第67話 勝負の行方(2)
「ごめんなさい、わたしがバトンを落としたせいで……」
開口一番ハスミンが謝罪とともに頭を下げる。
「おいおいハスミン。あらかじめ犯人捜しはしないって言ってたの忘れたのか?」
だから俺は笑顔でそう返した。
「そうそう、織田の言うとおりさ。それに俺、目の前だったから分かるんだけど、内側のレーンからよそのクラスがはみ出してきただろ? だから蓮見さんは全然悪くないよ。むしろ被害者だ」
「そうよ、犯人捜しはしないって言ってあったでしょ? それってつまり、ごめんなさいもなしってことなんだからね?」
「あ……」
新田さんの言葉にハスミンがハッとした顔を見せる。
「そもそもの話、これだけ協議が長引くくらいに僅差の同着で1位だったんだぞ? ってことはもうこれ、仮に負けてたとしても実質1位だって言っていいだろ? すごいじゃないか俺たち」
「織田の言うとおりだよな」
「これでもダメとか、ハスミンは無駄に意識が高すぎるのよね」
「あはは、そうだね……うん」
そうだねと言いながら、ハスミンはまだどこか浮かない顔をしていた。
「なぁ、ハスミン。俺も結構負けず嫌いなところはあるんだけどさ。でも勝ち負けよりも、ハスミンやみんなと一緒に走れたことやバトンパスの練習をしたことが、俺は本当に楽しかったんだ。体育祭ってのは名前の通りお祭りだろ? お祭りは楽しいものだろ? だから俺は最後までみんなで一緒に楽しい気持ちでいたいな」
魔王カナンを倒す旅は敗戦が許されない、絶対に勝たないといけない戦いの連続だった。
勇者である俺の敗北はつまり人類の敗北であり。
俺の5年間は勝利という結果以外には何の価値もない、文字通り人類存亡をかけた戦いの連続だった。
でも体育祭は違う。
負けても人類は滅びたりはしない。
結果だけでなく過程を楽しんでいいんだから。
そして俺は今、人生で初めて体育祭を楽しいと感じている。
リレーで勝っても負けても、この楽しい気持ちのままで今日という日を終わりたいんだ。
「俺も俺も!」
「右に同じね」
「うん……! みんなありがと!」
俺たち3人の言葉を受けて、ついにハスミンに素敵な笑顔が戻った。
(うんうん、やっぱりハスミンには笑顔が似合うよな)
「まったくもう、世話をかけないでよね。心配するでしょ」
「えへへ、ごめんねメイ。もう大丈夫だから」
なんてことを話していると、再び運営のアナウンスが聞こえてきた。
『えー皆さま、大変ながらくお待たせいたしました。それでは1年生男女混合スウェーデンリレーの結果を発表いたします。厳正なる協議の結果、1位は4組――」
「ぁ……」
ハスミンが小さくつぶやいてガクッと肩を落とした。
(残念、負けていたか――)
俺も天を仰ぎかけて――。
でもそれを見たらハスミンがまた落ち込むと思って、そのまま正面を見続ける。
勇者とはどんな時も常に前を向いて、みんなに未来を指し示す存在であらねばならないのだから。
しかし。
『――と5組の同着といたします』
「え……?」
アナウンスの続きを聞いたハスミンが驚いたように顔を上げる。
『ぶっちゃけ! これだけ競ったらどっちが勝ったかを判定するのとか無理ですから! 体育祭はプロの競技会じゃありませんので! 電子測定器もないし、横から撮ってるのは体育の先生が家から持ってきた私物のゴープロ廉価モデルだし! しかも微妙に真横じゃなくて、ちょっと角度ついちゃってたし! こんなもん判定できるわけあるかーーーいっ!』
実況がやけくそ気味に絶叫すると、観客席がドッと笑いの渦に包まれる。
同時に健闘をたたえる拍手が、俺たちに向けてあちらこちらから送られる。
そんな中、
「やったぁ!」
同着とはいえ1位を取ったことが嬉しかったんだろう、ハスミンが俺に飛びついてくる。
すぐに我に返って顔を真っ赤にして離れていったものの。
ハスミンの温もりと柔らかい感触は俺の身体にしっかりと刻み込まれていた。
異世界を救った鋼メンタルの勇者とはいえ、俺も男の子なので好きな女の子に抱き着かれたら胸がドキドキしてしまうのは、これはもう仕方ない。
こうして1年生の最後の種目、男女混合スウェーデンリレーは4組と5組の同着1位に終わり。
この結果を受けて本年度の体育祭の1年生優勝は4組に。
俺たちの5組は僅差の2位に終わった。
その後みんなで体操服で記念撮影をして、俺の高校1年の体育祭はお開きとなった。
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