楽園の犬

尾八原ジュージ

1

 今にして思えば、このような僻地にたったひとりでいることからして、なにか事情があったのだと察せられたはずなのです。

 しかし、それを知らない私が初めてシスター・クララと会ったときの印象は、なんて美しいひとだろう、というものでした。


 その建物は一応教会ということにはなっていたものの、実際にはやや天井の高い、普通の古い屋敷といった風情でした。村の中でも一番の高台にあって、晴れた日には遠くの方に青く輝く海が見えました。

 シスター・クララはたったひとりで、この寂れた村の教会を守っていたのです。神父様は必要に応じて、町にあるもっと大きな教会から、みずから自動車を運転してやってくるという話でした。

 その日は私の十二歳の誕生日でした。幼い頃から過ごした孤児院を追い出されることは、私にとっては少しも辛いことではなく、かえってこの風光明媚な土地にやってきたことを喜んでいました。その私の前に姿を表したシスターの姿といったら、私にはまるで天使のように見えたものです。

 シスター・クララはまだ年若く、そして大変な美人でした。修道服に銀縁の眼鏡をかけた地味な出で立ちでありながら、ベールの下からこぼれる艶々したプラチナブロンドの髪といい、卵型の顔の理想的な輪郭といい、乙女のように清楚な顔立ちといい、思わず息を呑むほど美しいのでした。理知的で、一見冷たく見えるほど整ったその顔が微笑むと、柔らかな手で心臓を掴まれるような甘い魅力がありました。

「彼女がアイリスです」

 私をここに連れてきた刑務官が言いました。

「口がきけないそうですね」

 シスターはレンズ越しに灰色の瞳で私を見つめ、遠慮なく、しかし音色の優しい声でそう言いました。

 刑務官が私の代わりに答えました。「ええ」

「大変結構です」私の予想に反して、彼女は嬉しそうに言いました。「静かでいいじゃありませんか。それにこの子はとても賢そう」

 そうしてシスター・クララは、私に花のように微笑みかけたのです。

 その言葉が彼女の気遣いなどでなかったことを、私は後になって知りました。彼女は私を、まったく自分に都合が良いがために褒め、その到着を本心から喜んだのです。私はまだシスターのことをよく知らず、ただとても親切な方なのだろうと思いました。

 刑務官は私を引き渡すと、厄介な荷を下ろしたような顔で帰っていきました。

 こうして私たちはふたりぼっちになったのです。

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