第76話新たなる物語の幕開け
(ノルン様、どうかご無事で……ノルン様っ……!)
リゼルは一人、炎で赤く彩られた山を見て祈りを捧げていた。
いつも以上に不安が押し寄せ、胸が押し潰されるように痛む。
きっとそれは、リゼルの中に存在するもう一つの命が、彼女と共に不安を覚えているからだった。
(もう止めて……こんなことはもう……! ファメタス教えて、私はどうしたら……)
「あ、あれはなんだ!?」
村人の一人が声をあげ、空を指し示す。
リゼルが空を見上げると、金色の輝きが流星のように夜を切り裂いていたのだった。
⚫️⚫️⚫️
「ZETAAAAA!!」
「ぐわぁ! ああ――!!」
炎のゼタの火炎流が、漆黒の鎧姿のノルンを飲み込む。
直撃ならば、身体が一瞬で消し炭になるところだった。
鎧のおかげで、辛くもその状態は避けらているものの、強い熱が彼を蒸し焼きにしている。
「弱い……弱すぎる! 貴様、この10年、一体何をしていたのだ!!」
地面へ突っ伏したノルンへ、ゼタは不満げに声を荒げた。
「わ、悪いな……これが今の俺の……全力だぁぁぁ!」
ノルンは竜牙剣を思い切り薙ぐ。
しかしそれさえも、ゼタは指一本で、あっさりと受け止めてみせた。
「残念だ! 残念でならない……しかし、私は貴様を愛している。貴様の内に宿る戦士としての誇りに強い好意を抱いている。その想いは今も変わらない……!」
「ぐっ……!」
「未だ私は貴様ならば、私を楽しませてくれると信じている! 故に今回も大目に見よう。未来へ希望を託すとしよう!」
ノルンはゼタの覇気に吹き飛ばされた。
そして炎の魔人はノルンを無視して、歩き出す。
「き、貴様、何を……?」
「弱者は強者によって何もかも奪われる。そしてまた失わぬよう、己を磨き強くなる……故に10年前と同じことをするまでだ」
「ま、待て! 待ってくれ……ぐぐぐっ!!」
ノルンは去りゆくゼタへ必死に手を伸ばす。しかし、身体は動かず、ゼタを止めることができない。
(また失うのか……俺は……!)
ノルンは悔しさのあまり、焼け焦げた芝生を握りしめる。
芝生は彼の手の中で灰となって、消えた。
「ぬっ!?」
突然、唸りが上げたゼタが飛び上がった。
そんな赤き魔人を追って、翡翠色に輝く無数の剣が飛翔する。
「ええい! 小癪な! ZETAAAAA!!」
ゼタは外套を翻し、飛翔する翡翠の剣へ熱風を吹き付ける。
強い熱風を受けた剣が揺らぎだす。
「タイムシフト!」
凛とした言葉が響き渡った。
滞空するゼタの時間だけが逆行し、放った熱風が真っ赤な外套へ戻ってゆく。
勢いを取り戻した翡翠の剣が再びゼタを狙いだす。
「ふんっ!」
しかし時間を戻されても、ゼタは気合とともに熱気を放ち、翡翠の剣を吹き飛ばした。
「時間操作か。なかなか面白い真似――ッ!?」
ゼタは外套を翻し、高速で移動をした。
それまでゼタがいたところへ、今度は鋼のカブトムシが過ってゆく。
「そっち行ったぞ、デルタ!」
「ンガァァァ!!」
黒雲を割り、巨大な竜牙剣を上段へ構えた竜人の姫:闘士デルタが急降下攻撃を仕掛ける。
だがそれさえもゼタはひらりと避けてみせた。
「はぁぁぁぁーっ!」
そんなゼタを狙って、木々の間から矢のような速度でジェスタが滑空してきた。
するとゼタは先読みをしてたかのように、手を翳し、ジェスタの突き出したレイピアの鋒を受け止めてみせる。
「この程度のフェイントで私を捉えられると思うなっ!」
ゼタの強い熱気が、ジェスタを木の葉のように吹き飛ばす。
「無事か、ジェスタ?」
「あ、ああ……助かった」
デルタに受け止めて貰ったジェスタは地上へ舞い戻る。
「なんだよなんだよ、せっかくお膳だでしてやったっていうのに、だっせーなぁ!」
「う、うるさい! 仕方ないじゃないか! だいたいアンクシャもだな……」
「今はやめましょう、お二人とも」
ジェスタとアンクシャの間へ入ったのは、荘厳な剣と、禍々しい大楯を持った、黄金の輝きを放つ少女だった。
「君は……ロトなのか?」
ノルンは思わず、黄金の輝きを放つ少女へ問いかける。
「お待たせ、兄さん。もう今の私はロト、じゃないんだよ……」
「まさか、お前……」
「今の私は黄金の勇者フェニクス。ようやくリディ様から頂いた名前を使う決心がついたんだ……」
「……そうか、今度はお前が……」
ノルンはロトを改め、フェニクスが持つタイムセイバーを見て、全てを察する。
ロトが何を手に入れ、何を失ったかを。その決断をした彼女の意思を……。
「おお……おおお! この甘美なる力! 感じる、感じるぞ……まさか、あの時の少年ではなく、少女の方がこうも成長しようとは! ふはははは!! あははは!!」
ゼタはフェニクスへ興奮した様子をみせる。
フェニクスは眉間へ僅かに皺を寄せ不快感を露わにした。
「兄さん、これを」
フェニクスは周囲に滞空して翡翠色の剣をノルンへ差し出す。
「この剣はリディ様の……?」
「うん。この間ようやく回収することができたの。これを兄さんへ……」
「しかし、今の俺は……」
かつて剣聖リディはロトのことを密かに高く評価していた。
しかしロトには精神的な脆さがあるため、彼女が成長するまでの期間ノルンが勇者を引き受けることにしていた。
その甲斐あってか、ロトは心を成長させることができたらしい。
なによりも、リディの見立ては正しく、タイムセイバーを手にしたロトは、ユニコンは愚か、ノルンさえも超える強大な力を持つ勇者となっていた。
もはや、ロトは天上の存在となった。
ノルンがロトへ与えられることは何もなかった。
ノルンの存在など必要とはしていない。
ノルンはロトにとって邪魔になる存在でしかなかった。
もはや――共に戦うことなど、畏れ多いことだった。
そう思うノルンへ、フェニクスはふるふると首を横へ振ってみせた。
「一緒に戦って欲しいの」
「……」
「お願い……兄さん! 私はまだこの力をうまく使えない。この山のどこで戦っていいのか。どこを壊しちゃダメで、どこを守らなきゃいけないかよくわからないの」
「ロ……ではなく、勇者フェニクスの言う通りだ。敵が強大な以上、我らは地の利を生かさねばならん。頼む、力を貸してくれ! ノルン山林管理人殿!」
ジェスタが声を上げた。
「そそ! よろしく頼むよ、ノルン! じゃないと、僕とジェスタ喧嘩始めちゃうもんねー」
アンクシャははにかみながら、頼んでくる。
「我、ノルンの命令が欲しい! お前と共に戦いたい!」
デルタも期待の視線を寄せてくる。
8つの瞳がノルンを映し出す。
ノルンの中で今も生き続けている、剣聖リディが背中を押してくれたような気がした。
"頑張るんだ、ノルン! 今のお前でもできる! お前ならできる!"
(ありがとうございます、リディ様……!)
ノルンはロトから翡翠の剣を受け取った。
「目覚めよ――翡輝剣クシャトリヤ!」
鞘から解放した剣は、ノルンの漆黒の鎧を、眩い緑の輝きで照らし出す。
彼は、恩師の形見を炎の魔人へ突きつけた。
「さぁ、第二ラウンドの開始だ! 次は負けんぞ、、炎のゼタ!」
「ふふ……ふははは!! 良い! 良いぞ! これぞ、私が長年に渡って求めた闘争……さぁ! 今一度、回復してやろう! 貴様らの全力を持って、この私を止めてみるがいい!!」
「兄さん! 間もなくユニコン殿下が軍勢を連れてヨーツンヘイムへ来てくれるよ! だから私たちは炎のゼタを!」
後顧の憂いは無くなった。もはや負ける気など毛頭ない!
「いくぞ、運命の三姫士! そして勇者フェネクスよ! ここで炎のゼタを倒し、戦争終結への足掛かりとする!」
「「「「イエス マイ ブレイブッ!」」」」
――これが、後の世に語り継がれることとなる【ヨーツンヘイムの戦い】である。
対魔連合が全ての四天王を倒した歴史的瞬間だった。
しかし、この戦いは終わりの始まりでしかなかった。
「ビムサーベルっ! はぁぁっ!!」
妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター。
「EDF《アースディフェンスフォース》全力発進! 雑魚を殲滅しろォォォ!!」
鉱人術士アンクシャ・アッシマ・ブラン。
「愛の力を源に……邪悪な空間を断ち斬る!
龍人闘士デルタ・ウェイブライダ・ドダイ。
「相手は炎……フレイムフィンガーは使えない……なら! 行って!
盾の戦士ロトを改め、黄金の勇者フェニクス。
そんな英雄豪傑を従えるは、この中で唯一の一般人――
「おおおっ!!」
「ぐぬぅ!?」
元黒の勇者、そして今はヨーツンヘイム山林管理人のノルン。
ノルンとヨーツンヘイム。
新たに誕生した黄金勇者一行。
命を守る戦士たちと邪悪な魔王ガダム軍との最終決戦の火蓋が切って落とされたのである。
「俺は守ってみせる! リゼルを、ヨーツンヘイムを、皆の未来をぉー!!」
第一部 おわり
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