうな声を響かせた。


 葡萄は見事に成熟し、たわわな実りを見せている。


 ジェスタとギラ農場長曰く、ここで栽培の仕事は一区切りらしい。


「皆、ここまで本当にありがとう! あとは収穫を待つばかりだ! 始まる時には声をかけるので集まってくれるとありがたい! どうかこれからもよろしく頼む!」


 そういってジェスタが頭を下げると、誰もが暖かい拍手を送った。

 彼女は嬉しはずかしと言った具合に頬を赤く染めて見せる。


 そんなジェスタの顔を見て、ノルンは胸の高鳴りを覚えた。


(しかし未だだ……今は未だ……)


 これからがワイン造りの本番。ジェスタにとって重要な時期になる。

それまで、この芽生えた気持ちは、そっと胸の奥へしまっておこうとノルンは硬く決意する。


「ん……? ノルン、どうかしたか?」

「な、なんでもない!」

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