陽姫加入!?その二
逃げよう。答えなければ有耶無耶に、そのままなかった事にするのだ。
陽乃姉さんも本気ではあるまい。あの姉さんが、好き……なんてしおらしい表情をする所なんて想像がつかないし。
「――――こら我が弟よ。どこへ行こうと言うのかね?」
「さ、三分間待ってくれ……ちょっとトイレに」
よろしくない雰囲気を感じ取り、再び彼女達を放置して、逃走を図ろうとしていた所に伸びてきた悪魔の手。
その手は俺の手を掴み、女性とは思えないような力で俺を留まらせた。いやしかし、力は悪魔的でもめっちゃ柔らかい手をしてやがる。
「トイレならさっき行っただろ?」
「さっき行ったからなんだ? 人のタンクの大きさを勝手に決めるな」
とことん邪魔をする公太。まさかこんな悪魔の手先のような男だったとは。
いったい俺に何の恨みがあって……やはり月ちゃんか? 月ちゃんを生贄にすれば悪魔達から逃げる事ができるのか?
仕方がない、背に腹は代えられない。この家族から逃げるには同族を囮とするしかない。
「月ちゃん、君の家族の問題だ。君を手放すのは心苦しいが、家族を大事にしなさい。早々に家族の元に帰ってなんとかして」
「はぁ、分かりました」
月ちゃんが俺から離れ、陽乃姉さんと公太の間に足を動かした。
これで一安心。月ちゃんには多少申し訳なく思うが、致し方ない。
思えば俺、月ちゃんに好きだとか言われた事ないんだよな。彼女は多分、本当に面白そうだからって理由で傍にいるだけな気がするし。
「姉さん、兄さん――――家族の縁を切らせて頂きます。長い事お世話になりました」
「「なん……だとっ!?」」
……この子は何を口走った? もの凄い事を言いやがって。公太はまだしも、あの陽乃姉さんですら目を見開いて驚いている。
「ア、アンタね、考えてから物を言いなさいよ?」
「つ、月乃? 家族の縁は、そう簡単に切れるものじゃ……」
「家族は大事ですが、今の私には先輩の方が大事ですので」
「なん……だとっ!? それはまことか!?」
「え、うそ。あの子ってそんな想いが強かったの?」
「いや、つっきーの事だから裏があるんだよ」
「や、やっぱり後輩キャラは危険だよっ!」
「所詮は一年生だと甘く見ていました」
俺は思ったより月姫に好かれていたらしい。意外だ、正直すごく意外だ。
くそ。普段の態度が照れ隠しだと思ったら急に可愛く見えてきたぜ。
「兄さん姉さんも、いずれ誰かと結婚して、家庭を持ちますよね?」
「まぁ」
「そうね」
「その時、その家族と私、どちらが大事ですか?」
「それは……どっちもだよ」
「比べるものじゃないと思うわ」
「口では何とでも言えます。現実的に、人情的に考えても、最優先に大事にするのは自分の夫、妻、子供であるのは当然です」
「「し、しかしですねっ」」
「綺麗事を言うのは構いませんが、押し付けないで下さい。お二人は家族というだけで、私の未来を奪うのですか?」
「「そ、そんなつもりはございません……」」
「私は先輩の未来の妻として、先輩に養ってもらわなければなりません。どちらかを選べと言うのであれば……未来の家族を」
「「「「おい、どさくさに紛れんなよ後輩」」」」
「不確定な未来ではなく現実を選んで下さい。というか養わんぞ!? 今の時代は共働きじゃ!」
どうやらややこしくしてしまったようだ。家族を収めるために家族を差し出したのに、まさかその家族を捨てるなんて暴挙に出るとは。
そこまで本気だったのか。そんな想いを知った後では手放したくなくなってしまう……だがしかしっ! その代わりに陽乃姉さんの監視がつく生活はちょっとなぁ。
まぁとりあえず、これが酒神の家族問題なのは変わらない。なにやら言い合いを始めた酒神家は放っておこう。
こっちはこっちで、さっきから何を言い合っているんだ。今が逃げるチャンスという事だろうか?
「というか未来のつ、妻はあたしだもん!」
「いやいや、それは譲らないです。愛人で我慢してください」
「婚姻届けは書いてみたいから、ウチも譲らないよ」
「なんだかんだ言っても、周りに認められるって嬉しいものね」
「お、おい。今は黙ってて? ややこしくなる」
「共有といってもこればかりはね……こればかりは、勝負かしら?」
「勝負って、誰を奥さんに選んでもらうか勝負って事?」
「まだまだ先の話だと思いますけど、絶対に負けません」
「恋人と結婚相手は違うって言うし、頑張らないと……」
「だからっ! 少し黙ってて!? というか選べないよ!? 俺、選べないよ!?」
「何が大事ですかね? やっぱり炊事掃除とか、女子力ですかね」
「それなら得意よ? 始まる前から勝負はついたようね」
「得意というか、ただの経験でしょ? 一人暮らしで身に付けただけじゃん」
「うう……料理も掃除も苦手……あ、あとは……と、床上手……?」
「俺としては一緒にいてくれるだけで……春香? 今なんと……?」
「春香? ボソボソとなに言ってんの? なんか暗い目をしてるよ?」
「結婚……夫婦……家族……子供……! そっか、授かれば勝てるんだ」
「さ、授かるって……まさかあなた!? ちょっと落ち着きなさいよ」
「うわ~。一番奥さんにしちゃダメなタイプなんじゃないですかね?」
「男の子なら春九。女の子ならく、く……九春……?」
「あはは。ねぇ九郎くんっ! あたしと子供つく――――」
「「「――――それはだめーーーっ!!!」」」
どこか目の据わった春香と、その春香の口を塞ぐ三人。
なんでか知らないが春香はテンパってしまったようだ。まぁ聞こえたっちゃ聞こえたんだが、面倒になりそうだから聞こえなかったふりをしよう。
「ほらやっぱり。アンタ達を好き勝手に放っておくと、大変な事になりそうだわ」
「……九郎。学生結婚はちょっと厳しいよ? 欲に任せないで、ちゃんと付けなきゃダメだよ?」
「兄さん。付けるって何を付けるのですか?」
「えっと……それはね……陽乃姉に教えてもらいなさい」
「姉さん。付けるって、ナニに何を付けるのですか?」
「アンタ、知ってて聞いてるわね? アンタもちゃんとしなさいよ?」
ここで遠ざかっていた酒神家族が再び登場。総勢八人となった言い合いは、収拾がつかなくなるほどに荒れ始める。
そもそも何のためにここに来たのか、いよいよ分からなくなってきた。
「ちなみに兄さんは付けた事があるのですか?」
「つ、月乃……そういう事を、兄に聞かないでよ……」
「春香ちゃん、良い事を教えてあげます。そういう、いかにもなムーブをするヒロインは、負けヒロインなんです。しかも、それって……計算ですよね?」
「ま、負けヒロイン……!? と、というか計算じゃないもんっ! 計算しているのは秋穂さんでしょ!?」
「天然の春香と、天然物の秋穂には敵わないよね~。幸い九郎は足フェチって話だから、綺麗な足を頑張って維持してみようかな~」
「一番バランスがいいのは私だと思うのよ、スタイルも女子力もね。こんな突出人間ばかりじゃ九郎も疲れるでしょ。いずれ普通を求めて、私の元に来るわ」
「大体ね九郎。アンタ、デキたら責任とれるのかしら?」
「そ、それは……というか、何もデキないからっ!」
「嘘ね。というかアンタが我慢しても、あの女達が我慢できないわよ」
「そ、そんな事言われたって……どうすれば」
なんでこんな話になった? 俺達、まだ付き合って二日目なんだが。姉上の心配は意味が分からない。
しかし良くない流れだ。みんながみんなペアで言い合っている中、ついに姉さんと一対一にされてしまった。
逆らえない……いやだめだ! ハッキリと言うんだ! ここで屈すれば大変な事になる!
「……決めたわ。アタシがアンタの貞操を守ってあげる。月乃の事も抑えないといけないし」
「いえ、間に合ってます!!」
「放っておいたら、明日にはデキてそうだし。こんな歳で伯母さんにされるのはゴメンだわ」
「そんな訳ないでしょ。あの、ほんっと間に合ってます!!」
「姉として弟は守らないと。なんならお姉ちゃんの事を好きになればいい。そうね、それが一番自然だわ」
「いえ、最も不自然です。だいたい俺、姉さんの事は好きじゃ――――」
「――――ああん? あんだって?」
「ひぃぃっ!? い、いえ……あの……」
こぇぇ……なんでだ? なんでこんなに怖いんだ? 俺には何が植え付けられているんだ? 何が俺の心に根付いているんだ?
こんな一睨みされただけで……というか、そんな雰囲気を出す女をどうやって好きになれって言うんだ!?
「アンタ、もしかしてアタシの事が嫌いなの?」
「いえ……そんな事は……」
「どちらかと言えば?」
「ど、どちらかと言えばきら――――好きですっ!!」
「そう、良かったわ。なら大好きなお姉ちゃんと居れるのだもの、九朗は幸せね?」
「幸せって、なんなんですかね」
「アンタの幸せは、お姉ちゃんといる事よ? これからもよろしく、弟」
「……姉さん。そうやって可愛く微笑めばモテるだろうに」
「う、うるさいわねっ! というかお姉ちゃんよっ!!」
終わった。みんなになんて説明しよう。
というか姉さんはどういうつもりなのだろう? どこまで干渉するつもりなのだろう?
まさかみんなと同じく彼女になるなんて、言い出さないよな?
あっははは、ありえねぇ。あの陽姫が? 彼氏を作るだって? ないない、男に惚れている陽姫なんて想像できん。
まあ、さっきの笑顔は、かなり可愛かったけど。
「お前もそう思うだろ? 央平」
「……やっと思い出してくれたか? 俺、なんのためにいるんだよ? もう涙もでねぇよ……」
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