第86話 最後の戦い(3)

「ハスミン、俺はハスミンが好きだ。俺はこれからもハスミンと一緒に過ごしたい。俺の隣にいて欲しい、俺の隣にいてくれないか?」


 今やもう目の前にいるハスミンの顔をしっかりと見つめて、俺は俺の心をハスミンへと届けようと懸命に気力を振り絞る。


 魔王カナンの影響が色濃くなり始め、あんなに可愛いかったハスミンの顔は完全に冷徹な魔王の顔になってしまっていた。


 ここで倒さなければ世界が滅ぶ。

 そうだな、まったくもってリエナの言うとおりだ。


(でも俺は──それでも俺は!)


 自分の手でハスミンを――大好きな女の子を殺すことだけはできないんだよ。


「うるさいうるさいうるさいうるさい! 惑わせないでって言ってるでしょ!」


 子供が駄々をこねるように大声で叫んだハスミンが、今日一番の、100を超える魔力弾を俺に向かって撃ち放つ。


 殺到するそれらの魔力弾はまたしても容赦なく俺の身体を打ち叩き。

 防御加護を失ってダメージを全てあますところなく受けてしまった俺は、自分の身体がもはや命の限界を迎えつつあることを理解していた。


 今のを喰らって即死しなかったのが不思議なくらいだ。

 ほんのわずかに残っていた防御加護が、最後のひと踏ん張りをしてくれたのかもしれない。


 けれどついに俺は、


「どうしてけないのよ……」

 ハスミンのところへとたどり着いていた。


 そして身体中血だらけになり、もうほとんど力が入らない両腕に必死に力を込めて、その女の子らしい華奢な身体を優しく抱き抱える。


 返ってきたのは、魔王になっても変わらないハスミンの温もりと柔らかい感触だった。


 体育祭のリレーの後に抱き合った時の感触が思い出されて、それと同時にハスミンと仲良くなってからの色んなことが、走馬灯のように俺の頭を駆け巡っていく。


「言っただろ……この魔力弾は全部ハスミンの想いが込められた……ハスミンの想いそのものだって。それを避けるわけないだろうが……ハスミンの気持ちは全部……あますところなく受けとめるってーの……」


「でもそれで死んじゃったら意味がないでしょ……修平くんは魔王を倒す勇者なんでしょ?」


「ははっ、殺すつもりだったくせに……今度は心配してくれるのかよ……?」


「それは……だって……気持ちがごちゃ混ぜになってて、2つの自分がごちゃごちゃになって、よく分かんないんだもん……」


「ならこれだけ分かってくれたらいい……俺はそれくらいにハスミンが……死んでもいいくらいにハスミンのことが大好きなんだよ……いい加減分かれよなこのバカ……」


「修平くん……」

「ハスミン、好きだよ……俺は世界で一番……君のことが好きだ。愛してる」


「んっ……」


 かすれるような声で告げた俺の告白を俺に抱かれたまま半ば呆然とした顔で聞いていたハスミンに、俺はそっとキスをする。


 俺に残された最後の力を振り絞って懸命に身体を動かす。


 もちろんキスといっても、動かない身体をなんとか動かして触れ合わせただけの、子供だましみたいなキスだった。


 でもそれは俺の想いを伝えるための。

 俺に残された最後の命の炎を必死に燃やし尽くしての行動で――。


 その直後だった、


「あっ、あぐっ、あああぁぁぁぁぁっっっ――――っ!?」


 突然ハスミンが声を上げて苦しみだしたのは。


 同時に俺は、俺の中に今まで感じたことがない程の膨大な力がみなぎり始めたことを感じ取っていた。


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