第39話肉食女子達


「か、可愛い……可愛いぞぉっ!」


 感動したノルンは、体を震わせながら拳を突き上げる。

 竜舎で孵化したばかりの幼龍を抱く、母竜のボルは嬉しそうに穏やかな鼻息を吐き出した


「くかぁー!」


 熊だろうと、人間だろうと、たとえ飛龍だろうとも赤ん坊は可愛い。

 特に手塩にかけて育てたオッゴとボルの子供ならば尚更。

 色は青色、母親によく似た美雌竜である。


「名前は! 名前はなんというんだっ!」

「お、落ち着けよ! ガザだよ、ガザ!!」


 鼻息荒く迫ったノルンへ、グスタフが顔を引き攣らせながら教える。


「ガザ! もしや古代アクシズ文明を守った偉大なる神竜の1匹からか!?」

「そ、そうだよ、そうそう! 相変わらず火炎袋はねぇけど、立派な飛竜に育って欲しいってハンマ先生が!」

「そうか、お前はガザか。良い名前だ! ガザ! 立派な飛龍になるんだぞ! そして大きくなったら俺を背中に乗せて、一緒に飛ぼう!」

「くかぁー!」

「ぐぬぬ……可愛いぞ……っ! これは本当に……くっ!」


 孵化したばかりにも関わらず、ガザは元気よく吠えた。

 これからが楽しみだ。

 と、そんなことを考えている中、竜舎の外からオッゴの悲鳴のようなものが聞こえてくる。

慌てて外へ飛び出してみると――


「ガァー! ガガガァー!!(追ってくるなぁー!)」

「ギャギャギャーギャー!(そんなこと言わないでくださいよ! せんぱーいっ!)」


 空中では何故かオッゴが、ラングに追い回されていた。


「ギャァァァァ!」

「ガァァァーー!!


 ラングのバインドボイスが、オッゴを地面へ叩き落とした。

 やはりラングはあらゆる面で、才能があるらしい。


 オッゴは必死に体を引きずって竜舎へ向かって来る。


 次いでラングも着地する。

そして前足のように翼で地面を蹴って、走り始めた。


「ギャギャー!(せんぱーい!)」

「ガアァァァァ!!」


 ノルンの目の前で、ドスン!と音がなり、砂埃が舞い上がる。


 砂の向こうではラングがオッゴの背中へ覆い被さっている。


「ギャ〜ギャ〜……」

「ガっ!? グガッ!?」


 ラングは甘い声を吐きながら、オッゴの背中へ顔をすりすり擦り付けている。

 どこからどうみても、これは飛龍独特の求愛行動だった。


「ギャギャーギャ!(せんぱーい、アタシと子供作りましょうよぉー!)」


「ガガッ! ガガァーっ!(だからその気はないって言っただろうが! しかもなんで俺なんだ!!)」


「ギャギャ! ギャギャ? ギャギャー!(だってせんぱい、アタシのこと一生懸命助けてくれたじゃないですか! だからせんぱいとの子供がほしいんですよ? 強くて優しい先輩との子供を!)」


「ガガッ……ガァー……(気持ちは嬉しいけど、えっとぉ……)」


 その時、のっそりのっそり足音が響いた。

黒い影がオッゴの頭へ落ちる。


「カァー? カァカァカァカァー?(オッゴ君? なに他の雌飛龍に言い寄られて嬉しいそうな顔してるのかなぁ?)」

「ガッ――!? グルぅー……(ボルちゃん! これはえっとぉ……)」

「ギャギャギャー!!(別にせんぱいはボルさんだけのものじゃないでしょ!? ここでの唯一の雄なんだから、あたしにだって権利あるもん!!)」


 ラングは勇ましく、ひと回りほど大きいボルへ食ってかかった。

 飛行センスなどなど抜群だが、やはり性格に難ありである。


「カァー……カカカァー?(私に突っかかってくるなんて良い度胸してるじゃない?)」

「ギャー!(せんぱいを私にも寄越せ、おばさん!!」)

「カァッ……!(おば……!)」


 睨み合う2匹の雌飛龍の間に火花が散った。

 一触即発の空気に、グスタフは顔を引き攣らせた。

ノルンは本気で喧嘩が始まったならば止めねばと、雑嚢から飛龍用の鞭を取り出す。


「キャーキャァァァー!!(二人とも待ってぇぇぇぇ!!)」


 少し甲高い咆哮を響かせながら、ラングの姉飛龍のビグが飛来した。

 そしてラングの隣へ着地するなら、尻尾で頭を引っ叩く。


「ギャアッ! ギャギャー!!(いったーい! お姉ちゃんいきなり殴るなんてひどいよぉ!!)」

「キャキャキャ!! キャクゥー……キャアァ(アンタが失礼だからでしょ! ボルさん、妹が大変失礼をしたようでして……すみません、許してやってください)


 ビグは反省のポーズである“伏せ”をしてみせた。


「くかぁー?」


 今度は竜舎から、幼竜のガザがトコトコと危なげな歩調でやってくる。

そして母親のボルの後ろ足へ、親愛を示すように体を擦り付け始めた。

するとずっと鋭さを帯びていたボルの瞳が、丸くなってゆく。


 どうやらヨーツンヘイム飛龍輸送部隊の崩壊は、辛くも免れたらしい。


「カァー?(オッゴ君、どこ行くつもり?」)

「ギャー! ギャッ!!(せんぱい! 逃げないでくださいっ! あたし達はあなたの話をしているんですよ!)」

「ガッ!?」


 こっそり退散しようとしていたオッゴへ、ボルとラングが鋭い視線を浴びせていた。


(飛龍輸送部隊の未来はオッゴにかかっているか……頑張れ、オッゴ! 何かあったら必ず助けてやるからな!)


 ノルンはそう少し気の毒なオッゴへ、心の中でエールを送った。


「キャ……ハァー……! キャー……ハァー……!」


 そして何故かビグはノルンの手にした鞭を見て、妙な息遣いをしていたのだった。


……

……

……



(もしやビグは鞭打ちに興奮を……むぅ……)


 しかし今後のことを考えれば事実は書き記すべき。

 ノルンはビグの項目へ“鞭うちに興奮する可能性あり。要注意。対策を検討”と書き込む。

 とりあえずこれで、グスタフはガルスへ提出する「飛龍輸送部隊育成覚書」への記入は終わった。

一息ついてから就寝しようと思い、部屋を出て、リビングへ向かう。


「あっ! お疲れ様です、ノルン様! お仕事終わりましたか?」


 扉を開けるなり、早速、ソファーに座っていたリゼルが愛らしい笑みを送ってくれた。

 彼女は珍しくグラスを持っていて、上機嫌そうに顔を赤く染めている。


「飲んでいたのか?」

「はい! 実は今日、ケイさんに蜂蜜酒をいただきまして! 甘くてすんごく美味しいんです!」

「ほう」

「ノルン様もいかがです?」


 先程まで書き物をしていたので、頭が冴えてしまっている。

 ナイトキャップには良さそうだと思った。


「少しいただこう」

「はいっ!」


 ノルンはキッチンからショットグラスを持ってきて、リゼルの隣に座った。

 リゼルが酒瓶から、黄金色をし、粘性を強く感じさせる酒精をグラスへ注ぐ。

甘く芳醇な香りがとても心地よかった。


「今日も一日お疲れ様でしたノルン様っ!」

「リゼルもお疲れ様」


 お互いにグラスを打ち付けて、酒精を一口。

 アルコール感は強いが、それ以上に甘くて、香りが豊かで……これはうっかり飲みすぎてとんでも無いことになってしまう酒だと思た。


 不意に酒とはまた違った甘い匂いが鼻を掠めた。


「ふふ。んふふ……」


 リゼルは上機嫌そうにノルンの腕に抱きついて、頬を擦り寄せている。


「酔っているな?」

「それもありますけど……」

「?」

「がおー!」


 突然、リゼルが覆い被さって来た。

 ノルンはされるがまま、ソファーの上へと押し倒される。


「な、なんだ? 今日はどうし……んっ!」


 リゼルから唇を奪ってきた。

 いつもよりも激しい舌使いに翻弄されしまう。


「たまにはこういうのもいいかなぁって……今日は朝から、なんだかずっと身体が火照っちゃってって……ノルン様のことで頭と胸が一杯で……」


 深いキスを終えたリゼルは、ノルンの腰の上で妖艶な笑みを浮かべた。

上着のボタンを緩めて、汗でしっとり濡れた肌を曝け出す。

リゼルの匂いがムンと香り、理性が蕩けて行く。

いつもはノルンから誘っているが、今日は立場が反対なので、新鮮な興奮を覚える。



「この間はノルン様が野獣でしたから……はぁ……今夜は私が野獣なんですっ! がおー!」

「――ッ!!」


 そうしていきなり始まってしまった、ノルンとリゼルとのいつものアレやコレや。


「グファ……」


 またまた空気をきちんと読む、ギャングベアのゴッ君はリゼルのベッドの独占中だった。




 ちなみにノルンとリゼルの二人はソファーの上で昼まで寝過ごしてしまい、関係各所へ謝罪をすることになったが、これはまた別の話。特にヨーツンヘイムに影響を与える大きな話では無い、平和な日常の一ページである。




*世にも珍しい、ドラゴンのラブコメ(序盤)でしたとさ(笑)

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