第70話 リエナ
「ここが私が拠点にしている宿屋です」
「ごめん……どこって?」
「ですからここです」
リエナが目の前の施設を指さした。
「ここって、ここ?」
リエナが指さした先を、俺は確認するように指で指し直す。
「はい、ここです」
「あのさ、ここってどう見ても――」
「はい?」
「――どう見てもここってラブホじゃねーかこの大馬鹿野郎!?」
俺は思わず声を荒げてしまった。
「『らぶほ』ですか? ちょっと意味が分からないんですけど、言語調整が上手くいってないのかな?」
「あれ? そういや今の俺って日本語で喋ってるのに、リエナと会話できてるよな?」
「勇者様の授かった最上位の加護ほどではありませんが、私も同様に言語の齟齬を無くす女神アテナイの加護を授けていただいたんです」
「なるほど、そう言うことか。さすがは100年に一人の天才と言われた高位神官だけのことはあるな」
ちょっと抜けたように見えて、リエナはマジモンの天才なのだ。
「ですがやはり下位の加護だけあって、理解できない言葉もあるみたいです。結局のところ『らぶほ』とはいったい何なのでしょうか」
「ラブホってのはラブホテルのことで、いわゆる連れ込み宿のことだよ」
「ええっ!? ここ連れ込み宿だったんですか!? だってこんなお城みたいな外観してるんですよ!? どう見たってこれ超一流の宿屋じゃないですか! 名前だってホテル・クラウンエンパイアってすごく高貴で優雅な名前がついてるのに!?」
「外観と名前だけはな。まぁなんだ、日本の長い歴史の中で色々あったらしい、バブルとか」
「はぁ、
「そういうことで納得してくれるとありがたいな」
世界的に見ても日本の派手派手なラブホテルは異常の極みらしいと、ネットで読んだことがあった。
むしろ日本のラブホ見たさに来日する外国人までいるのだとか。
い、いや他意はないんだぞ?
もしかしたらハスミンと行くことになるかもしれないから予習しておくか……とかそんなことは全然ちっとも考えてないんだからな?
(って俺はなに心の中で自分に言い訳してるんだ)
「でもこんな豪勢な連れ込み宿があるだなんて、さすが勇者様の世界です。勉強になります」
リエナが相対性理論でも勉強しているかのような、超真面目な顔をして言った。
さすが10代で高位神官となった才女、どんなことにも真剣だ。
でも、
「ラブホの歴史って学ぶ必要とかあるのかな……?」
「人生は死ぬまで勉強ですから。他にも勇者様が旅の途中で聞かせてくれた、遠い場所に映像を伝える『てれび』や鉄の車『じどうしゃ』と思しき物も見たんですけど、驚きしかありませんでしたよ! この世界はすごいです!」
「『オーフェルマウス』はこっちでいう中世っぽかったからな、実際にテレビや自動車見たらそりゃ驚くよな」
「それと若い女性のスカートがものすごく短いのにもビックリしました。パンツ見えちゃいそうなんですけど、大丈夫なんですかこれ? こんなに短いスカートをはいてたら、悪い男にかどわかされても自業自得って言われちゃいますよ?」
「日本は――えっと、今いるこの国は世界でも最も自由で治安がいい国の一つなんだよ。もう70年以上も戦争も内戦もクーデターも起こってないんだ。財布を落としても中身が入ったまま持ち主の元に戻ってくる国として、世界的に有名なくらいで」
「そういえば昔、旅の合間に勇者様がそんなことを言っていたような……技術だけでなく、文化も文明も進んだ素晴らしい国なんですね」
「まぁいい国ではあるかな。衣食住の心配は基本的にはいらないし」
「それはとてもいいところですねぇ」
リエナがしみじみと言った。
勇者旅の途中で食料が尽きかけた時、当たり前のように野草を食べていたリエナが言うとなかなか説得力があるな。
俺は野草を
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