第2話 選択肢






【差し出された手を取る】

【自力で起き上がる】

【どこ見てんだボケェ!】



(なんだこれ……? 俺、頭打ったのか……?)


 視界の隅のチラつきではない。ハッキリと目の前に奇妙な枠線が見える。


 その枠線の中には親しみ深い日本語。潰れている事もなく視力2.0ばりにクッキリと認識できる。


(これ……恋愛ゲームの選択肢に似ているな)


 その枠と文字の向こうには公太の姿。多少見づらいが、選択肢が透けているため問題なく差し出された手が見える。


 突如現れた三つの選択肢。まさに恋愛ゲームに出てくる選択肢だ。


 つい先日、恋愛を学習する教材として購入したゲームの選択肢によく似ている。


 その内容から、今この状況に対応しているであろう選択肢。ゲームのようにカーソルが出ている訳でもなく、時間が止まっているという事でもなさそうだ。


 一つだけ、バッドエンドに直行しそうな選択肢があるな……。



「ど、どこ見てんだボケェ……?」

「え……あ、ほんと悪い! 急いでて前を見てなかった!」

「あ……あぁいやいや! こっちこそ悪い!」


 選ぶつもりはなかったのだが、俺が言いそうにない台詞だった為つい声に出て読んでしまった。


 慌てて誤魔化したが、特に公太は気にしている様子はないので助かった。


(あれ? 選択肢が消えた……選んだ事になったのか? それとも、幻だったのか……?)


 時間を掛けてしまったせいか、それともボケェと呟いてしまったせいか、差し出されていた公太の手はいつの間にか引っ込んでいた。


 そのため俺は、自力で体を起こした。



「ほんと悪い! 大丈夫か? 怪我はしてない?」

「ああ、大丈夫だ。俺の方こそ悪かった」

「そっか。なら良かった!」


 爽やかに笑う公太。なるほど、イケメンである。


 モテるのも頷ける。顔が良いだけではなく、確か学業も優秀だったはずだ。


 運動も出来るとの噂だし、凄く可愛い妹がいるという話も……あん? コイツ、いくらなんでも完璧すぎないか?



「じゃあ俺は行くよ! 家に忘れ物して取りに戻る所だったんだ」

「そうなのか……ん? でももう、時間ヤバいぞ?」

「遅刻より大事なものなんだ。戻らなきゃ、俺は昼飯抜きだ」

「ああ、財布か弁当かってとこか……」

「そういう事! じゃあ脇谷! また学校で!!」


 またも爽やかスマイルを見せたのち走り去った公太。なんで逆走していたのかと思ったら、家に戻るためだったのか。


 しかし、俺の名前知ってたんだな。意外だ、すごく意外だ。


 公太とは一年の時は別のクラスだったし、話した事だって一度もなかった。


 有名な公太に対して、俺は有名ではない。


 顔は可もなく不可もなく(母親談)、勉強は苦手(100人中70くらい)、唯一の取り柄と言ったら小さい頃から続けている空手だが、他のスポーツは平均的だ。


 公太ほどの顔と頭と運動神経と妹がいれば――――



「――――って、んな事を言っている場合じゃねぇ! 急がないと――――ッ!?」



 【のんびりと学校へ】

 【全速力で学校へ】

 【もう家に帰ろう】



 また出た。


 再び目の前に、三つの選択肢が表示された。


 やっぱり幻じゃなかったのか? さっきと文字は変わっているが、他は全く変わっていない。


 改めてゆっくり確認するが、やはりこの前やった恋愛ゲームの選択肢に似ている。枠の感じと文字のフォントがそっくりだ。


(やべぇ、いよいよ俺、おかしくなったか……?)


 非モテを拗らせたか? あまりにモテないから、現実逃避して恋愛ゲームの幻を見てるのか?


(……恋愛ゲーム。これが本当にゲームなら、ゴールがある……よな?)


 ……選べばいいのか? 選んだら何かが変わるのか?

 口下手で、行動力がないと言われてきた俺に、神様が与えてくれた奇跡なのだろうか?


 でも選ぶのは俺だ。俺が選んで行動するんだ。なら選択肢があろうがなかろうが、それは俺の意思だろう?


(俺は、全速力で学校に行こうと考えていた。でも、他にも選択肢はあるのか……)


 想像すらしてない、頭の片隅にもなかった可能性という選択肢が広がった。


 自分を変えたいなら、今までと同じじゃダメだ。


 モテたい変わりたいと言っても、結局いつも何もしない、行動しない、口に出さなかった。


 この選択肢がなんなのか、そんなのはどうでもいい。選択するのは俺だ、俺なんだ!


(家に帰ろうはねぇな……)


 流石に家には帰れない。帰ってどうすんだって話だ。


 いつもの俺なら全速力一択だった。今からでもギリギリ間に合うだろうし、それを選択するべきなのだが。


 ――――のんびりと学校へ。


 なんだろう、凄く惹かれる。選択肢として与えられて初めて実感する。こんな選択もあるのだと。


 遅刻しそうなのに、のんびりと学校へ? 面白いな、それ。


「決めた――――のんびりと学校へ行こう」


 その意思を固めて歩き出すと、途端に目の前から選択肢が消えた。


 選んだからと言って特に何も変わらない。ゲームと違って、選択した時の効果音もならなかった。


 変わったのは俺の心情だけ。


 俺はのんびりと、道路脇に悠然と並んでいる桜を眺めながら歩きだした。



 ――――どれほど経っただろう。まあ心を決めて歩き出してから数分だろうが、もう完璧に遅刻だ。


「桜咲く~、舞い散る花びら、いとおかし」


 ……俺、何やってんだろ? なんで遅刻しそうなのにノンビリ桜見ながら句を読んでんだろ。


 ダメだろこれ、今日は始業式だぞ? 完全に選択間違っただろ……。


 こんな事で何かが変わるなら世話ない――――



「――――クスクス。なにそれ? ねぇ君、なんでそんなにノンビリしているの?」

「うぅむ、俺も選択ミスしたかと……思って…………っえ!?」


 振り向くと、まるで桜のように綺麗な笑顔をした女性がいた。愉快なものを見たかのように、コロコロと笑っている。


 着ている制服から、同じ四風学園の生徒であるという事は分かった。


 後ろにいた彼女は歩く速度を上げ、俺の横に並び顔を覗き込んできた。


 何かが変わりそうな、何かが始まりそうな、何かが起こりそうな、何かが訪れそうな。


 そんな四風が吹いたような気がした。


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