第114話 帰れない町 13

 女神の作戦は残酷、かも知れない。だが今は、その作戦に頼るしかない。カーチャの言葉が本当であるかどうか? それを確かめるには、敵の罠に(一部でも)嵌まる必要があった。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」のことわざ通りに。大きな利益を得るためには、相応の対価が要るのである。


 彼女は、その対価を選んだ。選んだ上で、自分の仲間達にも「それ」を話した。「これは、相手に負けないための手」と言う風に。ティルノにカーチャの相手を任せて、周りの少女達に「それ」を話したのである。彼女は自分に降りかかるかも知れない災厄、信頼の失墜も恐れないで、彼女達の反応を一つ一つ確かめはじめた。


「みんなの不安も分かる。でもこれは、チャンス。


 少女達は、その言葉に戸惑った。特にクウミさんは「卑怯」と言う言葉(若しくは、行為)があまり好きではないらしく、頭の方では「確かに」と分かっているようだが、気持ちの方では「ううん」と受けいれられずにいたようだった。それゆえに複雑、それも深刻な様子で彼女の言葉に目を細めている。クウミさんは鞘の表面を撫でて、発案者の顔に視線を戻した。


「理屈は、確かに分かる。分かるけど、それじゃ」


「分かっている。最悪の場合は、パーティーの半分がやられる。敵の洗脳術に掛かって」


「その危険性はもちろん、分かっているの?」


「分かっている。だからこそ、試す意味もある」


「試す意味?」


「敵は、自分の力に傲っている。『この町から帰ってきた人がいない』と言われている以上、その力にも自信を持っている。『捕らえた獲物は決して、逃がさない』と。彼等は自分の力に甘んじて、その対策をあまり」


「それでもやっぱり、危険だよ。相手は捕虜の命こそ奪わなくても、それ以上の物を奪うんだから。そんなところに仲間達を、それも仲間の半分を送るなんて」


「危険極まりない。でも、その半分は残る。半分の戦力が残っていれば、取られた半分の仲間も取りもどせる。調査に向かう人数が半分なら、相手にもあまり怪しまれない。残った半分は、『様子見』と思われるだけ。これは不安な人なら、誰でも思いつく方法」


「う、うん、確かにそうかも知れないけど。なら、行くのは?」


 それに手を挙げたのは、カーチャの主人たるティルノだった。ティルノは彼女の主人らしく、ある種の責任を感じているようで、誰よりも先に手を挙げたのである。


「わたしが行きます。この子は、わたしの親友だから」


 俺は真面目な顔で、その言葉に眉を寄せた。その言葉には、彼女の思いが込められていたから。その思いにも思わず、「ティルノ」とつぶやいてしまったのである。


「それなら!」


 俺も行く。そう言おうとしたが、チアに「それ」を止められてしまった。チアは俺の頬を撫でて、ティルノ達の方に向きなおった。


「私が行く。ガーウィン君は、パーティーのリーダーだもの。リーダーがいなくなれば、そのパーティーも無くなってしまうわ」


「そうかも知れないけど。だけど!」


「怖がらないで」


「え?」


「私は、死に神よ? どんな状況でも生きのこる、本物の死に神。死に神がこんな程度では、死なないわ」


 それにつづいたボーガン部隊の少女達もまた、彼女と同じように笑っていた。まるでこんな事など「怖くない」と言わんばかりに。彼女達は戦い慣れしているためか、楽しげな顔でチアの周りを取りかこんだ。特にボウレさんは自身の興奮を隠しきれない様子で、チアの肩に手をバンと置きはじめた。


「あたし等も、同じだよ。こんなわけも分からないところで死ぬとか、真っ平御免だね? あたし等は、戦場以外じゃ絶対に死なない」


 その思考は少し危ないが、でも悪い気はしなかった。これくらいの気概が無ければ、この世界では生きていかない。別に「甘ったれるな」とは言わないが、それでも暗いよりはずっとマシだった。理不尽な世界に生きているのなら、その泥水を啜ってでも生きてやる。彼女達には、その気概が備わっていた。だから、その言葉にもうなずける。彼女達にも「分かった」と応えられる。彼女達への信頼、あらゆる信頼を賭けて。彼女達は、文字通りの度胸を持っていた。


「だからさ」


「うん?」


「あたし等が本当にやばくなったら、その時は躊躇わずに殺ってよ?」


 俺は、その言葉に首を振った。その言葉には、どうやってもうなずけない。それがたとえ、彼女達の願いであっても。俺は犠牲の上に成りたつ平和、その先にある平穏がどうしても許せなかった。「平和」と「平穏」はいつも、一緒にいなければならない。


「冗談。そんな事、できるわけながいでしょう? みんな事は、絶対に助けだす。何があっても、みんなでこの町から出ていくんだ」


 俺は真面目な顔で、彼女達の顔を見わたした。彼女達の顔は、何だろう? 理由の方は分からないが、その頬が赤くなっていた。あれだけ荒っぽかったボーガン部隊の少女達も、恋する乙女のような表情を浮かべているし。彼女達は例のアレ、つい忘れていたあの台詞をつぶやいた。



 ああもう、何度も言うが。俺は、女たらしじゃねぇ!

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