第63話血の繋がらない妹。狂戦士な妹。


「リゼルすまん! ロトが火傷をした! 診てやってくれ!!」


 診療所へ飛び込んで叫んだ。

すぐさま診察室からリゼルが飛び出し、中へ招き入れる。


「何かあったんですか?」

「ロトが働いている酒場で喧嘩があってな。巻き込まれた。早く診てやってくれ!」

「は、はい! 少しお待ちを!」


 リゼルは手早く準備を始める。


「これぐらい、私大丈夫だよ? 兄さんは相変わらず大袈裟なんだから……」

「バカ! お前は女の子なんだぞ!? 傷が残ったらどうするつもりだ! 今の俺はエクスポーションも切らしているし、回復魔法だって使えないんだ! 素直に治療を受けてくれ!」

「兄さん……ありがとう。心配してくれてすごく嬉しい……」


 ロトは顔を朱に染める。

 どうやら先程の怒りは収まっているらしい。

ノルンはホッと胸を撫で下ろす。


 そうして医薬品を持ってきたリゼルが、ロトの左腕の治療を始めた。


「こんな時間にすみません、リゼルさん……」

「いえ、気にしないでください、ロト様。こうして治療をするために私がいますから……」


 ノルンは不思議と息苦しさを覚えた。

 以前、リゼルを魔竜から助けた時は、同い年ということもありロトとリゼルは親しげに話をしていた。

しかし今は、どことなく他人行儀に見えてしまう。


「1日に一回は包帯を取り替えて、薬を塗り替えてください。たぶん、一週間くらいで元通りになると思います」


 リゼルはロトへそう告げると、荷物を手早くまとめて立ち上がる。


「リゼル……?」

「私のことは気にしないでください。ゆっくり兄妹水いらずの時間を過ごしてください……」

「いや……」

「失礼します……」


 リゼルは早口でそう捲し立てると、足早に部屋を出ていった。

 妙なリゼルの態度に寂しさを覚え、胸がざわつく。


「兄さん……」


 そんな中ロトがノルンの服の裾を摘んできた。


「どうした?」

「……」

「ロト?」

「兄さんと、その……リゼルさんは、どういう関係なの?」


 儚げなロトの声が、不思議とノルンの胸に突き刺さったような気がした。


「きゅ、急にどうしたんだ?」

「話を逸らさないで。教えて。兄さんとリゼルさんはどうして一緒に暮らしているの?なんで凄く仲が良さそうなの?」

「……」


 別に隠すことではないし、やましいことがあるわけではない。

それでも口に出すのが躊躇われる。

しかしいつまでも黙っているわけには行かない。

 ノルンは息を吐いて、気持ちを整える。


「リゼルは俺にとって……今やかけがえのない人だ」

「かけがえのない…………私よりも?」

「そういうことではない。もちろん、ロトのことは大事に思っている。それとはまた別の大事だ」

「私たちを置いて、居なくなったのに?」

「それは……」

「意地悪なこと言ってごめんなさい。どうにもできなかったのは分かってるから……全部、ユニコンが悪いって分かってるから……」


 今更ながら、勇者をクビにされた時、何か伝える方法があったのではないかと思った。

しかし今でも、あの時、どうしたら良かったかはわからない。


「すまん、本当に……」

「話を折ってごめんなさい。それで兄さんはリゼルさんのことを?」

「俺は来年の春リゼルと結婚する」


 ノルンは、不思議な胸の痛みを堪えながらそう告げた。


「そっか……やっぱり、そうなんだ……」


 突然ロトの目から涙が溢れ出た。

予想だにしていなかったロトの反応に、ノルンは戸惑いを覚える。 


「どうしたんだ!? 何故涙を……?」

「えっ? 私、泣いてる……? 嘘、やだっ……ごめんね、兄さん……あは! あはは……大丈夫! 大丈夫だから……」


 何故涙を流しているのか、正直なところ全くからなかった。

 甘えん坊なところのあるロトのことだから、リゼルにノルンを取られてしまったと、思っているのかもしれない。


「ロト、たとえリゼルと婚姻しようとも、別にお前のことを蔑ろにするわけでは……」


「分かってる、大丈夫。兄さんはそんなことしない人だって分かってるもん! そっかぁ……兄さんはリゼルさんと……そうなると、リゼルさんが私のお姉さんになるんだね。あはは……同い年なのに、なんか変だなぁー……」


「……」


「リゼルさんのこと、ちゃんとお姉さんって呼べるかなぁ……! 兄さんの子供だったら、男の子でも女の子でもきっとかっこいいんだろうなぁ……!」


 ロトは涙を流しつつも、精一杯笑ってみせていた。

 そんなロトの顔をみて、ノルンの胸がひどく痛む。


「そろそろ帰るね! 今夜は色々と迷惑をかけてごめんね! さぁて、お店に戻って明日の仕込みしないと!」

「おい! ロト!!」


 ロトはノルンの静止を振り切って飛び出してゆく。

 やはりまだ放っては置けないと思ったノルンは、ロトを追って診療所を飛び出してゆく。


「……」


 するとすぐさま、ロトの背中に出くわした。

 おそらく泣き止んではいるだろう。代わり緊張感が辺りに垂れ込めている。

ロトの前には複数の男達がいて、不気味な笑い声をあげている。


「へへっ……待たせたな。覚悟はできてるんだろうな?」


 先程ロトにボコボコにされた冒険者は、宣言通り早速仲間を引き連れて報復に訪れたらしい。


「もう二度と顔を見たくはない、声も聞きたくないと言いましたよね? それでもこうしていらっしゃったということは、相応の覚悟ができているということですよね? いいんですよね?」


 ロトは冷たい声に、明確な怒気を含ませていた。

 さすがのこの状況は、色々な意味でまずい。

そう思ったノルンはロトの横に並んだ。


「兄さん!」

「んだてめぇは!」

「ノルンという。この娘の兄だ。確かにお前達の店での態度は目に余った。しかし妹も少々やりすぎだった思う。これでおあいこということで、引き下がってはくれないだろうか?」

「ふざけんじゃねぇ! これは俺らと、てめぇの妹の問題だ! これ以上、妙なこと言いやがったら、てめぇもただじゃおかねぇぞ!!」


 どうやらすっかりお怒りの様子で、聞く耳を持たないらしい。


(仕方あるまい……)


 ノルンはそう思いつつ、雑嚢から魔法上金属の小手を取り出し、装備を始めた。


「兄さん、こんな連中私だけで大丈夫だよ?」

「わかっている。しかし、大事な妹が妙な連中に絡まれているんだ。黙って見過ごすことなどできん」

「そっか……ありがとう。やっぱり兄さんは、今でもとっても優しい私だけの兄さんなんだなぁ……ふふ……」


 ロトは共闘を喜んでいる様子だった。

 もっとも、この共闘はロトを思ってというよりも、目の前にいる無謀な冒険者達のことを思ってのことだった。


「やっちまえぇー!」


 数は総勢10人。

 様々な武器を持った屈強な男女がロトとノルンへ一斉に襲いかかる。


「行くよ、兄さん!」

「ああ!」


 ロトとノルンもほぼ同じタイミングで地を蹴り飛び出してゆく。


 ロトは繰り出された刺突剣をギリギリまで引きつけ、最小限度の動きでかわして見せる。

そして身を掲げめて、一気に踏み込んだ。


「せいっ!」

「ガッ――!」


 ロトの肘鉄エルボーが相手の腹へ痛快一撃クリティカルヒット

 相手は刺突剣を落とし、崩れ出す。


「一つ……」


 次いでロトは両腕のみで地面へ立つ。

そして開脚し、身体を軸にして、両足を振る。

ロトの左右から迫っていた冒険者たちがあっさりと吹き飛ばされた。


「二つ、三つ! 兄さん、次!」

「四つッ!」


 ノルンのアッパーカットが四人目の冒険者を宙へ浮かせた。

すると、傍から新たな敵が迫り来る。


「死ねぇぇぇ!」

(お、女か!!)


 カットラスが武器の女戦士アマゾネスは、踊るような動作で剣を繰り出してくる。

 戦いの中で鍛え上げられた美しい肢体。汗に混じって香る、女性独特の匂い。

更に装備が、こんなので大丈夫なのかと思うほどの、水着のような軽装である。


「あんた良い男じゃないか!」


「くぅっ……!」


 女戦士の妖艶な笑みに、ノルンの身体がカッと熱くなる。


「ふふ……可愛い反応をするじゃないか! どうだい? こんなところで戦っていないで、あっちの物陰であたいと別の戦いをするってのはさ!」


「こ、断る!」


「良いね、良いね、その反応! 可愛いったらありゃしないよ!」


「黙れっ!」


「ああ! 子宮が疼いてたまんないよ! あんたに乗っかって、貪り尽くしたいさね! 体が火照って仕方ないさね!」


何故かノルンの拳に力が入らず、攻撃に転じられなかった。


(最近の俺は、やはりどうかしている……!)


 そうして女戦士の色香に戸惑っているノルンの頭上を黒い影が過った。


「うぎゃっ!」


女戦士は舞い降りてきたロトによって踏み倒された。


「五つ……!」


更にロトは女戦士を蹴ったぐり、完全に気絶させる。

ロトから放たれる厳冬のような冷たい雰囲気に、ノルンは息を飲む。


「す、すまん、ロト。助かった……」


「いえ……ふふふ、はは……! 兄さんを身体で誘おうだなんて百万年早いですよ……汚い雌豚さん? ふふ、はは、あははは!」


 ロトは不気味な笑い声をあげながら飛ぶ。

またまずいスイッチが入ってしまったのかもしれない。


 ロトは鋭い気配を放ちながら、腕に真っ赤な炎の腕にまとって疾駆する。

そんな彼女へ向けて、鎖鉄球モーニングスターが放たれた。


「くく……はは! 愛と怒りと悲しみの――フレイムフィンガーソード!」


 ロトは腕を薙ぎ、炎を刃に変化させる。

 まるでパンのように、鉄球が鎖ごと、あっさりと両断される。

しかし炎の刃の勢いは未だ衰えず、ロトの冷たい瞳は驚愕する冒険者二人をしっかりと捉えている。


「おおっ! 六つ、七つぅーっ!!」


 慌てて飛び出したノルンは、冒険者達を蹴倒した。

 ロトは炎の刃を収めて立ち上がる。

間一髪だったようである。


「こ、このぉ! おい、お前ら!! やっちまうぞぉ!!」


 包帯だらけのリーダーが炎に巻かれた剣を掲げると、残り二人の冒険者も掌へ炎を発生させた。


「「「ジェットファイヤーアタック!!」」」


 三つの力が一つとなった、業火がノルンへ迫る。

 熱風を帯びる、圧倒的な炎が容赦なくノルンへ襲いかかる。


「シフトシールド展開!!」


 ノルンの目の前へ、黒い大楯を持ったロトが躍り出た。

 聖剣の付属品であり、ロトの真の得物であるシフトシールドは、業火を弾き、元の魔力へ霧散させる。


「さぁ、これで終わりだよ? ……ふふ、はは……くくっ……!」


 ロトが再び、交戦的な笑みを浮かべたと気取ったノルンは、一目散敵の前へ飛び込んだ。


「ア、アサルトタイフーン!」

「「「ぎゃー!!」」」


 拳を振り上げて旋風を巻き起こし、残り3人の冒険者を吹き飛ばした。


「八つ! 九つ! 十ぉっ! 終わったぞ! これでお終いだ、ロト! 戦闘終了だっ!!」


 ノルンは無我夢中でそう叫ぶ。


「戦闘終了……はぁー……終わったかぁ……兄さん、お疲れ様ぁー!」


 彼の声を受けたロトから、鋭い気配が霧散し、いつも穏やかな表情に戻ってゆく。


 ロトは大陸随一の戦士である。さすが剣聖リディが拾い上げ、育てた娘である。

しかし戦いに夢中になったり、感情的になると、力が抑えきれず狂戦士バーサーカーさながらの戦い方してしまうという、悪癖はまだ治ってはいないらしい。


「良いか、お前ら! もう二度とヨーツンヘイムに顔を出すな! またどこかでロトに出会っても、声をかけるな! 近づくな! 本気で殺されたくなかったら、この約束は守れ! いいな!?」

「は、はいぃ! わかりましたぁ!! も、戻るぞ、お前らぁ!!」


 リーダーがそう叫ぶと、彼の一党は脱兎の如く駆け出し、森の中へ逃げ込んでゆく。


「兄さん! 久々に一緒に戦えて嬉しかったよ!」


 元の穏やかさを取り戻したロトは、笑顔で寄り添ってくる。


「俺もだ。しかし……ロト、戦う時はもう少し落ち着こう。というか、落ち着いてくれといつも言っていたよな?」

「そう? 今日はこれでも結構抑えてた方だと思うけど?」

「……」


 せっかくヨーツンヘイムにいるのだから、この点に関しては機会をみてゆっくりと話をしよう。

そう考えるのノルンなのだった。

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