第33話 後夜祭(2)
「ふ、2人きりになっちゃったね……」
「なんか、そうみたいだな」
「明らかに計画的だったよね。もしかしなくても、最初からそのつもりだったのかな?」
「そんな感じがしなくもなかったかな」
「まったく変にお節介なんだよね、みんな。わたしたち、べ、別にそんな関係じゃないのにね」
「まぁ、うん、そうだよな」
(今のは事前に釘を刺されたのかな?)
キャンプファイヤーの雰囲気に乗せられて告白とかはしないでねって、そんな感じの意図があったような気がしなくもなかった。
まぁハスミンの中の俺は、夏休み明けには名前すら覚えていなかったただのクラスメイトのモブ男子だったからな。
それからまだたったの一か月。
いきなり好きとか嫌いとかそんな話にはなりえないだろう。
今ようやく友達の1人として認知されたくらいだろうか?
正直なところ恋愛経験値が低すぎてよく分からないんだよな。
そもそも俺自身がハスミンを恋愛対象として好きなのかどうかも、まだよく分からなかったりするし。
ハスミンは明るくて真面目ですごくいい子だなって思うけど、だからっていきなり男女のお付き合いがどうのってのは、またちょっと違う話だろう。
(俺は異世界『オーフェルマウス』を救った勇者だ。だけど異世界に行くまではずっと陰キャだったから、恋愛に関しては完全に素人なんだ)
しかも異世界に行ってからは、勇者として過酷な魔王戦争をひたすら戦い抜いた。
はっきり言って、あの殺伐とした戦闘経験は恋愛面では完全にマイナスだった。
(そもそも戦闘ってのは悩みが少ないっていうか、極めてシンプルなルールなんだよな。過程はどうあれ、とりあえず相手を倒して最後に立ってさえいれば俺の勝ちだから)
だけど恋愛は、そんな分かりやすい戦闘とは全く違っている。
というかそもそも恋愛は相手と勝ち負けを競うわけじゃない。
意中の相手と、互いに深く心を通わせることがなにより大事なのだ。
そんな恋愛というものについて、俺はまったくと言っていいほどに経験値が足りていなかった。
もちろん機が熟しさえすれば告白するのにためらうことはない。
今さら告白が失敗することを俺は恐れたりはしない。
だけど機が熟したかどうかを見極める能力が、俺には致命的に足りていないのだ。
そうである以上、恋愛に関しては少し慎重に判断したほうがいいだろう。
現状の俺は強大な魔獣を相手に、武器もスキルも持たずに全裸で戦っているようなものだ。
これでは戦う以前の問題だ。
(今回のライブで仲良くなった新田さんあたりに、少しアドバイスをもらってみるか?)
赤々と燃え上がる炎を見つめながら、自分の気持ちについて軽く自問自答していると、
「今日はありがとうね。メイは結構気にするタイプだから、ライブができなかったら絶対に落ち込んだと思うの。だから修平くんが代役でギターをやってくれてすごく助かった」
ハスミンが同じく視線をキャンプファイヤーに向けたままで呟いた。
「俺もハスミンたちの役に立てて良かったよ」
「役に立つとかそんな、修平くんが上手すぎてちょっと引いたくらいなんだよ? 修平くんってほんと何でもできるよね。ほんとにすごいなって思った」
「まぁ、な」
ハスミンみたいな可愛い子に褒められて悪い気はしない。
だけど俺がすごいのはほぼ全て女神アテナイの強大な加護を受けているおかげなので、やや心苦しくはあった。
「本当にありがとうね。すごく頼りになったし、すごくかっこよかったよ?」
「そういうハスミンの歌もすごかったぞ? 後ろで聞いてて心がビリビリ震えた」
「もう、さすがにそれは言い過ぎじゃない? っていうか修平くんは平気でそう言うこと言ってくるんだもん、この女たらしめ! チャラ男か! ていっ、ていっ!」
俺の方に向き直ったハスミンが、人さし指で俺のほっぺをつんつんつんつんと突っついてくる。
「ほんとだってば。ハスミンの歌からは魂が揺さぶられるような情熱の塊を感じたんだ。また機会があったら聞かせてくれな」
お世辞でもおべっかでもなく、これは俺がハスミンの歌を聴いて感じた純粋な気持ちだった。
「じゃ、じゃあさ? もしよかったらでいいんだけど……」
「ん、なんだ?」
「今度一緒にカラオケに行かない……かな?」
赤々と揺らめくキャンプファイヤーの炎に照らされているからか。
そう小さな声で呟いたハスミンの顔はまっ赤に染まっていた。
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