第26話 初クエスト、初討伐 3
森の中は静か、なわけがない。空の太陽が沈んでいない事もあったが、そこら中から虫や鳥達の声が聞こえてくるせいで、最初は落ちついていた神経も、今ではちょっとだけ苛立っていた。少しの物音で怯える、鳥の羽ばたきで瞬く。さっきまでは落ちついていたミュシアも、今は自分の周りを見わたして、その先に危険がないかを確かめていた。
俺は、彼女の方を振りかえった。
「少し休む?」
その答えはもちろん、「だいじょうぶ」だった。
「わたしは、いつでも隠れられる」
「そっか。でも、無理はしないでよ? 疲労は、冒険の大敵だからね?」
「うん」
気持ちのいい返事。それに思わず笑いかえしたが、もう一人の少女はなぜか不機嫌だった。俺が「なんだ?」と驚いても、その態度をまったく変えようとしない。俺の顔をただ、不機嫌そうに睨みつづけるだけだった。「ふんっ!」
クリナはなぜか怒りつつ、ミュシアの方を振りかえって、それから俺の隣に並びはじめた。
「やっぱり、こっちの方がいいわ。剣士が魔術師の後ろを歩くなんて」
「別に変ではないけれど?」
そう言う場合も、たまにある。基本は前を守る剣士だが、(戦う相手によっては)そう言う陣形になる時もあるのだ。本来なら後衛を受けもつ魔術師が前衛に立つ。俺も他のパーティーで見た事があるが、今のような場合は初めてだった。
「魔術師と剣士が並んで歩く、か」
「なに? 不満でもあるの?」
「いや、別に。ただ」
「なによ?」
「それだと色んな意味で危ないよ?」
「例えば?」
「敵の攻撃を受けやすくなる。『敵』って奴は、基本」
そこで話を切った。彼女にそれを言おうとした瞬間、無数の殺気を感じたからである。殺気は周りの四方八方、俺達の事をすっかり取りかこんでいた。
「ストップ」
よし、止まったな。二人とも、俺の言葉をしっかり守っている。
「どうやら、
クリナは、その言葉に固まった。おい、もう怯えているのかよ?
「ど、どこから来るの?」
「『ここから』とは、言いきれないけど。たぶん、ミュシアの後ろから。ブラックリザードは、集団性の強いモンスターだ。自分達の獲物を狩る時も集団だし、仲間の一匹を守る時も集団でかかる。奴らは数あるモンスターの中でも、社会性の強いモンスターなんだ。一匹、一匹の力は、弱くても」
「ふ、ふうん。つまり、ずる賢い奴らなのね?」
「うん。だから、俺達の周りにも結界を張っている」
「結界を?」
「そう、結界を。森の中に入ってからすぐ。あの結界を張っていれば、とりあえずは大丈夫だろうから。アイツらの事も、返り討ちにできる」
「ちょっ! だったら、最初に言ってよ! 怖がって損しちゃったじゃない」
俺は、その言葉に呆れた。やっぱり怖がっていたんだね、君。
「最初に言ったら、気が緩んじゃうだろう? 『自分達の周りには、結界が張られているから』ってね。自分の警戒心が薄れてしまう」
「で、でも!」
「森の中から出てくるのは何も、ブラックリザードだけじゃない。他にもたくさんのモンスターが出てくる。『クエスト』って言うのは、あくまで仕事の依頼。『この仕事をやって欲しい』って言う要望なんだ。要望の中には必ず、
「そ、そんな事があるの?」
「あるよ。て言うか、そっちの方が普通だ。俺達の予想を遙かに超えた現象が起る。『冒険者』って言うのは、そう言う諸々を乗りこえていく仕事なんだ」
クリナは、その言葉に押しだまった。たぶん、その言葉に怯んだのだろう。彼女が抱いている夢は、それとは正反対の世界、華やかな物に彩られた世界だ。自分の身体に光が降りそそぐ世界、精神の自由が尊ばれる世界。それは(ある意味で)理想だったが、それが通じる程に現実は甘くなった。
「帰る?」
「え?」
「自分の家に?」
クリナはその言葉に震えたが、やがて「冗談!」と叫びだした。思った以上にうるさいです、はい。
「アタシはもう、冒険者だからね。家に帰るなんてありえないわ」
「そう。なら」
いい。
「それじゃ、さっそく」
「ええ」
「君の初クエスト、初討伐と行こう」
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