第82話 修羅場(1)

「こ、これは位相次元空間です……!」


 俺の視線を追って周囲を見回したリエナが、焦ったようにつぶやく。


「位相次元空間、つまり魔王カナンの作った特殊な亜空間に囚われたってことか」


「はい、ここは魔王カナンの、魔王カナンによる、魔王カナンのための亜空間です。ここでは魔王カナンは通常空間よりもはるかに強大な力を行使できるようになるんです!」


「ああ、前も1回閉じ込められたからな。散々苦労させられたからよく覚えてるよ」


 異世界『オーフェルマウス』での最終決戦でも、俺を閉じ込めて苦しめた魔王カナンのもう1つの必殺技だ。


 空間を自在に操る魔王カナンは、戦う場所そのものを自分有利の場所に作り変えてしまうのだ。

 改めて思う、本当に手ごわい相手だと。


「ねぇ修平くん、なんで今わたしの邪魔をしたの?」


「おいおいハスミン、お前の狙いは勇者の俺だろ? リエナは関係ないんじゃないか?」


「もちろん勇者の修平くんも殺すけど、でもその前にまずはその女を先に殺さないといけないからね」


「なんでだよ? なにかリエナに恨みでもあるのか? ハスミンとリエナは初対面だろ?」


 何気ない俺の言葉に、


「そんなの、その女が修平くんを盗ったからに決まってるでしょ!」

 突然ハスミンが顔を歪めて激高した。


「盗ったってなんの話だよ?」


「しらばっくれる気!? 1週間前にその女をラブホに連れ込んでたじゃない!」


「げっ……、まさかあれ見てたのか」


「なにが『げっ』よ! その女と2人でラブホテルに入っていやらしいことしてたんでしょ! だってラブホテルってそういうことする場所だもんね! せ、せせ、セックスとか!」


「いやそれは誤解だ」


「なにが誤解なのよ! ラブホテルに入ったらそういう関係にあったことは推認されて不倫になるって、今朝のワイドショーで弁護士のコメンテーターの人が言ってたもん! 民事裁判でも証拠採用されるんだもん!」


「魔王になって学校を休んでたのに、ワイドショーで芸能人の不倫の話を見てたのかよ?」


 魔王が居間で呑気にワイドショーを見ている姿を想像してしまった俺は、ついツッコんでしまった。


「今はそんなことどうだっていいでしょ! 話を逸らさないで! だいたいなにが誤解なのよ!?」


「あれはさ、リエナがこの世界のことを分かってなくて、ラブホを一流ホテルと勘違いしたからなんだよ」


「勘違い?」


「あのラブホって中世のお城みたいだっただろ? もう俺のこと隠さないで良くなったから話すけど、2学期が始まる前に俺が異世界転移した『オーフェルマウス』はちょうどあんな感じのお城が普通にある世界でさ。リエナはこれはきっとお城を改築した一流ホテルに違いないと思って宿泊してたんだ」


「そんなとってつけたような作り話を誰が信じるって言うのよ! それにラブホテルじゃなくても一緒にホテルに入るような仲なんでしょ! しかも親と会ってたって嘘ついたし! 嘘ついてたし……修平くんの嘘つき……嘘つき……嘘ついた……酷いよ……」


「それは本当に悪かった、ごめん。でも異世界から来た人間と会ってるなんて言えないだろ? だから仕方なくだったんだ。それにリエナはあれだ、言ってみれば仕事上の付き合いだから」


「……は?」


「リエナは俺が異世界で勇者をやってた時に、ずっと神託を授ける神官としてサポートしてくれていたんだ。だから異性として好きとかじゃなくて、あくまで勇者と神託を授ける神官っていうだけのドライな関係なんだ」


「そう……なの?」

 ハスミンが少し落ち着いたような表情を見せたんだけど――、


「私は勇者様のことを好きですけどね。勇者様も少なからず好意があったって言ってましたし」


 リエナがしれっと言って、


「──っ!」


 それを聞いたハスミンが憎しみで激しく顔を歪めた。

 可愛い顔はくしゃくしゃになってもう見る影もない。


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