第51話かつての仲間たちの決断。うるっと元勇者。


 日中でも暗いところの多い、ヨーツンヘイムの山の中。

更に真冬なので、空気は想像以上に寒々しい。

 故に三姫士たちは火を焚き、暖を取りつつ今後のことを相談し合っていた。


「なぁなぁ、あのリゼルって子、どっかでみたことある気がすんだけど……?」


 アンクシャは枝で火を弄繰り回しながら記憶を辿り、


「我も……」


デルタも必死に何かを思い出そうとしている。


「リゼル……リゼル……ああ、そうか! ゾゴック村の!! ほら、バンシィと一緒に魔竜を倒した時の!!」


ジェスタの言葉に、アンクシャとデルタの記憶も繋がった様子を見せた。


「ああ! そうだ! 魔竜の生贄にされそうになってた村娘じゃん、あの子!! でもなんで、バンシィと一緒に……」


「我感じた……雌雄の匂い」


「雌雄の匂いって、それって!?」


「バカ! ロトが寝ているんだぞ! 声を抑えないかアンクシャ!」


 三姫士たちは一斉にロトをみた。


「すぅー……すぅ……兄さん……もう、そういうのダメだよっ?……きゃは! すぅ……」


眠りが深いらしい。それに幸せな夢をみている様子だった。

とりあずホッと胸をなでおろしたのも束の間、アンクシャは頭を抱える。


「せっかく再会できたのに一体どうなってんだよ! どうすんだよ、これから!!」


「どうもこうもあるまい。せっかくここまでやって来たのだ。私とて、このままおめおめと帰るわけには行かない」


「ジェスタのいう通り! 我、まだほとんどバンシィと話してない! だから暫く、ここに残る!!」


「そりゃさ、僕だってそうしたいさ。でもここって宿なんて無さそうだぜ? こんな寒いところでテント暮らしは、さすがにやばいんじゃないか? 竜人のデルタほど僕たち丈夫じゃないんだぜ?」


 さてどうしたものかと、頭を抱えるアンクシャの目の前で、ジェスタは不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ……お前がそういうと思って、すでに手は打ってある。今シェザールや護衛隊へ準備に走ってもらっている。そしてここからは私からの提案なのだが聞いてもらえるか?」


 デルタはピンと背筋を伸ばして聞く体勢を取った。

アンクシャはそっぽを向きつつも、とりあえず話は聞いてくれるらしい。


「我らはまず状況を見定めるところから始めてはどうだろうか? 現状バンシィとリゼルという娘がどういう関係なのか皆目見当もつかん。良くわからず闇雲に行動しては、きっとバンシィことだから……」


「ガウ……すごく怒る。絶対に怒られる! 話してくれなくなるかもしれない……我、そんなの嫌だ! せっかくここまで来たのにそうなるのだけは!」


「と、聡明なデルタは賛同してくれたわけだが?」


「う……わぁったよ。僕もとりあえず今は大人しくしといてやんよ……で、引きこもり姫様がご準備中のたいそうなご計画ってのはなんなのさ?」


「ふふっ、まぁ、明日の朝を楽しみにしているのだな。もちろん、アンクシャとデルタにも手伝ってもらうからな!」

「ううん……ふわぁー……おはようございます皆さん。なんのお話をされているのですか?」


 ロトがぽやぽやとした表情で起き上がる。

 どうやらぐっすり眠って、多少すっきりすることができたらしい。


⚫️⚫️⚫️



 ロト達と再会して、一週間が経過した。

 あの日以来、彼女達は姿を見せていない。

まるであの再会が夢か、幻だったのではないとノルンは思い始めていた。


「では、行ってくる」

「行ってらっしゃい、ノルン様!」


 ようやくいつもの調子を取り戻したリゼルに見送られ、村へ降って行く。

 すると、山道を見かけない馬車が、仕切りに往来していることに気がつく。

馬車は次々と村の中へ駆け込んでゆく。


「すみませーん! 通りまーす!!」


 葛を背負った妖精エルフがノルンの脇をよぎってゆく。


「エッホ! エッホ! オラァー! もっと気合い入れ運ばんかぁ!」

「ウィーっス!!」


 二人一組の屈強な鉱人ドワーフが、石を満載した籠を担いて、ノルンの横をすり抜けて行く。


 無数の羽音が聞こえ、思わず空へ視線を向ける。

 竜人ドラゴニュートだった。

 彼らもまた、背中に何かを背負って、綺麗な編隊を組んで飛んでいる。


 大陸を代表する三種族は一様に麓の村へ向かっているようだった。


 ノルンは急いで、村へ向かって行く。


「な、なんだ、これは……?」


 そして今の村の有様を見て、思わずそう漏らしてしまった。

 普段は閑散としていて、さらに人族しかいない村に、妖精・鉱人・竜人がたくさん居たのである。


「ご迷惑をおかけしてすみません。すぐに終わりますので! とりあえずこちらをお納めくださいね? ご迷惑料ということで」


 妖精はニコニコ笑顔で道の整理をしつつ、村の住民へ小袋を渡していた。

たぶん、金か何かなのだろう。


 ノルンは材木を担ぐ鉱人を追ってゆく。

そして、たどり着いた先で更に息を呑んだ。


 村の一番奥にある、広大な土地。

昨日までは草しか生えていなかったそこに、立派な家……もとい、館の骨組みが出来上がりつつあったのである。


「おいこら、デルタ! もっと丁寧に扱えぇ! その石高いんだぞぉ!!」

「この程度で壊れるならば、これは粗悪品! 我の巣にはいらぬ! ガァァァ!」

「アンクシャもデルタもよせ! 喧嘩してないでちゃっちゃと働け!!」


 何故か建設現場の中心には三姫士たちがいて、他の作業員に混じって建設作業を行なっている。


「兄さん!」


 そして声を弾ませながら、どこからともなくニコニコ笑顔のロトが現れた。


「ロト!? こ、これは一体何の騒ぎなんだ!?」

「あーえっと、その……家を建ててる、らしいんだ」

「い、家!? 誰の!?」

「えっと……私たちの?」

「まさか、住むというのか?」

「うん!」


 ロトは元気よく答えた。


「クンクン……この匂い! バンシィ! ガァァァ!!」


 デルタは建材を投げ捨てて、飛来する。


「だからてめぇ! ポイポイ投げ捨てるなっ……ああ! バンシィ! マジじゃん!! いるじゃん!!」


 アンクシャも手にしたスコップを放り投げて、駆け出した。


「全く、アイツらは……だが……ふむ、私も少し休憩にするとしよう。バンシィにも挨拶をせねばな……!」


 ジェスタもまた設計図らしい紙を丸めて閉じると、割と早足で、ノルンへ近づいてきたのだった。


「お、おはよう皆。ロトからここに住むと聞いたが本気か……?」

「おはようノルン。冗談でここまでやる訳ないじゃないか。土地の購入も済ませてあるし、建設許可も取っている。すでに私たち四人も、マルティン州民としての住民登録済みだ!」


 ジェスタは爽やかな顔でそう答える。


「まっ、魔王軍との戦いはちゃんとしつつ、ここを僕達のホームにしようっていう寸法よ! ご近所さんとしてこれからよろしくね、ノルン!」


 アンクシャははにかみながら、そう言った。


「これでいつでも一緒! 我は常にノルンと共にある!! ガァァァ!!」


 デルタは元気一杯に吠えてみせた。


「そういう訳! これからよろしくね、兄さん!」


 ロトは愛らしい笑顔でノルンを見上げてきた。


 果たしてこれからどんなことになるのやら。

 全く予想のつかないノルンであった。


 そしてここは、一発ガツンとかまさなければならない状況。

なにせ現役の勇者一行がやってきたのだ。寒村へハチャメチャが押し寄せてきたようなものなのだから。


「三姫士、ロト、集合!」


 ノルンの一声に、仲間たちはかつてのようにきちんと整列してくれた。元勇者だから従ってくれるか少し不安だったが、杞憂だったらしい。


「ここまで騒ぎを起こしたのだ。これ以上のことは勘弁を強く願う。俺からの願いは三つ! 一つ、住民としてきちんと溶け込むよう努力をすること。一つ、自分たちの正体が知られないよう配慮すること! 一つ、俺は既にバンシィでは無く、ノルンであるということ! 良いな!」


「「「「イエス マイ ブレイブ!」」」」


 四人は小声で、しかしかつてのように答えてくれた。

 八つの瞳は、以前と変わらず、信頼の眼差しを送っている。

勇者ではなくなり、ただの人となってしまった自分を今でも変わらず慕ってくれている。そんな状況を肌で感じ、思わず目頭が熱くなってゆく。


「か、硬い話はここまでだ。家の建設頑張ってくれ。そして……会いに来てくれて本当にありがとう。とても嬉しく思っている……! またそれぞれとはゆっくりと話がしたい……以上、解散!」


 これ以上何か言えば、きっと感動で泣き出してしまいそうだったノルンは、くると背中を向けて、その場から走り去る。


 そんなノルンの背中を四人はほっこりとした表情でみつめているのだった。



●●●



「ほら、私の言ったとおり釘を刺されただろう?」


「ガウっ! さすがジェスタ! さすが我らのサブリーダー!」


「まっ、ああもいわれちゃね。てか、ノルンちょっと泣いてたし……なんか、勝手に盛り上がってた自分が恥ずかしくなっちまったぜ……」


「さぁ、皆さん! まずはお家造り頑張りましょう! そしてここでの兄さんとの生活をいっぱい楽しみましょうね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る