第60話煌! 斬空竜牙剣!!


「急いで逃げる! オッゴ! 貴様はジェイを!」

「了解です!」


 デルタはノルンを、オッゴはジェイを抱えて、森の中から飛び立った。

 そして近くにあった断崖の上へ舞い降りる。


「ガァァァ!! 雷玉サンダーボール!!」


 デルタは十分に圧縮させた雷を纏った玉を夜空へ放り投げた。

滞空し始めた雷玉は、その輝きで闇に沈んだ森を昼のように明るく照らし出す。

その中には、誰の目にも明らかな、巨大な怪物が佇んでいた。


 岩のようにゴツゴツとした表皮。

 歩くだけで地響きを引き起こす巨大な四肢。

異様に発達した顎は木々もろとも地面を根こそぎ抉り取る。


 ノルン自身も初めてみた、巨獣ヒルドルブの姿に脅威を覚えた。


(確かにこんなやつが村に現れれば、全滅は必至だな)


 ノルンは山林管理人としての使命感を燃やし、魔法上金属の小手を装備する。

そして、大神竜ガンドールからへし折った牙の先端を握りしめた。

 牙のかけらは彼の魔力を浴びて、すぐさま巨大な竜牙剣を形作る。


「ノルンもやる気! 嬉しい! ンガァァァ!!」


 ノルンと同じ竜牙剣を持ったデルタは、嬉々とした咆哮を上げた。


「ま、まじかよ……今から、あんなんと戦うのかよ!?」

「ジェイさん、大丈夫です! ちゃーんと考えがありますので!」


 怯えるジェイへ、オッゴはそう声をかけた。


「作戦を説明します! ヒルドルブの最大の武器はあの顎ですが、同時に弱点でもあります! デルタ様、ノルン様は隙をみて、全力全開の大剣を顎へ叩き込んで、部位破壊を狙ってくださいです!」


「ガァ! 分かった」


「良かろう!」


「ジェイさんへは爆雷矢を支給します。適度な距離で、これを打ち込み、ヒルドルブを怯ませてくださいませ!」


「お、おう! やったるぜ!」


「俺はここから援護射撃をしつつ、逐一相手の動きを報告します。なにか質問はございますですか?」 


 特に異論はなく、各自は覚悟を決めて、目下の巨獣ヒルドルブを睨んだ。


「ノルン、ジェイ! アタック!」

「ああ!」

「アタックって、まさかここから飛び降り――うわぁぁぁ!!」


 デルタは翼を開いて飛び立ち、ノルンはジェイを抱えて、断崖を滑り降りた。


「先手必勝! ガァァ!!」


 デルタは急降下と同時にヒルドルブの脳天へ大剣を叩き込んだ。

 重い一撃はヒルドルブの巨体を揺り動かす。


「ああもう! ちきしょう! やってやんよ! うあわぁぁぁ!!」


 ジェイは破れかぶれ、弓で、爆雷矢を打ち込んでゆく。

 矢は綺麗な放物線を描いて飛び、運よくその全てがヒルドルブの弱点である頭部に命中していた。


 しかし火薬の爆発程度では巨獣の甲羅を砕くことなどできなかった。

 大岩のような頭部がジェイの方を向く。


「ナイスだ! ジェイ! おおおっ!!」


 すると、木々の間から飛び出したノルンが、力一杯竜牙剣を巨獣の頭部へ叩き込む。

 デルタほどではないものの、重い一撃を喰らったヒルドルブは、再び怯む。


「さすがは、バン……慣れない……ノルン! ガァァァ!!」


 デルタはブツブツと何かを呟きながらも、大剣を巨獣の側頭部へ振り落とす。

 悲鳴を上げたヒルドルブは、それでもすぐに体勢を立て直した。

巨大な前足を振り上げ、デルタを狙う。

 しかし前足は、上から降り注いできた鋼の矢に打たれ、弾かれた。


「狙い撃っちゃいますぞぉ! 皆さん、その調子で頼みますですぞぉ!」


 オッゴは好戦的な笑みを浮かべつつ、突撃弓弩へ新しい矢を装填していた。


「す、すげぇ! すげぇよ! 俺、こんなでっかいのと戦ってるのかよ! うひょー!!」


 ようやく立ち回りに慣れてきたジェイは、安全距離を維持しつつも、的確に爆雷矢を打ち込んでいた。


「ノルン!」

「行くぞ、デルタ!」

「「だぁぁぁぁ!!」」


 デルタとノルンは息を合わせて、振りかぶった竜牙剣を叩き込んだ。

 そして怯んだヒルドルブの顎を、鋼の矢が打ち貫く。


「GAAAAA!!」


 軽快な破砕音と共に、ヒルドルブの顎の甲羅が砕け散る。


(顎の部位破壊完了! これは行けるぞ!)


 ノルンがそう思った時のことだった。


「全員、耳塞ぐ! 危険!!」


 デルタは声を張り上げ、注意を促す。

 一同は慌てて耳を塞いだ。


「GAAAAAAAAAAA!!!」


 顎を砕かれたヒルドルブが、激しい咆哮を上げた。

 飛龍のバインドボイスよりも遥に強い音圧が、森の木々を、まるで突風が吹いたかのように揺さぶった。

巨獣は全身から蒸気のようなものを噴出しながら、巨大な前足を蹴り出す。

そして物凄いスピードで走り始めた。


「な、なんだよ、こいつ! さっきと動き全然ちげぇーじゃん!!」


 もはや未熟なジェイに矢を撃ち込む余裕などなく、逃げ回ることしかできなかった。


「は、早い! まさか怒るとここまで豹変するなんて……!」


 オッゴは走り回るヒルドルブへ狙いがつけられず、歯噛みをしている。


「GAAAAAAAAAA!!」

「うわーっ!」


 遂にはヒルドルブの頭が断崖を叩き、その上にいたオッゴが跳ね飛ばされた。


「調子に乗るな! ガァァァ!!」


 デルタは空へ舞い上がった。

掲げた、大剣に彼女の体を伝って稲妻が流れ込んでゆく。


「愛の力を源に……邪悪な空間を断つ! 雷ッ! 斬空竜牙剣!!」


 激しい稲妻を纏ったデルタが、ヒルドルブへ向けて急降下した。

そして勢いそのまま、竜牙剣を叩き落とす。

しかし、刃は甲羅を砕けず、稲妻は四散してしまう。


「GAAAAA!」

「グガァァァァ!!」


 ヒルドルブが頭を振り、デルタを突き飛ばす。

彼女は太い木々を何本も薙ぎ倒しながら吹っ飛んでゆく。

もしもデルタが竜人ではなく、人や他の種族であったなら即死は免れなかっただろう。


「や、やる……さすがは巨獣……!」

 

 デルタは大剣に寄りかかりながら立ち上がる。

かなりのダメージは受けている。しかし闘志に燃える瞳は死んでいない。


「大丈夫か、デルタ?」

「我、強い! これぐらい大丈夫!」


 ノルンの問いに、デルタは勇ましく答えた。


(しかしこのままでは埒があかないか……それにこのまま放置は良くない)


 ノルンは決意を胸に、デルタの瞳に自分を写した。


「久々にあれをやってみるとしよう! 俺が君の刃となる!」

「アレ……なるほど。いいアイディア! でも、今のノルン、できるか?」

「正直なところ上手くゆくかどうかは五分五分。しかしやってみる価値はある!」


 ノルンの頼もしい言葉を受けて、デルタはニヤリと笑みを浮かべた。


「なら、我、ノルン信じる! ガァァァ!!」


 デルタはヒルドルブに負けず劣らずの咆哮を上げた。

そして彼女の体から、眩い白色の輝きが溢れ出る。

輝きはデルタを飲み込み、膨らんでゆく。

膨らんだ光はすぐさま、強靭な四肢や、立派な翼へ変化してゆく。


「ンガァァァ!!」


 純白の美しい飛龍に変化したデルタは咆哮を上げた。

 巨獣ヒルドルブは、突然現れた、白色の飛龍へ威嚇の咆哮を浴びせかける。


 しかし飛龍に変化したデルタは怯んだ様子も見せず、空気や、大気中に漂う微量な魔力を吸収し始めた。

真っ赤な口腔に、眩しい白色の輝きが収束してゆく。


鎧装着キャストオン!」


 ノルンが放った鍵たる言葉は、紫の鎧玉へ変化を促した。

 輝きはノルンを包み込み、瞬きよりも早い速度で、彼へエッジがかった紫の全身鎧フルプレートアーマーを装着させる。


 その時間、僅か0・03秒に過ぎない!


「よし!」


 ノルンは拳を握り、鎧がしっかり装着されていることを確認する。


 今、ノルンを包み込んでいる全身鎧の名は【シャピロアーマー】――勇者時代に同名の傲慢な騎士団長を倒して、手に入れた、ノルン秘蔵の一品である。

そして大剣を肩に担いで、輝きを宿す飛龍のデルタへ向かって飛んでゆく。


「GAAAAA!!」


 ヒルドルブは前足を蹴り出し、木々を踏み荒らしながら突撃を開始する。

 その時、ノルンの抱える大剣と、デルタの口に集まった光が、揃って壮絶な輝きを発した。


「平和を愛する心にて……争い全てを根絶する!」

「ンガァァァァ!!」


 デルタの吐き出した魔力の渦を受け、ノルンは飛んだ。

 白色の輝きに包まれたノルンは、流星のように闇の中を疾駆する。


こうッ! 斬空竜牙剣!!」


 壮絶な輝きに包まれたノルンは、ヒルドルブの口の中へ飛び込み、そのまま剣を薙ぐ。


「GA……GAAAAAAAA!!」


 光の刃は巨獣の顎から上を跳ね飛ばした。

 即死した巨獣は、崩れるように倒れてゆく。


「や、やったか……!」


 喜んだのも束の間、強い力を浴びすぎた鎧が砂細工のように崩壊する。

そして中のノルンもまた、力を使い果たし、地面の上へ大の字に倒れ込む。

目を開けるのも億劫なほど、呼吸が乱れている。

かなりの無茶をしてしまったらしい。


「大丈夫か?」

「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ああ」


 うっすら目を開けると、心配そうに顔を歪めるデルタがみえた。


「悪いな……はぁ……これが今の俺なんだ……がっかりさせただろ?」


 フルフルとデルタは首を横へ振ってみせる。


「そんなことない。おまえは相変わらず強い。我、そんなノルン……好き」


 そう穏やかに言ったデルタは、ノルンの髪を撫で出す。

 まる亡き師匠であるリディに褒められているようで、とても気恥ずかしい気持ちになった。


(どことなく似ている……強く、勇ましく、そしてお優しかったリディ様に、デルタは……)


 ノルンは懐かしい感覚に身を委ね、暫しの眠りに就くのだった。

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