第75話死闘! 炎の中のヨーツンヘイム


「みな、こっちだ! また火山弾が来るぞ!」


 ノルンは必死に声を張り上げ、村人たちの誘導をしていた。

 そんな中でも、度々激しい揺れがヨーツンヘイムへ襲いかかる。


 始まりは唐突だった。

 ずっと懸念し続けていた、ヨーツンヘイムにある活火山ヅダが噴火活動を始めたのだった。


 火山灰が暑い雲を形成し、太陽の光を奪って、山々から色彩を奪う。

度々打ち出される火山弾が、容赦なく家屋を倒壊させている。


 ロトたちが建てた別荘も、竜舎も、イスルゥ塗工場も、全てが炎に巻かれている。

 自然の前で、人は無力である。そして抗うこともできない。


「ちくしょう……なんでこんな、全部……ああ、ちくしょうぉぉぉ!!」


 ガルスは丘の上から、燃え盛る村を見て、悔しそうに涙を流していた。

誰もが鎮痛な面持ちで、日常の崩壊を嘆いている。

しかし幸いなことに、ノルンや竜人達の活躍もあって、数人の軽症者のみで、一人も欠けることがなかった。


「ああ、もう! いい大人がわんわん泣くんじゃねーよ!!」


 突然、大声を上げたのは、ガルスの息子:ジェイだった。


「また作るのは大変かもしれねぇけど、やるしかないだろ!? 俺、頑張るよ! また村が前みたいに楽しいところになるよう、一生懸命頑張るよ!!」

「わ、私も、頑張りますっ! ジェイ君と一緒に!!」


 トーカもジェイの隣で、精一杯声を張り上げた。

 子供達の純真な想いと、強い言葉を受け、絶望に打ちひしがれていた大人達は心をほぐしてゆく。


(きっとこの村は大丈夫だ。ジェイやトーカのような、素晴らしい子供達がいるここは……)


 決意を固めたノルンは村人たちへ背を向ける。

そして、誰に声を掛けることもなく歩き始める。


 大自然の前では人は無力である。

仕方のないことではある。……今、ヨーツンヘイムを襲っている、大災害が全て自然の摂理に適っていることであるのならば……。


「ノルン様! どちらへ!?」


 軽症者の治療を行なっていたリゼルが駆け寄って来た。


「……」

「行かれるのですね……?」

「ああ」


 顔を見ずとも、リゼルがどんな顔をしているのかわかった気がした。

 申し訳ないとは思う。また心配させてしまう自信もある。

しかし、今のノルンにはやらねばならぬことがある。


「いってらっしゃい……お気をつけて!」


 リゼルは嗚咽を交えながら、それでも精一杯元気よく声を出す。


「行ってくる。必ず帰る!」


 ノルンはそうリゼルへ告げ、紅蓮の炎に包まれた山へ戻って行った。


 熱風が喉を焦がし、息苦しさを覚える。

 炎の中で生きられる普通の生物など居るはずがない。


 しかしノルンの感覚は、地獄のような炎の中へ、確かに生命を感知している。

 彼は薪割短刀を抜きながら、鋭く踵を返した。


「FUJYU!!」


 短刀が肉を裂き、骨を断つ。

 両断された、赤いローパーが、崩れてゆく。


「やはり……この噴火はお前達の策略か!!」


 ノルンは炎の中から次々と姿を表す、真っ赤で奇怪な魔物――ファイヤーローパー ――へ怒りの声をぶつけた。

声に乗って、覇気が熱空気の中をひた走る。

しかし相手は、炎の魔法属性を帯びた、最上位種の魔物だった。

ただの人でしかないノルンの覇気は、ファイヤーローパーを怯ませるには至らない。


 しかし、だからといって、ここでおめおめと逃げ出すわけには行かなかった。


(連中は必ずみなを襲うはず……そんなことをさせてなるものか!)


 かつてリディが、魔物の毒牙にかかり命を落とした。

 あの時は、ただ指を加えて、見ていることしかできなかった。

何もできなかった自分を悔やんだ。だから、強くなろうと決意し、そして今がある。


 たとえ勇者で無くなり、ただの人になっていようとも――あの日、己に誓った決意は、まだしっかりとノルンの胸の中にある。


「おおおっ!!」


 ノルンは粗末な薪割り短刀と鉈を手に、ファイヤーローパーへ飛びかかった。

 近づくだけで、炎が肌を焼き、喉を焦がす。

 それでも構わず、ノルンは手にした道具を懸命に振るって、魔物へ立ち向かってゆく。


「ノルン様っ!!」


 すると、空から竜人のオッゴが、姉妹竜人のビグとラングと共に舞い降りてくる。

 オッゴはボウガン、ビグは鎖鉄球モーニングスターを持ち、ラングは鋭い鉄の爪が生えた、手甲を装備している。

戦闘準備は万端だった。


「お前たち、まさか……?」

「そのまさかですよ! 俺たちも戦います!」

「だってここは私たちの村ですもの! 守ってみせます!」

「だいじょうぶ! 私、せんぱいとこどもつくるまでぜーったいにやられないもん!」


 竜人たちの頼もしい言葉にノルンは「ありがとう」と礼を言った。


「敢えて言う、絶対に死ぬな!……アタック!!」


 ノルンの声を合図に四人は飛び出してゆく。


「ここは俺たちの故郷なんだ! みんないい人たちばっかりなんだ! やらせない! やらせないでございますですよ!」


 オッゴのボウガン掃射がローパーを次々とローパーを倒し、


「キャハー! オッゴ先輩のおっしゃる通りですっ! 私たちは守る! ここをなんとしても!」


 ビグは鉄球を振り回し、敵を粉砕し続ける。


「死ね! 死ね! 死ねぇー!!」


 ラングは竜としての血が騒ぐのか、調子良さげに魔物を倒し続けている。


(行けるぞ、これは……!?)


 ノルンがそう思ったその時だった。

 胸が押し潰されそうな、不快感が強く胸を締め付けてくる。


「ラング、逃げろ!」

「ギャアァァァァァ!!」


 ノルンの目の前で、ラングが竜巻のような炎に包まれていた。


「ああ!! ラングッ!! こ、このぉぉぉ!!」


 ビグは倒れたラングの後ろへ突然現れた赤い外套へ飛び込んで行く。


「キャハァァァ――!?」


 しかしラングは赤外套へ触れることもできず、吹き飛ばされる。

 どうやら赤外套は障壁を展開しているらしい。


「オッゴ、ビグとラングを連れて下がれ。ここは危険だ」

「で、でも!」

「早くしろ! 代わりに、リゼルを、みなを守ってやってくれ。頼む……」

「勇者様……」


 突然、赤外套は真っ赤な手を倒れたビグとラングへかざした。

すると、気絶した二人の体がふわりと宙を舞い、流れ着くようにオッゴの前へ差し出される。


「弱者を痛ぶる趣味はない。早急にこの場から去れ! 弱き竜人よ!」


 オッゴは悔しそうに咆哮を上げた。

 飛龍の姿に戻った彼は、ビグとラングを顎の上に乗せ、夜空へ舞い上がってゆく。


「礼をいう。どうもありがとう」

「良い。私にとって興味の対象は貴様のみだ。黒の勇者」


 赤外套はフードを取り、素顔を晒す。

 凛々しい、鬼の顔が現れた。

 そしてノルンは目の前の魔物に見覚えがあった。


「お前は……ゼタ。炎のゼタだな?」


 魔王ガダム四天王のリーダー格――【炎のゼタ】

リディとの暮らしを破壊した仇敵だった。

同時にリディを勝手に犯していた部下の魔物を怒りの炎で焼き殺し、幼い日のノルンとロトを救った奴でもある。


「よもや、あの日の少年がここまで勇ましい男に成長するとは。救った甲斐があったというもの」

「黙れっ! 貴様はまた奪う気か! 俺から大切なものを、何もかも!!」

「奪われるのは貴様が弱者が故。また奪われるというならば、それは貴様の弱さを意味する!」

「くっ……!」


 勇者の頃であっても、敵うかどうかわからない相手だった。

ただの人でしかないノルンにとっては、圧倒的に格上の存在だった。


 だが、しかし、たとえこの身が朽ち果てようとも――意を決したノルンは、雑嚢からずっと仕舞い込んでいた輝石を取り出す。


 勇者をクビになったとき、ユニコンから手渡された“エリクシル"を粉々に砕いた。

瞬間、眩い輝きが迸る。人間の体には身に余る、魔力が流れ込んでくる。


聖鎧装着キャストオン!」


 ノルンは力の奔流に耐えながら、声を響かせた。

 鍵たる言葉は時空の狭間で待機させていた、黒い鎧を呼び覚ます。

漆黒の鎧が瞬時にノルンへ装着され、最後に餓狼の面が彼の頭を覆った。


「そうこなくては! さぁ、回復してやろう! そして全力で向かってくるがいい!!」


 ゼタの回復魔法が、ノルンの傷や魔力を全て癒した。


「おおお!!」

「ぬおぉぉぉ!!」


 黒と赤が互いに地を蹴り、拳を交え始める。

 

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