第22話彼女からのお帰りなさいとお疲れ様。胸の疼き(*後半妖精剣士ジェスタ視点)


「オ、オッゴ! その傷は!? ハンマ、早く診てやってくれ!」

「ああ!! 大丈夫だぞ、オッゴ。心配するなよ! 俺がついてるからな!」

「ガ、ガァー……」


 ヨーツンヘイムの山の一つ、オリバーの山間に着陸したオッゴへ、待ち受けていたガルスとハンマ先生は駆け寄って行く。

 

 片や、ゾゴック村の人々にあまり心配を掛けまいと、ノルンはボルを自分の住んでいる山小屋の前へ着地させる。

 すると、丁度、小屋から荷物をもって飛び出してきたリゼルと鉢合わせとなるのだった。


「リゼル! 戻ったぞ」


 はやる気持ちを堪えつつ、帰宅の挨拶をする。

 リゼルは嬉しいような、驚いたような、色々な感情を表情に滲ませている。


「お、お帰りなさい。随分とお早いお戻りですね……? それにオッゴくんは……?」

「色々とあってな、予定より早く戻れた。オッゴは少し怪我をしたので別の場所でハンマ先生に診てもらっている。それよりも」


 ノルンはボルの置いた鉄カゴの扉を開いた。

 ボルも自ら首を地面につけて、梯子の代わりになる。


「皆、長旅ご苦労だった。ヨーツンヘイムへ到着だ。足元に気を付けながら、ゆっくりと降りてくれ」


 そう告げると、すっかり客室に様変わりした鉄カゴの中から、ゾロゾロとゾゴック村の人々が出てくる。

あくびをしたり、背伸びをしたりと、リラックスできた様子。どうやら先程の戦闘は感づかれていなかったのだと思い、ノルンはホッと胸を撫で下ろす。


『バイバイ! マタネ! バイバイ! マタネ!』


 お世話がかりのウィルオーウィスプ達も最後まできちんとお見送りをしているのだった。


「久しぶりね、リゼル」

「お母さん!」


 母親のユイリィが声をかけ、娘のリゼルは嬉しそうに破顔する。

並んでみれば、本当の親子だと誰でも理解できるほど、よく似ている。


「見ないうちに随分立派になったわね」

「お母さんも元気そうでよかったよ。急なお願いだったけど、来てくれてありがと!」

「いいのよ、同じ大陸民が、しかもイスルゥ塗のことで困ってるんだもの」

「お母さん……」

「ところで、リゼと勇者さ……ノルンさんだっけ? どういう関係なの? あそこから出てきたってことは一緒に住んでて、そういう関係ってことで良いのよね?」

「あ、あ、こ、これは! その! えっとぉ!」


 突然、山小屋から麓へ続く一本道から“ドドドッ!”と激しい、馬蹄の音が聞こえて来ている。

そして立派な馬車が砂塵を巻き上げながら、ノルンの前に急停車。


「ご苦労、グスタフ。早いな」

「そ、それはこっちの台詞だっつーの! こんなに早く戻ってくるなんて想定してねぇつーの!!」

「しかしお前はこうしてやってきた。ならば問題ない。それに早ければ早い方が良いと思うが?」

「ま、まぁ、そりゃそうなんだけど……」


 このまま無駄話をしているのも惜しいと思ったノルンは、飛んできたグスタフの背中を押す。

 するとグスタフは咳払いをして喉を整えた。


「ゾゴック村の皆さん! この度は急なお願いを聞いていただき、ありがとうございます! まずは厚く御礼を申し上げます! 自分はグスタフ=カール! カフカス商会の運営責任者です!」


 度々版画でも顔を晒している若き豪商を目の当たりにして、村人たちは色めき立つ。特に若い女性陣を中心に。


「ここで詳しいお話をするのも皆様へは大変失礼ですので、麓の村へ向かいましょう。随時、商会の馬車がやって参りますので、順次乗り込んでください! さぁ、どうぞ!」


 すでに一本道の向こうからは何台もの、乗り心地が大変よさそうな馬車が隊列を組んで進んできている。

なんだかんだと言いつつも、グスタフ本人はすごく仕事のできる奴なのである。


「また後でノルンさんとの馴れ初め聞かせてね」

「だ、だから、お母さん!! 私とノルン様は!」

「ふふ、ガンバ!」

「もぉー!!」


 ゾゴック村の人々は次々と馬車に乗って、麓へ降りてゆく。

 ノルンのできることは、これにて完了となり、ようやく一息着くことができたのだった。


「グゥー!」

「ゴッ君、ただいま! 戻ったぞ!」


 ノルンは右腕で、小屋の中から飛び出してきた愛らしい子熊のゴッ君を抱きとめた。

 少し硬いが、もふもふした感触がとても心地よい。

やはりゴッ君は可愛くて最高だと、改めて感じる。


「ノルン様」

「そ、そんな怖い声を出してどうかしたか?」

「左手、出してください」

「いや、これは……問題ないの……」

「お願いします」


 怒っているような、不安なような。

 そんなリゼルの声に気圧されて、ノルンはずっと背中の裏に回していた左手を出す。


 腕はライジングサンを放ったことにより火傷を負って、真っ赤に腫れ上がっていた。

 腕を動かすと、皮膚が引っ張られて痛みが走るが、我慢できないほどではない。


「どうしてこんな……」

「移動途中に魔物と遭遇してしまって、太陽魔法を使った。しかし問題ない。慣れている」

「慣れてるって……」

「……」

「……バカ」


 リゼルのか細い呟きが、胸に突き刺さる。

だけどどこか悲しげで、辛そうなその言葉。修行時代に魔物に無茶をして挑んで大怪我をし、剣聖リディに同じく「バカ」と言われたことを思い出してしまった。


「早く中へ。治療します」

「……すまない」

「いえ、でも薬師見習いでしかない私ができるのは応急処置くらいですから。後でちゃんとハンマ先生のところへ行ってくださいね?」

「わかった。必ず」

「ノルン様」

「?」

「またみんなを助けてくださってありがとうございます。でも、もう、あんまり無茶なことはしないでくださいね」


 リゼルは背を向けたまま、ノルンの服の裾を摘んだ。

 小さな背中が震え、僅かに嗚咽が聞こえている。

 胸へ熱い何かが込み上げてきたノルンは、右手でそっとリゼルの柔らかい髪を撫でる。


「心配かけてすまない。今後は特に気をつける。あと、なんだ、その……」

「?」

「旨かったぞ、君が作ってくれた弁当」

「そうですか、よかったです。ありがとうございます……でも、それ今言うことじゃありません」

「そ、そうか……すまん」


 リゼルはくるりと踵を返す。丸い瞳には泣いた跡がくっきりと浮かんでいるものの、笑顔を浮かべている。


「おかえりなさい、ノルン様! お疲れさまでした!」


 太陽よりも眩しく、どんな花よりも綺麗に感じられるリゼルの笑顔。

 ノルンは気取られまいと無表情を貫きつつも、大きく胸を高鳴らせる。


「グファ〜……」


 と、そんな2人の間でゴッ君は呑気に欠伸をしていたのだった。



⚫️⚫️⚫️



「こちらジェスタ。この空域に敵の姿は見受けられない。オーバー!」


 ジェスタは背中で輝く4枚の光の翼で滞空しながら、改めて周囲をぐるりと見渡す。


『我、残存兵力確認できず。オーバー』


 別方面の空を確認していたデルタの報告が、通話魔石から流れて来る。



――もはや大空は静寂を取り戻していた。



 来週王都で白の勇者ユニコンの初戦祝勝祝賀会が催され、その人手として数多くの兵が駆り出されてるらしい。

特に物資運搬で多数の竜騎兵が使われているらしく、防空警備が手薄になっているとのことだった。

 そんな中、三姫士たちはいち早く、空に魔物を気配を掴んだ。


 三姫士たちはユニコンにほとほと呆れながらも、接近する魔王軍の空中部隊を叩くべく、大空の戦場へ向けて舞い上がる。


『僕もなーんも感じないよ。きれいさっぱりなんにもねぇ、おーばっ』


 アンクシャの報告もデルタ同様呑気なものだった。


 どうやらこの空の静寂は、戦いの跡を物語っているらしい。


(やはりあの巨影と太陽は……)


 空を飛ぶ中、遥か向こうに見えた眩いもう一つの太陽と、それを飲みこむ巨大な龍の姿。

 しかしその二つは、ジェスタ達が到着する前に、空から忽然と姿を消している。


(あの巨影は大神龍ガンドール……そしてあの輝きは……!)


 きっとあの輝きは、太陽の光を収束して放つ魔法――バンシィが得意だった広域殲滅魔法のライジングサンに違いない。


(やはりバンシィは、先程までこの空のどこかに……)


 背中の光の翼が疼き、胸が締め詰められるように痛んだ。

 この翼はバンシィと魔貴族ビュルネイを共に倒し、そして手に入れたものだった。

彼と彼女を強く繋ぐ、関係の証だった。

 そんな大切に思っていたバンシィは、今側にいない。


(ああ……バンシィ。貴方はどこにいるんだ。こんなところで一体何をしていたんだ……)


 不意に彼の姿が脳裏をかすめて、僅かに涙が滲んだ。

 ジェスタは、自分にとってそれだけ“黒の勇者バンシィ”という存在が大切なものだったと思い返す。


(会いたい、貴方に……私は貴方のことを……貴方を!)


 近くに居たはずなのに逢えないもどかしさ。少しぶっきらぼうだけども、逞しく、そして何より誰よりも優しい彼に逢いたい。

一目でも良いから元気な姿を見て、叶うならばまた“ジェスタ”と、自分の呼んでほしい。その一心だった。たったそれだけで良かった。


 その時、手甲の魔石が明滅を始める。

 ジェスタは沸き起こった切なさなをグッと飲み込んで、平生を装う。


「……こちらジェスタだ」

『お久しぶりです、ジェスタさん! ロトです!』


 バンシィの妹弟子。血は繋がっていないが実の妹のように彼が可愛がっていた盾の戦士:ロトの声が響き渡る。

 ジェスタ自身もロトへは深い愛情を抱いているので、沈んでいた気持ちが僅かばかり和らぐ。


「やぁロト。久しぶりだな。何か用事か?」

『いえ、その……なかなか皆さんが王都にいらっしゃらないので、何かあったのかなって、心配になって……』


 心配げなロトの声が聞こえた。以前よりも寂しさを滲ませる声に、ジェスタの胸がチクリと痛む。

 きっと自分なんかよりも、ロトは悲しみに暮れているはず。


「心配かけてすまない。少し敵と遭遇してしまってね。無事終わったところだ。デルタ、アンクシャと共に近く王都へ参上する予定だ」

『わかりました! 待ってますね! デルタさんとアンクシャさんにもお会いできるのを楽しみにしているとお伝えください!』

「ああ。すぐに行くから待っていてくれ」

『はい! それでは! くれぐれも気をつけてくださいね!』


 通話を終え、やはりロトはいつも以上に明るく振る舞っていると感じた。

きっと無理をしているのだと思った。だからこそ、今は、バンシィの痕跡を発見したことを、ロトへ伝えるべきタイミングではないと考えた。


(ロトの精神はギリギリだ。ここでバンシィの話をしてしまえば、彼女は心は壊れかねん。それだけは避けねば……)


 ロトへバンシィの痕跡らしきものを見つけたと伝えるのはもう少し後にしようと考えた。

 今、バンシィが、どこで、何をしているのか。

きちんと確認が取れ、更にその内容次第である。


そしてその前に、ジェスタにはやらねばならぬことがあった。


(待っていろ、ユニコン、そして国王! 必ずお前達の口を割らせてやる!)

 

 彼を探す前にすべきこと――王都へ出向き、ユニコンや国王へ“黒の勇者バンシィの引退騒動”の真実を問いただす。


 ジェスタは決意を胸に、彼との思い出の詰まった光の翼を羽ばたかせるのだった。

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