第28話 初クエスト、初討伐 5

 俺は、自分の結界を張りつづけた。結界の力はもちろん、変らない。そこに体当たりするブラックリザード達の身体を焼つづけているが、ステータスの方には残り時間、つまりは結界の継続時間が表されていた。

 

 継続時間は、おおよそ五分。蜥蜴達が結界に体当たりする前は∞表示のままだったが、その攻撃を受けた瞬間、今まで∞表示だったそれに時間制限が現れてしまった。


「なるほど、そう言う仕組みか」


 結界はあくまでであり、絶対的なではない。雑魚との戦闘を減らせる防波堤でしかたないのだ。防波堤は低い波は防げても、高い波は防げない。その破壊力を弱め、俺への打撃を減らしてくれるだけなのだ。


「強力だけど、万能じゃない。けど」


 無いよりは、マシだ。特に今のようなパーティーには、「守りの力」として必要である。俺も人の事は言えないが、ここにはほぼ初心者しかたいのだ。初心者のパーティーがクエストに挑むのは命がけ、常に死と隣りあわせである。一つの間違いが、その死に結びつくからね。そんな状況で使えるこの結界は、どんな防壁よりも心強かった。


「よし、数もだいぶ減ってきたし。あとは」


 そう、目の前のコイツを倒すだけ。黒蜥蜴の頭を潰すだけである。頭は目の前の状況に驚いているのか、仲間の半分が結界に焼かれたところで、その戦意をすっかり失っていた。


「クリナ様」


「な、なに?」


「結界を解く。コイツは、君が倒すんだ」


 その返事はない、なんて事はない。黙ったのは、ほんの数秒程。数秒後には、俺の言葉に「え、えええっ!」と叫んでいた。「ア、アタシがやるの?」


 俺は、その言葉にうなずいた。実戦は、どんな教本よりも役立つ。


「援護は、するからさ。そいつで」


 彼女の剣を指さす、「ビシッ」とね。


「アイツの頭を切りおとすんだ」


「で、でも!」


「できる」


「え?」


「君ならできる。自分の夢をしっかり持っている、君なら。君は、一流の冒険者になりたいんだろう?」


 それが彼女に火を点けたのかは、分からない。彼女は最初こそ怯えていたが、彼女なりに自分の不安を落ちつけると、普段の訓練を(たぶん)思いだして、ブラックリザードの方に向きなおり、真面目な顔で敵の前に歩みよった。敵は、彼女の事をじっと眺めている。


「やってやる」


 最初は、小声。


「やってやるわ! こんな蜥蜴の一匹!」


 次は、大声。これは、気合いが入っている。


「アタシが一刀両断にしてやるわ!」


 クリスは、自分の剣を振りあげた。俺も、自分の結界を解いた。彼女は初心者らしい動きで、目の前のブラックリザードに斬りかかった。


 その結果は、見事に勝利。斬りかかる瞬間に悲鳴こそあげたが、力任せに振りおろされた剣は、相手の体に勢いよく当たって、その首をサクッと斬りおとした。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸が落ちつかない。


「ア、アタシ」


 声も、おぼつかない。


「やったの?」


 クリナは半信半疑な顔で、俺の方を振りかえった。その剣に血が付いているのも関わらず、自分の勝利を未だに信じられないでいるらしい。


「自分一人だけで?」


「そうだよ」


 それ以外の返事はない。彼女は自分一人だけで、目の前の敵を倒したのだ。本当は、彼女の攻撃に助太刀しようとしたけどね。彼女が自分の剣を思いきり振りおとしたものだから、その意識をすっかり忘れていた。彼女は(場数さえ踏めば)きっと、すごい剣士になれる。


「これは、君の初討伐だ」


 俺は地面の結晶体を拾って、彼女に「それ」を渡した。討伐の証である、美しいクリスタルを。



 その返事はない。目の前のクリスタルをただ、ぼうっと眺めているだけだ。


「クリナ様」


「綺麗」


 そうつぶやく彼女の目も綺麗、そこから流れでた涙も綺麗だった。


「こんな綺麗な物を」


「これからも見られる。君が冒険者でいる限りはね?」


 また、沈黙。でも、今度の沈黙は違った。彼女は自分の戦利品をしばらく眺めると、嬉しそうに笑って、俺の身体を突然に抱きしめた。


「なっ!」


 甘い香り。


「ちょっ!」


 ほのかに感じる、胸の感触。それらに思わずドギマギしてしまった。


「クリナ」


 クリナは、その言葉をすっかり無視。代わりに聞こえてきたのは、例の一言。ミュシアから発せられる、不名誉な言葉。



「う、ううっ。だから」


 俺は、女たらしじゃねぇ!

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