第83話こんな私でもできること(*ジェスタ視点)


「塩はわかる……あの白くて甘いやつだよな。コーヒーは飲むと美味いやつ………むむ? ピーマン……あの細いカボチャのような野菜だったか?」


 ジェスタはぶつぶつ独り言を言いつつ、村をゆく。

 人族の国ネルアガマ王国の更に辺境の辺境であるヨーツンヘイムへは妖精などほとんど来ない。

来たとしても秋の祭での司祭役くらいである。


 更にジェスタ・バルカ・トライスターはどこか中性っぽい雰囲気を漂わせた、贔屓目に見てもかなりの美人なわけで……


「なにあのイケメン!? こんな田舎に!?」

「いやいや、どう見ても女性でしょ?」

「はぁー……美しき妖精さま、ありがたやありがたや……」


 否応なく注目を集めてしまっていた。


「まぁ、いい! 店に行けばなんとかなる! やる気があればなんでもできる、だ! ちゃんと買い物をしてノルンを驚かせてやるぞ! ふふ」


 こうしてジェスタは周りの注目など全く気にせず、生まれて初めての1人でのワイン以外で買い物に出た!

 勿論彼女の背後には全く気取られないよう追跡をしているシェザールをはじめとした護衛隊の面々。

お約束である!



⚫️⚫️⚫️



「これは……砂糖だな?」

「ん? 白くて甘いのが塩だろ? で、白くて塩っ辛いの砂糖じゃないのか?」

「……逆だ」

「えっ?」

「今朝、君はリゼルさんからコーヒーに入れるための砂糖をもらっただろ?」

「あっ!?」


 そうだったと思い出すが、今更である。


「コーヒーはまぁ、豆でも良いだろう。本当は挽いたものが良かったが、これは俺の伝え不足だ」

「良かったぁ……」

「しかし!」

「ッ!?」

「これはなんなんだ!?」


ノルンが指差す先には、大きくて立派なカボチャがゴロゴロと。


「今日はカボチャがとっても安かったからな。大は小を兼ねるというし」

「ピーマンはナス科で、カボチャはウリ科だ。確かに緑色はしているし、表面に筋のようなものは入っているが別物だ」

「そ、そうなのか?」

「そうだ」

「そうか……ごめん……はぁー……」


 どうやらやらかしてしまったらしい。

 ブドウだったら判別できるのにと思うが、後の祭り。

さすがのノルンでも、ここまでの大失態では心だやかではないはず。


「さすがにカボチャのレシピはあまり知らん……リゼルさんに聞いてみるか……」

「いまから訪ねるのか?」

「ああ。診療所も終わる頃だろうからな。少し待っていてくれ」

「そうか……」

「あまり気にやむな。誰でも失敗はあるし、俺にとってもカボチャ調理のスキルを獲得する良い機会になったからな。ありがとうジェスタ」


 ノルンはそういって山小屋を後にする。


 改めて彼は本当に優しい人なのだと思った。

だからこそ、戦いとワインのこと以外はポンコツな自分が許せないジェスタなのだった。


「シェザール、いるんでしょ?」


 そう言うとぬっと背後から気配が現れた。


「ねぇ、どうして何にも言ってくれなかったの? あたふたしてる私を見て面白がってるの?」

「……」

「さすがに趣味悪いよ、そういうの……」

「それが今の貴方なのですよ、姫様」

「それは……」


 取り柄であった戦う力を失った彼女は本当に無知だった。

 無垢とも言える。


「手を下すことは簡単です。ですがそうしたら姫様はご自分の現状に気がつくことができなかったでしょう?」

「……」

「同じ迷惑をかけるにしても、自覚しているのと無自覚では反省の度合いが全く違います。だって無自覚なのですから反省する隙間もありませんしね。そうした迷惑ほど迷惑なものはありません」


 シェザールのものいいは厳しい。幽閉時代からそうだった。

だけど悪意はあるわけではない。むしろそこには大きくて、暖かな愛情があるのだと、もう長いこと一緒にいるのだから分かっている。


「これで姫様がご自分の愚かさに気がつけました。ご自分の行動が無自覚ながらも他人へ迷惑をかけてしまうと思い知ることができました。だったら、これからはそういうご自分を認識して、慎重に行動してゆけば良いだけですよ」

「でも、ちょっと厳しすぎやしない?」

「獅子の親は我が子を谷へ突き落とし這い上がってきた強き子のみを育てると聞きます。頑張ってくださいね。勿論致命的な時は必ずお助けしますから」


 シェザールはジェスタの頭をまるで子供のように撫で始めた。

いつもは厳しくせに、こうして最後は甘くなる。改めてシェザールは天性の人たらしだと感じる。

 父の都合で幽閉され、母親はどこの馬の骨ともわからない……そんなジェスタにとってシェザールは侍女以前に、母親ですらあった。


「なら、そんな姫様へ一つ、ノルン殿や皆さんにお役に立てるヒントを差し上げましょう」


 シェザールはジェスタへ巻物を差し出してきた。

そこにはヨーツンヘイムの山々の様子が事細かに描かれていた。

道にはルートが書き込まれていて、山間のある一点を目的地として示している。


「これって?」

「明日にでもそこへ向かってみてください。きっと良いことがありますよ?」

「分かった。シェザール!」

「はい?」

「ありがとう。ダリル、ワッツ、マッギネス、ステップニーにもいつもありがとうって伝えておいて」

「かしこまりました。護衛隊の面々もきっと御喜びになるはずですよ」


 そしてスッとシェザールの気配が消えてゆく。


(いつもシェザールはなんだかんだいって見守ってくれているんだ。だったら大丈夫!)


 元気を取り戻したジェスタは立ち上がる。


「せめて水ぐらいは!」


 意気揚々と井戸へ水汲みに向かってゆく。


「水汲んでおいてくれたか。助かる、ありがとう」

「ど、どういたしまして!」


 そしてなんとか何もなく水汲みを終えて、ノルンからも感謝されるジェスタなのだった。



……

……

……


ーーあくる日、ジェスタはシェザールから貰った地図を片手に、険しい山道を歩いていた。

たとえ魔力を失っていようとも、妖精の足は大地との相性がいい。

ジェスタは軽い足取りで山の奥深くへと進んでゆく。


そして視界が開け、そこで彼女は感動の風景を目の当たりにする。


「これは! そうか……ふふ……ありがとうシェザール! これだったら私の得意分野だ!」

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