第37話 辻での戦い

 京都は碁盤の目のように縦横にきれいに道路が敷かれている。

 これは平安時代からこの形であって、一種の結界なんだという。

 結界、というと、あやかしが入らないバリアみたいなもんだ、と思うかもしれない。が、結界には他に出さない、という役割もある。


 平安の昔、京の町を過ぎると、そこは人跡未踏の地、だった。

 霊やあやかし、もののけ、オニ。様々な名称で怖れられたモノは、この京の外に棲む・・・わけではなかった。

 実際問題として、人間、なんてのは、ほとんどオニと称されたし、化け物扱いされたものも多い。多くが都と違い、大地や山々に隠れ住み、狩猟や採取なんかで暮らしていたから、蛮族と蔑んだり、そもそもが人外として扱った。都の人間よりも山野に暮らす人間の方が当然身体が鍛えられ、その能力は随分と高かったからだ。

 AAOに所属する霊能一族は、実はこんな部族を先祖に持つものも多い。彼らは肉体的にもだが、霊的にも都の文化とは違う発展をし、異なる形態の人外討伐技術を持っていたりする。先般、鞍馬の天狗を訪ねたが、彼らもそういった一族の一つ、と言えば分かるだろうか。


 京の碁盤の結界は、当然のこと、外からのあやかしの侵入を防ぐものだ。だけど、それと同時に、中の悪霊を外に出さないようにするものでもある。

 京の都は多くの権力にまみれ、怨霊、生き霊から呪いなんてものが充満していた。古文の授業なんかでも、そのあたりの物語はたくさんあるだろう。源氏物語、なんてのは、誰でも知っているだろうし、雨月物語、なんてのは、その手の物語のはじまりだ。これらは物語、だが、実話も多く脚色されて載せられているという。

 そこから導き出されるもの。

 一番怖いのは、人。

 人のどす黒い感情が多くのあやかしを産む、というのは、何もフィクションではない。京の人々から産まれた怨という名のあやかしは、とても強力で当時の人々を悩ませたという。特に、この怨が霊となって、外へと放たれ、身体能力に秀でた外部の人間と一つになったとき、絶望的な怨霊が完成したのだとか。そこで都の設計者は考えた。外のあやかしを入れないと同時に、中の怨霊を外に出さなければ、随分と安全な町になるのではないか、と。

 そして、あやかしの出現ポイントをある程度制御できれば、尚、封じや祓いが容易になるのではないか、と。

 そうしてできたのが、現代にまで存続する京都市内というわけだ。

 どうせ完全に封じ込めておけないなら、あらかじめあやかしの通り道を設定しておく。効率的でクレバーな考えだ、とは思う。ただし、確実にそのポイントではヤツらが出現する。定期的なは、簡単な仕事じゃない。


 僕は幾度目かになる、そのお掃除の仕事を、今、もくもくとこなしていた。


 

 「飛鳥、頼む。」


 そうして、本日、もう4件目ぐらいか。

 そのポイントの一つである某辻に僕らはいた。

 結界を張り直すなら、僕より蓮華を連れ回せば良い。が、ゼンは一応その手の専門家、ということで、僕はゼンとノリとの3人で、回ることになったんだ。

 僕がオリエンテーリングに行っていた2日間は、二人で回っていたという。

 ノリはそもそもが戦闘要員でないから、もっぱら戦闘も結界張りもゼンの仕事だったらしい。ただ、ノリが何もしないわけじゃなく、まずは精神的な結界、つまりはさとりの力の応用で、この辺りに自然と人が近づかないよう誘導し、また、戦闘中は相手の行動を逐一先読み、ゼンと共有することで、安全な討伐を行っていた、といことらしい。

 僕らがこういう仕事をする場合、小規模であれば、何らかの形で人払いできる能力者がサポートチームとして同行する。ただし、蓮華のように外と中を完全に隔離できる結界を持つ者やノリのような能力者がチームにいれば、その手のサポートは省かれる。後は、何か壊した、とか、人が怪我した、とか、そういったことが起こった場合の、後始末をするサポートチームがいたりする。彼らは同行する場合は少なく、事後に連絡して、関係各所に働きかけて貰う、という形が多い。といってもこれは通常の場合、だ。僕には大概これがついてくる。一応、彼らは戦闘中は僕の、というより、ザ・チルドレンの指揮下に入る。が、前後は単純に監視係だ。後始末、と言っているが、ここの部署の人は、対外的には国や自治体、公務員のトップと渉外するのが仕事。そういうことのできる地位の人がやるのだから、AAOでもエリートだ。そして基本、僕らは彼らにとって、・・・・まぁ、そういうことだ。


 が、今回は、彼らがその監視員も兼ねるのか、同行者はいない。

 僕が彼らに加わることによって、ノリが結界を張り、僕が周りの有象無象を倒し、きれいになったところで、ゼンが結界の修復を行う、というローテーションが出来つつあった。

 今のところサクサク進むので、二人の機嫌も良い。

 今までの現場では、特に問題のありそうな破壊跡もなく、通常の結界修復といったところか。


 今回もそうだろう。

 そう思ったところがいけなかったか。


 今まで通り、ノリが人払いをし、人間の気配はほぼ無くなって、逆に、辻にあやかしどもが吸い寄せられるように集まってくる。

 「飛鳥、頼む。」

 そうノリが言うのも、作業の一環。

 僕は霊力を右手に纏わせて、刀の形を作った。

 

 なんか不定形の、形も取れないあやかしが多いなぁ、と、頭の片隅で思ったのは一瞬。

 僕の霊力に切断されたあやかしは、随時消滅していく。


 「なんか変だ!」


 そのとき、ゼンが声をあげた。


 辻の結界の様子を見ていたゼン。

 結界になにかあったのか?


 「結界から何か吐き出されている。」


 どういうことだ?


 ちらりと目の隅でそちらを見る。

 不定形のあやかしを作業のように薙ぎながら、そちらを見た僕も違和感を感じた。


 ループしてる?


 僕が切る。

 ヤツらが消滅する。

 結界から湧いてくる?


 確かに切っても切っても減ってるようには見えない。


 外から引き寄せてるんだと思ってたけど・・・


 そう思って、レンを見る。


 レンは横に首を振った。

 外からはもう入ってない?


 切る、消滅、湧く、切る、消滅、湧く・・・・


 間違いない。

 僕の霊力で切れてない、ってこと?

 消滅、はどうなってる?


 「二人とも、切った瞬間の流れが見えるか?」

 僕は二人に問うも、芳しい答えはこない。

 しびれを切らしたゼンが、破魔の印を組みだした。

 なんか、やばい?

 僕の直感だった。

 この不定形、徐々にねっとりしていないか?

 それとともに、何か・・・そうだ、この感じは、


 「ゼン、印を解け!」

 僕は、危険を感じて、そう言った。

 が、無視して最後まで切りやがった!


 ヤバイ!


 

僕は、霊力を全身にまわして、筋力を底上げし、ゼンの前に飛び込んだ。

体当たりで、ゼンを飛ばす。

そもそもデカすぎるんだよ。

なんとか、転かすことには成功した?



けど・・・


 イッテェー!!


 一瞬、息が止まる。


 皮膚が、いや、多分もっとその中も、飛ばされた感じがする。


 「飛鳥!」

 「来るな!」

 ノリの叫びに、拒否で答える。

 さっきのねっとりしてきた不定形の化け物は、明らかに色=何らかの呪術的癖、がついていた。

 そこへ密教の呪術をたたき込んだら、良くて消滅、ふつうは、そう爆発だ。

 ハハハハ、こんなとこで呪術汚染とか起こしたら、怒られるよなぁ、とぼんやり思う。が、そんなことは言ってられないか。

 幸い、両者ともまだ色は薄かった。

 だから、この程度で済んでる。

 人一人、ぶっ殺すぐらいの爆発だ。

 ハハ、だけど残念。

 ここまで肉体が壊されても、僕は死ねないんだなぁ。

 死ぬほど痛いけど。


 『ノリ、僕の思考、読んでるなら分かるな。とりあえず、ここはなんとかする。事後処理頼む。あと、ゼンのフォロー。』

 「おい飛鳥。むちゃだ。そんな体で。」

 『ま、慣れてるさ。』

 嘘だけど。ただし、何回かこんな体験してるって意味なら、嘘でもないか。

 

 まったくいやになる。

 不定形の化け物どもが、またループで戻ってきやがった。

 僕は壊れた体から無理矢理霊力を絞り出す。

 利き腕じゃないけど、一応左は動きそうだ。

 左に霊力を纏わして、ああ、この距離なら刀や剣はむずいな。それに、痛みで気が散って形が作れないや。僕は形を作ることを諦めて、奴までただ純粋な霊力を伸ばす。ヤツらまで届いたら、思いっきり腕を振り回す。淳平みたいに思い通りに鞭を操るのは無理だけど、めちゃくちゃ振るぐらいなら僕でも出来るんだよ。

 コントロールがうまく出来ない。それが一応幸いか。オーバーキルだけど仕方ない。不定形は僕の霊力に触れるか触れないかで完全消滅。


 僕は無理矢理体を動かす。


 ゼンを突き飛ばすために修復予定の結界の側まで来てるけど、今、この距離は、結構辛い。でも、もう一度奴が湧く前に、壊さなきゃ。

 僕は、ちょっとばかり動く左手と、左足でにじり寄る。


 結界が、二重?

 僕は結界を壊すつもりでのぞき込んだ。が、あきらかにおかしい。

 結界の下に別の結界?が隠されている。

 上の結界はフェイク。

 いや、そもそもはこいつが機能してたんだろうけど、それを壊して別の呪符だか魔法陣だかが動いている。



 別の場所から何らかの術を?

 これを壊したら情報が減るけど・・・

 持ち帰るべき、それとも・・・


 「飛鳥、壊して。僕が責任を持つ!」

 僕の心を読んだのだろう、ノリの奴、偉そうに、責任を持つなんて無理だろうに。


 だけど、


 僕は拳にありたけの霊力を纏わせ、やっと近づけたその結界に全力をたたき込んだ。


 辻の結界は、石柱の形をしていたが、僕の霊力は、その細い石柱を通して、繋がっていたにほとんどが吸われた。

 数旬の後、その内側で爆発したのか。

 ピリピリっと細かい線が内側から生じ、次の瞬間、塵となって、結界の文様ごと空中に溶け去った。

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