第15話 新規登録、謎の少年 3

 夜が明けて、日がまた沈む。そんな流れが何日か続いて、目的の町に何とか辿りついた。町の中には様々な建物が、それに住まう人々の姿が見られ、俺達がたまたま入った飯屋の中にも、冒険者らしい団体や、行商人と思わしき連中、その他諸々の人達であふれていた。

 

 俺達は、その光景に微笑んだ。これが人間の住む世界、その文化が色づく世界だ。モンスターの侵略を受けていない、安全で平和な町。それを何とか保っている町。俺達が見た店のメニュー表も、その平和をそっと物語っていた。


「やっぱりいいね、は」


 彼女も、それにうなずいた。自然あふれる世界に生きていた彼女だったが、こう言うのはやっぱり忘れられないらしい。彼女は店の中をしばらく見わたしていたが、冒険者達の声がうるさくなると、自分の正面にまた視線を戻して、俺に「クスッ」と笑いはじめた。


「みんな、楽しそう」


「そうだね、本当にそう思う。みんな」


 自分の時間を生きている。俺の気づかないところで、自分の人生を生きている。そこに多少の不幸はあっても、仲間と楽しげに話す姿からは、人生の希望らしきモノが感じられた。


 人間は生きている限り、いつかどこかで幸せになれる。それを言いきれる確かな証拠はなかったが、それでも「うん」とうなずかざるを得なかった。「生きている」って事は、なんだかんだ言いつつも幸せである。


「なら、俺達も幸せになろう」

 

 彼女はまた、俺の言葉にうなずいた。俺が言わんとした事を察してくれたからだ。


「ええ」


 また、あの笑顔。天使を具現化した笑み。


「好きな物を頼んでいい?」


「もちろん」


 あまり高いのは、勘弁だけどね。


「好きな物を頼んで」


「うん!」


 ミュシアは嬉しそうな顔で、料理屋のメニュー表を見はじめた。それをしばらく眺めていたが、俺も俺で腹が減っていたので、数分後には俺も店のメニュー表を眺めていた。俺達はどちらかが言うともなく、ほとんど同時に「これにする」と言いあった。


「ふぇ?」


 これは、俺。


「ふふ」


 これは、彼女。


「驚いた」


 俺は、その言葉に苦笑いした。別に嫌だったわけではない。二人の声が重なって、違う注文品を叫んだのが面白かっただけだ。


「男の子っぽい」


「そうかな?」


「わたしには、食べられない」


「君のやつも、俺にはちょっと足りないかな?」


「そう?」


「うん」


「他の料理を知らないから」


「そっか……」


 うん、空気が重い。だから、そいつを変えよう。



「そうだね」


 彼女は「ニコッ」と笑って、テーブルの上にメニュー表を置いた。俺も「それ」にならい、店の店員を呼んで、相手に俺達の注文品を頼んだ。俺達は、自分の注文品を待ちはじめた。注文品は、すぐにきた。ここの料理人が早業なのか、数分も経たぬ内に注文品が運ばれてきたのだ。


「すごいね」


 それには、俺も同感だった。これは、流石に速すぎる。


「わたしには、無理」


「俺にだって、無理だよ」


 簡単な料理を作るにしたって、それなりの時間はかかる。ここの料理人は、手が四本くらいあるのだろうか?


「とにかくきたわけだし、食べようか?」


「ええ」


 彼女は、自分の注文品を食べた。俺も、それに続いた。俺達は時折喋りながらも、穏やかな気持ちで自分の注文品を食べおえた。


「ごちそうさん」


 ううん、満足、満足。


「この店は、当たりだったね?」


「うん」


 彼女もどうやら、気に入ってくれたらしい。


「また、行きたい」


「平和になったら、また行こう」


「ええ」


 彼女は、自分の飲み物を飲んだ。りんごの汁をしぼったジュースを。


「この後は?」


「ギルドセンターに行く。そこでパーティーからの脱退手続きを済ませて、それから」


「それから?」


「冒険者登録をやりなおす。今度は自分の名前で、自分のパーティーを作る。君も含めた、新しいパーティーを」


「そう。それは、楽しみ」


「うん。俺も、すごく楽しみだ」


 俺は「アハッ」と笑って、自分の飲み物を飲みほした。彼女と同じ、りんごジュースを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る