第84話 炎の鳥、少女達の力 6

 仕事の帰りは、穏やかだった。俺達が炎の鳥を倒したおかげで、周りの空気からも殺気が消えていた。ついでにあの燃えるような暑さも、今ではすっかり無くなっている。すべてが快適(それは言いすぎか?)、ちょうど良い温度を保っていた。俺達の周りに広がる景色も(本来の色を取りもどしたらしく)、木々の枝葉は枝葉らしく、地面の虫も虫らしく、空も鳥も鳥らしく飛んでいる。樹木の虫を狙っている蜥蜴は別だったが、それ以外は平和な空気が流れていた。

 

 俺達はその空気を楽しんで、町までの道をゆっくりと歩きつづけた。町までの道は、楽しかった。空の上に太陽が昇っている時はのんびり歩きつづけ、それが沈んだ後は良さそうな寝床を見つけて、それぞれに今夜の夕食を作ったり、頭上の夜空を眺めたり、自分達の戦いを称えあったりした。俺も「それ」に混じって、今夜の夕食作りを手伝った。俺達は倒木の周りに座り、それぞれの手にコップを持って、簡単な宴らしきモノを開いた。

 

 宴らしきモノもまた、楽しかった。捕まえてきた獲物が上等だったのか、その食が次々と進んでしまった。あまり食べなそうな雰囲気のティルノも、今回は美味しそうに「もぐもぐ」と頬張っている。彼女の隣に座っているカーチャも、同じ。周りの目などまったく無視して、肉の塊に思いきりかじりついていた。挙げ句の果てには、「今日のお肉は、極上である!」とか言っちゃう始末。彼女達は「それ」を笑って、自分の夕食を「もぐもぐ」と食べつづけた。


「いやぁ、働いた後の飯は美味いね!」


 マドカさん、もっともです。やっぱり、働いた後の飯は美味い。誰かにおごってもらった飯も美味いが、自分で働いて得た食事は、何にも増して美味かった。普段は穏やかな方であるミュシアも、この時ばかりは年相応にはしゃいでいる。彼女の隣に座っているクリナやビアラ達も、彼女と同じような反応を見せていた。彼女達は俺が見た通り、今の状況を思いきり楽しんでいたのである。


「明日も、美味い飯が食えればいいけど」


 俺は、その言葉に微笑んだ。だが、それに「そうだね」とはうなずけなかった。冒険者は、命がけの仕事。今日は生きている命が、明日には落としてしまうかも知れない職業。明日の自分が分からない以上は、そう簡単に「ああ」とはうなずけなかった。下手な返事は、冒険者への冒涜になるからね。だから、彼女への返事も「食えるように頑張ろう」になってしまった。「今日の、この日だけでなくてさ? 明日も、明後日も、美味しい飯が食えるように」


 マドカはその言葉に驚いたが、やがて「クスクス」と笑いだした。彼女もまた、俺と同じような気持ちだったらしい。膝の上に食器を置いて、頭上の空を見あげた姿は、今の世界に「うっとりしている」と言うよりも、その儚さに胸を痛めているようだった。彼女は食器の縁を何度か撫でて、俺の顔にまた視線を戻した。


「オレ達ならできるよ? なんたって、あの炎鳥を倒したんだからさ。大変な事は、この先もたくさんあるだろうけど。地道にやっていけば、できない事はない。オレ達には、それだけの力があるんだ!」


 俺は、その言葉にうなずいた。正にその通りだったから。どんなに険しい道でも、頑張ればきっと進める。自分の目指すゴールにも、ちゃんとたどり着ける。その道中でどんな敵に麻生が、俺達には「それ」を乗りこえる力があるのだ。俺は両手の拳を握って、隣の少女に視線を戻した。隣の少女はやっぱり、嬉しそうに笑っている。


「叶えよう」


「うん」


「俺達の夢を絶対に」


「うん!」


 マドカは、「ニコッ」と笑った。俺も、それに笑いかえした。俺達は勝利の余韻に酔いつつも、今夜の夕食をじっくりと食べて、夢の世界もゆっくりと楽しんだ。夢の世界は騒がしく、はなかった。そこが「夢の世界だ」と言う認識はあっても、それに妙な現実感を覚えてしまった。目の前の風景が現実に、壊れた建物がリアルに。建物の中には、不気味な影も漂っていた。俺の記憶を揺さぶるような影、過去と現代とが入りまじったような幻が漂っていたのである。


 俺は背中の杖に触れて、その影にそっと歩みよった。影の正体をふと、「知りたい」と思ったからだ。自分の内から沸きあがった衝動を(なぜか)抑えられなかったからである。「コイツの正体を何としてもみたい」と言う風にね。だから、そいつに声をかけるのもためらわなかった。


「おい?」


 無反応。


「お前は」


 やっぱり無反応、俺の言葉を完全に無視している。


「誰だ?」


 それでようやく振りかえった。そいつは自分の右手に黒い槍を持って、俺の目をじっと睨みつけた。


だよ」


「悪魔?」


「そう、真っ黒な悪魔。お前の命を奪う……」


 化身。そこまで聞いたところだろうか? そいつの迫力に驚いて、地面の上から思わず飛びあがってしまった。俺は額の汗を拭きつつ、不安な顔で自分の周りを見わたした。自分の周りには、少女達の姿だけ。あの黒い槍を持った悪魔は、どんなに見わたしても見つからなかった。俺は額の汗をもう一度拭って、頭上の空をそっと見あげはじめた。


「悪魔の化身、フカザワ・エイスケ……」

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