第40話鉱人の姫――術士アンクシャ(*アンクシャ視点)


「ふご! むご! んんんーっ……ごっくん! けほ、ごほ、げほっ!」


 いきなり大きなキノコを口へ放り込めば、むせるのは当たり前。

 アンクシャは緊急事態だったとはいえ、己の行いを後悔した。


「大丈夫か……?」


 そんなアンクシャへ、鋼の面を被った黒の勇者バンシィが問いかける。

 

 このキノコ栽培施設は、アッシマ鉱人帝国が所蔵するどの地形図にも乗っていない空白地帯の洞窟にあった。

 更にアンクシャの秘匿魔術や結界がはりめぐらされていて、彼女以外は誰も近づけないはず。 


(やっぱり只者じゃないねぇ。このバンシィって勇者は……)


 と、のんびり感心している間ではなかった。

 バンシィはズカズカと、洞窟に踏み込んで来る。

 そしてアンクシャの足元に転がっている赤いキノコを拾い上げる。


「これは……エーテルマッシュルーム? もしや、この奥にあるのは全て……」


 バンシィの視線は背の低いアンクシャを飛び越えた。

 どうやら奥にあるエーテルマッシュルームがびっしり生えている原木を見ているらしい。

たとえ相手が勇者だろうとも、秘密をみられたのならば生かしておくわけのには行かない。


力乃扉開フォースゲートオープンけ! レッツゴー! ビートルジェット!」


 アンクシャは早口でそう詠唱し、バンシィへ向かって鈍色に輝く鉱石を投げつける。

 鉱石は虫の形へ変化し、ものすごいスピードで突き進み、バンシィへ襲いかかる。


「うそぉっん!?」

「? 何かしたのか?」


 しかしアンクシャの発した鉱石魔法は、バンシィの鎧に触れた途端、砕け散る。

 恐ろしい魔力量の障壁だと思った。

そしてもはやこうなってはアンクシャにできることは一つしかない。


「黒の勇者バンシィ! 一生のお願いだ! この洞窟のことは黙っててほしいんだ!!」


 アンクシャは地面へおでこを擦り付け、ひれ伏す。

 アッシマ帝国独特の最上級の平伏――土下座である。


 エーテルマッシュルームは食することで、魔力を増強させる。

しかし過剰摂取は魔力の暴走を招きかねない。

故にアッシマを含め、大陸全土でエーテルマッシュルームは専門業者が栽培し、流通を管理することとなっていた。

違法栽培はたとえどんなに高貴な人物だろうとも、厳罰が課せられる。


「これは全部アッシマのためなんだ! 僕の予知能力が近くアッシマへ魔貴族ファルネウスが攻めてくるって知らせて来たんだ!」


「……」


「今、アッシマであいつのタイダルシュトロームを食い止められるのは誰もいないんだ! だから僕は、この国の次期帝王候補の一人として、国を、民を守りたいんだ! そのためにもエーテルマッシュルームが必要なんだ! 僕が魔力を強化して戦うしかないんだ!」


「……なるほど。了解した」


「へっ?」


 あまりに予想外な淡白な回答だった。


 アンクシャがおそるおそる頭を上げてみると、すでに目の前バンシィの姿はなかった。

彼は原木に近づくとエーテルマッシュルームを一つもぎ取り、しげしげと眺めている。


「よい出来だ。よくここまで栽培できたな、アンクシャ姫」

「あ、えっ? ま、まぁ、そりゃ、毎日手塩にかけてお世話してるから……」

「摂取量の管理は俺がしよう。それ以外に俺は何をすればいい?」

「は……?」

「民のために身の危険も顧みず、行動を起こしている姫に感動した。俺にできることがあるのなら協力させてほしい。もちろん、この洞窟のことは黙っておく」


 噂には聞いていたが、バンシィは変人であると、アンクシャはこの時身をもって経験する。

そしてこれが鉱人の姫【アンクシャ・アッシマ・ブラン】とバンシィの絆の始まりでもあった。


 このアンクシャの行動とバンシィの協力があり、二人は見事ファルネウスのタイダルシュトロームからアッシマを防衛する。

そしてファルネウスさえも倒し、アンクシャは勇者と宿命を共にする、三姫士の一人となって旅立つこととなった。


 しかしその前に……やっぱりエーテルマッシュルームの違法栽培はバレてしまい、いくら勇者と姫とはいえお咎めなしとはならなかった。アッシマを救った功績もあったので、刑罰は禁錮一週間。

二人揃って仲良く一つの牢屋へ放り込まれたのは、今思えば楽しい思い出でもあった。



⚫️⚫️⚫️



(あーあ……あん時僕に手を出してくれてりゃ、ずっと癒してやったのにな、バンシィのやつ……)


 アンクシャはテントの中で一人思い出に浸っていた。

 エーテルマッシュルームを食べるたびに、バンシィと過ごした思い出が蘇る。


 一見怖そうにみえるけど、実は優しく、おおらかで、時々間抜けで、そして案外ヘタレで……アンクシャは、そんなバンシィにいつしか心惹かれるようになっていた。

 しかし彼は聖剣の加護により女性への欲はもとより、思慕という感情さえも失っていた。


(でもまぁ、あの聖剣の加護じゃなぁ……誘っても苦しませるだけだったし……実際、僕もいざってなるとチキン娘だったし……)


 当然、アンクシャの想いが気づかれることはなかった。



 それに彼の妹弟子であり、アンクシャ自身も本当の妹のように可愛がっているロトの気持ちも承知している。

だからこそ、アンクシャは、自分の気持ちを抑え続けていた。

彼と共にあり、彼とともに戦えることのみに喜びを見出すことにしていた。


 だが今は――そんなささやかな喜びさえ、奪われてしまっていた。


(バンシィ……お前さん、一体全体、今どこでなにをしてんだい? 元気でやってるのかい?)


 連合首脳陣も、ユニコンも、実父の帝王でさえ、知らぬ存ぜぬの一点張り。

 ならネルアガマ城の爆破予告をして、無理やり聞き出そうとも本気で考えた。実際、大量の爆薬を手配して準備をしていた。

 そんな中、舞い込んできた四天王リーディアス侵攻の報。


 自分勝手な想いか、民を守るための戦いか――きっとバンシィなら後者を取るはず。

そう思い立ち、ここに今のアンクシャがあった。

 それでも彼を想うと胸が苦しくなり、お腹が切なげに痛むのは、男を愛した女の性か。


「――ッ!?」


 突然、アンクシャの脳裏に凛とした感覚がよぎる。

 時折、彼女へ舞い降りてくる、神からのお告げ――予知能力である。


 目の前にあったテントの内装が霧散する。

 代わりに現れたのは、巨人のように大きく立派な数々の山。

 その麓で、未来のアンクシャは風呂敷の上へ奇妙な形をした金鉱細工を広げ、木こりのような男と親しげに話をしている。


 不意に未来のアンクシャが何かに気がついて脇へと視線を飛ばす。

そして大手を振って喜びを示す。

 そんなアンクシャへ歩み寄って来たのは……


「バンシィっ!!」


 声を響かせると、予知の像が霧散した。

 

 自分が呼吸を荒げていることに気がついた。

 いつも以上に胸と腹が痛たんだ。

だが同時に、全身をこの上ないほどの喜びが駆け巡っていた。


「そうか……僕は近いうちにアイツとまた……よっしゃぁー……! しかもあの山々って……確か巨人の山……」


 アンクシャはこうしてはいられないと、椅子から立ち上がる。

そしてテントから外へ出た。


 上には空、下にはレーウルラ海岸が広がり、激しい戦闘が繰り広げられている。

しかし、世界の理を逸脱し、形成した固有空間の中に身を隠していたアンクシャには、誰も気が付かない。


 ここに身を隠し、戦況を見守っていたのはユニコンの指示だった。

 身を顰め、機会を窺い、魔法で敵を一気に殲滅する作戦だった。


 正直、そんなやり方はまどろっこしいと思っていた。

 今は悠長にそんなタイミングを待っている場合ではなかった。

作戦なんて、もはやクソ喰らえだった。


「ンガァァァァ! ガァァァ! もっと来い! もっとぉぉぉ!!」


 それに今海岸で、華麗に、激しく、そして圧倒的に戦っているのは同じ三姫士のデルタ。

 飲み仲間の彼女なら、勝手に動き出しても、きっとアンクシャを上手くフォローをしてくれるはず。


「……へっ! じゃあそろそろ始めますかね!」


 アンクシャは靴底で結界を蹴り砕いた。

 姿を現したアンクシャは、バンシィから贈られた三角帽子を押さえながら宙を舞う。

高々度から戦場を目指して降下してゆく。


力乃扉開フォースゲートオープンけ!」


 詠唱と共に鉱石をばら撒く。

アンクシャと共に宙を舞う鉱石は激しい輝きを放っている。


「レッツゴー! ビートルジェット! ホークワン&ツー! 僕とバンシィの絆の証! EDF《アースディフェンスフォース》ッ! クソ魔物どもを蹂躙しろぉぉぉーっ!!」


 アンクシャの指示を受けて、鉱石は鋼のカブトムシや鳥に変化して、飛んでゆく。


【EDF《アースディフェンスフォース》】――無数の鉱石を瞬時に兵器に変える召喚攻撃術。黒の勇者バンシィと共に編み出した、彼との絆の証である。


 カブトムシ型のビートルジェットは立派な角を突き出して、ゴーレムを一撃粉砕した。

 鷹型のホークワン、鷲の姿をしたホークツーは、翼に装填した小型爆弾を雨のように降らせる。

 レーウルラ海岸に上陸した魔物共は、突如現れた鉱石の攻撃隊に蹂躙され、瞬く間に恐慌状態に陥った。


「第一次攻撃完了っと! さぁて……あん?」


 拳をバキボキ鳴らしていると、ブレスレットに付けた通話魔石が明滅していることに気が付く。


「うざってぇなぁ!」


チカチカうざったいので、とりあえず一旦接続しておく。


『アンクシャよ! これはどういうことだ! 余はまだ……』

「うっせ! ばーか! てめぇのくだらねぇ作戦なんてどうでも良いんだよ! 僕の邪魔をすんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」


 アンクシャはユニコンへ一方的にそう叫ぶと、ブレスレットを投げ捨てた。


「もうてめぇに用はねぇ! やっぱり勇者はバンシィだけだ! この糞バカたれがっ! あっかんべー」


とってもスカッとした気分のアンクシャだった。


「ククッ……アンクシャ、良いぞ! 我ももっと頑張らねば! ガァァァァ!!」


 デルタは愉快そうに牙を覗かせながら、斬空龍牙剣を振り、更に暴れ回る。


「さぁて! さっさと片付けて、楽しいバカンスにでも出かけますかね! バンシィのいる、巨人の山とやらへ!」


 地上に降り立ったアンクシャは群がり出した魔物へ手を突き出す。

その手には、既にに荘厳な輝きが宿っていた。


「いっけぇぇぇ! メイガーマグナム! エンドシュートぉ!」


 強大な破壊の力を持った魔法光弾が地を穿ち、多数の魔物をまとめて殲滅する。


(僕とたくさんエッチなことしようぜバンシィ! まっ、僕そんなこと全然したことないけどさ! チキンにならず、僕頑張っちゃうもんね!)


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