第3話
「総司、お前は会社の経営状態を知っているか?」
「会社って、父さんの? それなら知ってるけど」
俺は高校2年生になり加奈も俺と同じ高校に通い始めるようになって、2か月が過ぎようとしていた。
いつも通り家族揃っての夕食の時間。急に父さんはそう切り出したのだった。
「そうか、ならうちが国内枕企業ナンバー2の会社であることは理解しているな。そしてナンバー1の企業が西園寺グループだということも」
「うん、それはもちろん知ってるけど、それがどうしたの?」
西園寺グループ――日本の国内の寝具シェア率99%を誇る、大企業だ。最近では教育機関や、IT、ゲーム産業にも手を出している何でも屋。
確かにうちの会社も国内枕企業ナンバー2ではあるが、西園寺グループと比べると天と地ほどの差がある。
「実は、その西園寺グループが更に事業拡大を推し進んでいてな、なかなかうちは厳しい状態に追い込まれてきている」
「って、父さんそれ大丈夫なの?」
「今のところはな……」
「ということは、ここから何か手を打たないと不味いってこと?」
「有り体に言えばそうだ、だが策は考えてある!」
父さんの気迫に気圧されて、思わず手に持っていた抱き枕を強く握る。
「で、父さん。その策って言いうのは、いったい……?」
「それはだな、総司。お前に水鳥学院に転校してもらうことだ!」
「「「……は?」」」
深刻そうに聞いていた母さんと加奈も俺とまったく同じ反応をした。
「だからな、総司。お前は父さんの会社を救うために、西園寺グループが運営する水鳥学院に転校して欲しいんだ」
「いや、それは分かるよ。聞きたいのはそこじゃない。なんで、俺が水鳥学院に転校すると、会社を救えるんだってとこ!」
「なんだ総司、察しが悪いな。水鳥学院は西園寺グループが運営していると言っているだろ。そんなところに西園寺グループのせいで経営難に陥っている会社の社長が、息子であるお前を送り込むと言っているんだ。これで分からないほど鈍くはないな」
「つまり、俺は政略結婚の道具にされるということか!」
――ドン!
横を見ると、加奈の持っていた箸がテーブルに深く突き刺さっていた……。
「……兄さん。あまりふざけたこと言っちゃダメですよ。父さんも父さんです。兄さんにそんな事をさせませんよね?」
ハイライトの消えた目をした加奈には妙な迫力があり、俺は握り締めた抱き枕を手汗で濡らしながら頷く。
怯えているのは父さんも同じようで、必死に次の言葉を探していた。
「あ、当たり前だ! 総司にそんなことはさせんよ。父さんは総司にスパイ活動をしてもらおうと思っていただけだ」
「そうですか、ならいいです」
いいんだ、加奈さん!
兄さんが政略結婚させられるのはダメで、スパイ活動はいいんだ!
「とりあえずスパイ活動やってもらいたいことは分かったけど、具体的俺に何をしてほしいの?」
父さんは居住まいを正し、わざとらしく咳払いをした後に話を続ける。
「西園寺グループの企業秘密を盗んできて欲しいんだ」
「……」
「お前の転校する水鳥学院は、全寮制の学院だ。そして、その寮で使われている寝具は全て、西園寺グループの寝具だ」
「まぁ、確かに普通に考えて、他社ブランドは使わないね」
「そうだ。だから、西園寺グループは、水鳥学院に通っている生徒全員に自分たちの製品の試供をしてもらえるのだ……これだけ言えばあとはわかるな」
「まぁ、なるほどね……」
西園寺グループは水鳥学院に通う生徒達に試供の寝具を使ってもらっている。
そしてそこから得た大量のデータを使い、より良い製品を西園寺グループは作っているのだろう。
もし良い製品を作ることが出来れば、きっと生徒達には何かしらの還元があるのだろう。
そうすることで、生徒達にもメリットが生じ破綻のない関係をつくる。
さらに西園寺グループの試供品は寝具だ。だから、試す側の生徒達は寝ているだけでいいのだ。
きっとこれだけでなく、西園寺グループは水鳥学院を使っていろいろな利益を生んでいるのだろう。
あと、すぐに思いつくのは、優秀な人材の発掘などだろうか……。
流石は日本有数の大企業だ、うちのような会社が真っ向から挑んだところで、これではどうにもならない。
きっと父さんは、俺なんかよりもっと深く考え、スパイ活動をやせようとしているのだろう。
「どうだ、やってくれるか?」
確かに、父さんの言っていることは理解出来た。
もし、俺が本当にその企業秘密を入手することが出来たら、間違いなくうちは今よりは経営状態は良くなるだろう。
しかし、失敗した時のリスクも大きい。
なにせ、企業の情報を盗みだす行為は犯罪だ。
そもそも、犯罪を犯してまで手に入れるべき価値のある情報なのか、それは?
…………
……
思考は堂々巡りし、いくら考えても答えは出そうになかった。
でも、そこに――
「水鳥学院には枕を使ったスポーツがあるぞ」
「分った。転校するよ。で、いつから?」
「三日後だ」
「よし、分かった。準備してくる!」
父さんの鶴の一声が響いたのだった。
「はぁ~これだからうちの男連中は……」
「思い出しました。兄さんの変態行動は全部、父さん譲りだったということに……」
双見家の女性陣が、何かをぼやいていた気がするが、今の浮かれている俺には無視をする以外の選択肢は無い。
だって、仕方ないだろ?
枕を使った、スポーツがあるんだから!
――これが俺、双見総司が水鳥学院に転校するまでの経緯だった。
そして、この時の俺は全く想像していなかった。
この転校こそが、俺の将来に大きく関わる、大事件を呼び込むことになるとは。
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