第62話働く妹。愛らしい妹。ブチ切れる妹。


(ほう、弁当か。美味そうだ。たまにはリゼルに差し入れてみよう)


 ノルンは時々世話になっている居酒屋の前で売られていた、色合い鮮やかな弁当を見てそう思った。

店の前にはこの弁当が目的らしい村人や行商人で長蛇の列ができている。


「炒め物あがりましたー! 次、揚げ物入りまーす!!」


 ふと、開けっぱなしの店の窓から聞き覚えのある声が響いてくる。                        

「ロトちゃん、パンお願い!」

「あと30秒で焼き上がります! ええっと次は……! あっ! こっちも!」


 剣聖リディのもう一人の弟子であり、ノルンの妹弟子でもある【盾の戦士ロト】

今日の彼女は得物を盾から、フライパンや鍋に変えて、慌ただしそうに厨房を走り回っている。

どうやらこの居酒屋の厨房で働いているらしい。


 グルメにうるさいお姫様ばかりの勇者一党の栄養管理もロトの仕事だった。

料理の腕前は、師匠であったノルンをとっくの昔に凌駕している。

そんな妹弟子が作る弁当ならば、長蛇の列ができるほど人気が出るのは当たり前……と、思うのは、身内贔屓が過ぎるか?


(後で声をかけてみるか)


 弁当を買ったノルンは、午後の予定にロトとの面談を付け加え、一旦離れた。

 しかしその日の午後は、急なグスタフがやってきたりなど色々とあり意外と忙しかった。


 故に、身体が自由になった頃には、ロトの働いている居酒屋は、夜の営業が始まってしまっていた。


(営業中だから声はかけられないだろうが、顔だけでもみておくとしよう)


「いらっしゃいませー! って、兄さん!!」


 店へ入るなり、エプロン姿で元気よく挨拶をするロトに出くわした。

 満面の笑みから、すごく喜んでいることが手にとるようにわかる。


「厨房係ではなかったのか?」


「なんでそれを……?」


「昼に厨房で働いているお前をみかけてな。ついでに弁当を買わせてもらった」


「わぁ! ありがとう! お味はどうだったかな?」


「勿論、100点満点中の120点オーバー。スコア更新だ」


「なんなんのさーその20点って微妙なスコアオーバーはぁー!」


 と、突っ込んでくれる辺り、前と何も変わらないらしい。

 ロトと出会ってから早や十数年。

血は繋がらずとも、ロトはノルンにとって立派な家族である。


「いつからここで?」


「一週間ぐらい前から! 最初は厨房だけってことだったんだけど、ホールも大変そうだったから、店長さんや女将さんと交代でホールもやってるんだ!」


 相変わらず、困った人を見れば、助けずにはいられない性分らしい。

 よくできた妹弟子だと、同じ剣聖リディの弟子として誇らしく感じる。


「ゆっくりしていってね。あと、今日のお勧めは、じっくりコトコト煮込んだ、牛テールシチューだよ!」


「では、それを。あと、ワインを一杯」


「ジェスタさんので良い?」


「ああ」


「お客様、ついでにアンクシャさん秘伝レシピのイシイタケの天ぷらはいかがですか? デルタさんが持ち込んだ濁酒との相性ばっちりですよ?」


「……なら、それらも貰おう」


 注文しすぎた気もしたが……妹のオススメならば無碍にはできないノルンであった。

この男、真性のシスコンである!


「まいど! じゃあ少し待っててね! ごゆっくりー」


 ノルンを席に案内したロトは、足早に次のお客のところへ向かってゆく。


「あっ! またいらしてくださったんですね! ありがとございます! ご注文は……」


 ロトは素早く、愛想よくホールを駆け回ったり、


「ソース追加しとかないと!」


 時々、厨房へ駆け込んだり、


「マスター! ワインオープナー忘れてますよ!」

「おっ? すまんすまん。ありがとう、ロトちゃん」


 的確なフォローアップをしたりしていた。


 全くもって、よく働くものだと、ノルンは感心せずにはいられなかった。


 出会ったばかりの頃は心に深い傷を負っていたために、無口で無愛想だった彼女とは雲泥の差である。

きっと長い旅路の中で、様々な出会いと別れを繰り返し、人間的に成長したのだろう。


(良い娘に育ってくれた。本当に……)


 ノルンは妹弟子……今や、本当の妹のように愛しているロトの成長を喜びつつ熱々の牛テールシチューを口へ運ぶ。

きっとロトが丹精込めて仕込んだだろうシチューは100点満点以上の美味さだった。


「ギャハハ! もっと飲め飲め! ガハハハ!!」


 突然、脇から下品な笑い声が聞こえてきた。

苛立たしさを覚えたノルンは、声がした方へ視線を飛ばす。


 店の奥にある四人がけの席には、柄の悪そうな、見かけない男達が陣取っていた。

風貌から冒険者らしい。

 彼らは周りも気にせず下品な笑い声を上げながら酒を飲み、クチャクチャと音を立てながら食事をしている。


 周りは迷惑そうな顔をしているものの、何も言えないのは、相手が無頼漢だからだろう。


 更に調子に乗り出した冒険者達はタバコを咥え始める。


(さすがに看過はできんか)


 ノルンは椅子を引き、腰を浮かせる。


「お客様。大変申し訳ありませんが、おタバコは控えて頂けませんか? 当店は禁煙です」

 しかしロトの方が一足早かった。

颯爽と現れた彼女はにこやかに、しかしきっぱりと、マナーの悪い客へ注意を促す。

 確かに壁には目立つように禁煙の張り紙がされている。


「ちゃんと注意するなんて、良い子だ! うん、良い子!」


 注意された客は何故か、ロトのことを褒めだした。


「おタバコでしたら外でお願いします。ちゃんと灰皿も用意してありますので」


 ロトは良くわからない状況に持って行かれようとも、再度きっぱりと注意をする。


「偉いぞ! うんうん、ちゃんと注意して偉い偉い!」


 男の一人はタバコを咥えたままそう言って、マッチへ火をつけた。

 刹那、ロトは火のついたマッチへ人差し指を過らせる。

発火点が綺麗に切り取られ、脇の窓から外へ落ちていった。


「なにしてくれちゃってるのかな、店員さん?」 


 男はやや声を低めてそういった。

明かな威圧の態度だった。

それでもロトの毅然とした態度は微塵も揺らがない。

 

「大変失礼いたしました。もう一度だけお願い申し上げます。おタバコは外でお願いします」

「別に店の中に煙吐かなきゃ良いんだろ? ちゃんと窓の外に吐くつもりだし、だからこの席を選んだんだが?」

「そういう問題ではありません。外での喫煙がお店のルールです。お願いします」


 丁寧だが、冷たくそう言い放ったロトは深々と頭を下げる。

 すると、別の男がロトの尻に触れた。


「胸はねぇけど、こっちはまぁまぁじゃん! はは!」

「おいおい、真面目に働いてる店員さんに失礼だろ?」

「君、幾つ? お名前は? 俺、君のことすんげぇ気に入ったから、仕事なんてやめて一緒に飲もうぜ!」


 かなり酔っているのか、支離滅裂な言葉が頭を下げ続けているロトへ浴びせかけられる。

 

――その時、店の空気が一瞬で凍りついた。


「ああ……ホント最悪……なんで男ってこんなのばっか……やっぱり、素敵で、カッコイイのって兄さんだけなんだね……兄さん以外の男なんて、みんな糞なんだね……ふふ……ふふふふっ……」


 ロトの異様な声音に、誰もが息を飲んだ。

それはロトの助けに入ろうと、立ち上がったノルンも同様だった。

これは物凄くマズイ状況なのは明白!


「タイムシフト……!」

「「「「ぐわぁーっ!!」」」」


 突然、店の外から男達の悲鳴が聞こえてきた。

 店内からはロトを始め、男達の姿が消えている。

どうやらロトは時間操作の魔法を使って、迷惑客を店の外へ叩きだしたらしい。


(本当にマズいぞ! この状況は!!)


 ノルンは急いで席を立ち、店の外へ飛び出していった。


「いててて……な、なんだ!? ど、どうして外に……?」


 男達は辺りを不思議そうに見渡している。

そんな彼らをロトは、冷たい視線で見下ろしていた。


「お代は結構です。どうぞ、お帰りください。もう来ないでください。あなた達の不愉快な声なんてもう聞きたくはありません。不細工なお顔をもう二度とみたくはありません。あと息がとても煙草臭くて不快です。もう呼吸をしないで頂けますか?」


「この餓鬼……妙な真似しやがって……! やるぞてめぇら!!」


 男達は一斉に鋭く磨がれた武器を抜き、ロトへ飛びかかる。

 

「チッ……!」


 ロトは舌打ちをし、身体を揺り動かす。

最小限度の動きだけで、四方八方から繰り出される男達の斬撃を避けてみせる。


「ガッ――!」

「一つ……」


 ロトの左拳が男の頬を殴打した。

相手はぐにゃりと顔を歪ませ、折れた歯を撒き散らしながら倒れ込む。


「うりゃー!」

「……」


 次いで振り落とされたロングソードの刃を2本の指で挟み、受け止めた。

僅かに指に力がこもると、鋼の刃が飴細工のように折れる。


「二つ……」

「うがっ!!」


 ロトの鋭い膝蹴りが、男をくの字に折り曲げ、倒す。


「おガッ――!!」


 そしてロトは背後から短剣を手に飛びかかってきた男を、振り返ることなく裏拳で叩きのめした。


「三つ……あと、一つ……――ッ!?」


 ロトは踵を返しつつ、左腕を薙いだ。

 一瞬、炎がロトの左腕を焼いたが、燃焼はすぐさま収まった。


「こ、この餓鬼! 燃やしてやる! この俺の炎でてめぇなんざぁぁぁ!」


 最後の男は赤々と燃える炎に包まれた剣をおおきく振りかぶっていた。


「フレイムフィンガー」

「なっ、ぐわぁあぁぁ!!」


 炎の力で膨れ上がったロトの左腕が、男を掴み上げた。


「あ、ああ! な、なんだよ、これ! あ、熱い……! あああ!!」

「……ふふ、はは……! これで4つ……」

「嗚呼ああ!」

「止めろ、ロト! もう十分だ!! 殺してしまうぞ!!」


 飛び出したノルンが肩を抱くと、ロトの炎が収束し、男を解放する。


「兄さん! やったよ? 私、また悪い奴らを……みんなへ良くないことをする、悪い奴らを……! お父さんやお母さんや村のみんなを……大好きなリディ様を殺した悪い奴らを、私が……!」

「わかった。もう分かったから少し落ち着け」


 ノルンは少しでもロトの気持ちが落ち着くよう、優しく抱きしめる。

 成長はしたが、やはり心の傷は未だ言えてはいないのだと、改めて思い知る。


「お、覚えてろ! 小娘! すぐにてめぇなんざボロボロになるまで犯してやるからなぁ!!」


 ロトに叩きのめされた男達は、捨て台詞を吐いて逃げてゆく。

 元気そうなので、とりあえず安心だった。


「あ、あの、ロトちゃんは大丈夫ですか……?」


 情勢を見守っていた居酒屋の店主が心配そうに声を掛けてくる。


「少し心配がある。申し訳ないが、今から診療所に連れてゆく。妹がご迷惑をおかけして申し訳ない」


 ノルンは頭を下げると、ロトを抱いたまま歩き出す。


「兄さんだ……兄さんが近くに……兄さんが……うっ、うっ、ひっく……」


 ロトは歩きながら涙を流している。


(やはり俺がいなくなったことでロトは……)

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