第56話 ハスハラ(ハスミンハラスメント)

「ちょっとハスミン、いきなり抱き着いてこないでよね。動いた後だから暑苦しいでしょ」


「よいではないか、よいではないか~。んー、ちょっと大きくなった? それにメイのいい匂いがする。すー、はー。すー、はー……」


「残念でした、ただの制汗スプレーの匂いよ。っていうか嫌らしいセクハラ親父みたいなセリフと手の動きなんだけど? 私の胸の上で手をわきわきさせるのやめてくれない?」


「ええっ、なんのことぉ?」


「別にわたしはいいっちゃいいんだけど? でもハスミンはそれでいいの? さっきから織田くんがあなたの変態親父っぷりを、無言でじっと見つめてるわよ?」


「ぁ……ぅ……」


 その言葉を聞いた途端、ハスミンがスッと新田さんから離れていった。

 俺に見られていたのがよほど恥ずかしかったのか、俯いた顔は耳まで真っ赤になっている。


「ぶしつけに見てしまって悪かった、ごめんな」

 すぐに俺は自分の非礼を詫びた。


(仲良くくっつく2人がどちらも美少女だったから、つい見とれてしまった――とはさすがに言いづらい)


 それに嫌っぽいのは「俺に」ガン見されることみたいだしな。


 その証拠に、伊達だって俺と一緒に見とれていたのに名前が出されなかった。

 バスケ部のレギュラーで陽キャのイケメンの伊達になら、新田さんもハスミンも見られても全然構わないってことなんだろう。


 新田さんとハスミンの心中を、俺はそんな風に推察する。


 もちろん確証なんてものはありはしないが、まぁいい線は行っているだろう。

 世の中ってのはおおむねそんなもんだ。


 かくいう俺だって、ハスミンや新田さんみたいな可愛い女の子は好きだから、女子がイケメンを好きなことに文句は言えないしな。


(まだまだみんなの中の俺は世界を救った勇者じゃなくて、ちょっと前まで陰キャだった遅咲き高校デビュー君なんだ。最近はみんなの反応も大分変わってきたとはいえ、そこはちゃんと正しく理解しておかないと)


 俺は改めて己の立ち位置を自戒した。


「べ、別に謝られるようなことじゃないし……」


「そうそう、織田くんが謝ることじゃないわよね。どっちかって言うとハスミンの自爆なわけだし」


「いいや、一番悪いのはまじまじと見てた俺だ。ほんとごめんなハスミン、つい見とれてしまって」


 俺はもう一度ハスミンに謝罪した。

 クラス委員だけでなく今度は一緒にリレーをやるっていうのに、関係が変にこじれてしまのはあまりよろしくない。

 ここはしっかりと謝っておくべき場面だった。


「う、うん……ぜんぜんわたし気にしてないし……」

「そっか、なら良かった」

「うん……えへへ……」


 どうやらさっきの非礼は許してもらえたようだ。

 さすがハスミンは心が広いな。



(……なぁなぁ新田さん、織田ってもしかして蓮見さんの気持ちに全く気付いてないのか?)

(織田くんって結構察しが良いのに、恋愛については意外と鈍感よね。かなり分かりやすい恋する乙女な態度を見せてると思うんだけど)

(だよなぁ、誰が見てもそうだよなぁ)

(まぁハスミン本人も、全然そんなことないって言い張ってるんだけどね)

(へぇ、蓮見さんって意外と奥手なんだね)

(あの子って男慣れしてそうに見えて今まで一度も男子と付き合ったことはないし、異性については頭の中が小学生のころから変わってないから)

(そうなんだ、ちょっと意外だったかも)

(特定の男子を好きになったのも多分初めてじゃないかしら)


 伊達と新田さんがなにやらひそひそと話をしていた。


「2人で何の話をしてるんだ?」


「なんでもないわよ」

「そうそう、大したことないから」


「そうか?」

 まぁ言いたくないことをイチイチ深く詮索するのもなんだよな。


 陰キャあるある『小声で話されると、自分の悪口を言ってるんじゃないかといつもネガティブに考えてしまう』俺はもういないのだから。


 とまぁそんな感じで。

 俺たちはそれから本番までに何回かバトンパスの練習をして、ついに体育祭の日がやってきた。


 あれこれ準備に奔走し、当日もトラブルがあった文化祭とは違い。

 体育祭での俺は、バトンパスの練習以外に特に何かをするわけでもないただの一生徒だったので、とても気楽にこの日を迎えることができていた。

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