第91話熾烈を極める農繁期


「まもなく雨が来そうだ! 皆、申し訳ないが急いでくれ!」


 ジェスタは切迫した声を響かせた。

 ノルンを含め、作業に従事していた者は皆、スピードを早める。


 本日の作業は葡萄の房への傘かけ。

 長い切れ目の入った紙を房の上へ円錐状に巻き、クリップで止めるといった単純な作業である。

しかしこれの効果は非常に大きい。


 こうして房へ傘をかけることで、日光による熱害や、ベト病などといった病害が守ることができる。

しかし濡れた状態で傘を掛けると逆効果になってしまうので、房が乾燥している状態でかけるのが望ましい。


(雨に降られては傘かけができなくなる。急がねば……!)


 今日も作業人数はノルンを含めてたったの六人。

傘かけはまだ半分も残ってしまっている。


「遅くなってすみません! 手伝います!」


 教会での勉強を終えたトーカが合流してきた。


「最近、顔を出せずすみません。何をしたら良いですか!?」


 夜勤明けのリゼルさんも眠気まなこを擦って、加わってくれた。


 たった2人。されど2人。

 傘かけのスピードは格段に上がってゆく。


(のこり三分の一。上手くゆけば今日中には!)


「みなさん、限界です! 早くあの樹の下へ避難してください」


 ギラ農場長がそう叫んだ。

 空からは、龍の声のような、稲妻の轟が降りてくる。


 ノルン達は急いで、大樹の下へ走った。

 途端、空が大泣きを始め、激しい雨が降り注ぐ。


「クソっ……あと少しだったのに!」


 ジェスタは自然の力の前に、悔しそうに歯を食いしばっている。

 

 雨は滝のように降り注ぎ、房へかけたばかりの傘を容赦なく打ち据える。

 止めが甘かった傘は雨に叩き落とされる。ふくらみ始めた房が風雨の元に晒される。


「そんな……」


 トーカは雨に叩き落とされた傘を見て、愕然としていた。

おそらく、あの傘は彼女がかけたものなのだろう。

するとそんな様子に気がついたジェスタは、落ち込むトーカの肩を抱く。


「大丈夫。あれぐらいで葡萄は負けないよ?」

「で、でも! ごめんなさい、下手そくで……」

「ちゃんと見てあげなかった私も悪いんだ。次は一緒に頑張ろ? ねっ?」

「ありがとうございます、ジェスタさん……」


 たとえ真実は永遠に闇の中だったとしても、ジェスタとトーカは本当の姉妹なのだと感じるノルンなのだった。

 その時、ノルンの感覚が、魔物の気配を感じ取る。


(またメガフィロキセラか! こんな時に!!)


 ノルンが眴をすると、護衛隊の面々は頷いてみせた。


「またメガフィロキセラが現れた。討伐してくる!」

「そ、そうか。いつもすまない……」

「構わん。ジェスタ達は醸造場でできることをやっていてくれ。行くぞ!」


 ノルンは勇ましく、護衛隊を引きつけれ、豪雨の中を走り出す。


⚫️⚫️⚫️



「メイガーマグナム! エンドシュートッ!」


ノルンの放った光弾が、雨を物とものせずに、虫の魔物を粉砕した。


護衛隊も果敢にメガフィロキセラと果敢に戦闘を繰り広げている。


メガフィロキセラ自体は弱い。

人となったノルンであっても容易に倒せる程度の魔物。

ただしーーそれは数は数匹から十数匹だった時に限ってである。


(なんだこの数は……以前より増えているぞ!?)


いくらメガフィロキセラを倒そうとも、森の奥から続々と出てくる始末。

更にノルン達は滝のように降り注ぐ雨に打たれながらである。


 雨によって体温を奪われ、みるみるうちに体力が減少してゆく。


「負けるか……魔物などに負けてたまるかぁぁ!!」


 ノルンは冷え切った体へ叫ぶ。

そうして自分へ檄を飛ばして、拳でメガフィロキセラの甲羅を叩き割る。


 その時、護衛隊のダリルが、メガフィロキセラに突き飛ばされた。

 陣形が崩れ、1人、また1人とメガフィロキセラの体当たりを受けて、突き飛ばされてゆく。


「やらせん! やらせん……ぐわっ!?」


 冷え切った体の影響で注意力が散漫になっていた。

 ノルンまたメガフィロキセラに突き飛ばされ、球のように地面の上を何度も跳ねる。


 誰もが限界だった。もはや立ち上がることさえできなかった。


 そんなノルン達の様子に気づいた巨大な虫達は、彼らを無視して山を降り始める。


 元々フィロキセラは"ブドウネアブラム"と呼ばれ、葡萄の樹を殺してしまう害虫である。


「狙いはやはり、農園か……! させん……させんぞ……! こんなことでジェスタの夢を……!」


 ノルンは意識を朦朧とさせながらも立ち上がった。

覚束ない足取りで、しかし敵の姿はしっかりと見据えつつ跡を追う。


 頑張っているジェスタのためならば……しかしそんな意思に反して、ノルンの体はいうことを効かない。


(俺はまた失うのか……大事なものが失われるのを指を加えてみているしかないのか……!)


「GYUKYUーー!!」


 突然、雨音の中にメガフィロキセラの断末魔が響き渡った。

 目の前では巨大な虫の魔物が次々と切り裂かれ、体液を上げている。

 あっという間に目前のメガフィロキセラは駆逐された。

死骸の中に佇んでいたのは、柳葉刀を持った、麗しい女性の妖精。


「立て! この程度の戦いでへばってしまうなど、ジェスタ様の護衛隊として恥ずかしいぞ!」

「シェザール隊長!」


 護衛隊の面々は激しく喜びをあらわにする。

 シェザールは豪雨などものともせずに、いつもの凜然とした佇まいでノルンへ歩み寄る。

そして颯爽と傅いた。


「傷はすっかり癒えました。シェザール、只今より姫様護衛の任に復帰いたします!」

「よく戻ってくれたシェザール。頼りにしているぞ」

「はっ! この身この命はジェスタ様、そしてノルン様のもの! 誠心誠意尽くさせていただきます!」


 シェザールはすくっと立ち上がった。

指示を出さずとも、護衛隊は彼女を中心に陣を組む。


「さぁ、皆のもの! 久々に行きますよ! 八卦陣!」


 シェザールを中心に据えた護衛隊の面々から鮮やかな緑の輝きが迸る。


「「「「暴龍風ロンフーン」」」」


 鍵たる言葉とともに、護衛隊から激しいつむじ風が巻き上がった。

風は木々の間を龍のようにすり抜けて、迫り来るメガフィロキセラのみを曇天へ巻き上げた。

風圧が巨大な虫の魔物を次々と圧殺してゆく。


「抜剣! 残りは白兵戦で各個と殲滅する! アタック!」


 シェザールの勇ましい指示の下、護衛隊はそれぞれの武器を手に散ってゆく。

 

 先程までは皆、限界だった。

 もはやこれまでと諦めかけていた。

 しかし、それは弱い心が、体へそうさせていたのだと思えならない。


「ジェスタの、トーカの……皆の夢を壊させはしない!」


 たった1人。されど偉大なる1人。

 シェザールの復帰により精神的な支えを得た護衛隊は獅子奮迅の活躍を見せている


 いつの間にか雨は止み、曇天の向こうからは太陽が暖かな光を降らせてきている。


(俺も護衛隊に負けてられんか!)


 ノルンもまた気持ちを一新し、地面を蹴った。

そして果敢にメガフィロキセラへ挑んでゆく。



⚫️⚫️⚫️



 雨が止み、暗く沈んだジェスタの顔を、太陽が明るく照らし出す。

 美しい緑色を取り戻した農園。


 そのはるか彼方に彼女はみた。


 この農園を魔物から守るために必死に戦ってくれた戦士達を。

そして戦士達の中に、本当の家族以上に大切の思える女性の姿を。


「シェザールっ!!」

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