第36話 報告会
同級生たちが帰って4人になった部屋は、微妙な空気が流れていた。
この2日間、ノリとゼンは京都市内のとくに危うい地点を調べていたはずだ。
僕らは学校を中心に、妙なものを探っていた、って言っていいと思う。
こっちの報告は、基本、淳平の仕事だ。
といっても、一番の問題は合宿所の呪符もどきだろうし、とっくに上には報告してるはず。
ノリたちにしたって、必要なことは自分たちで上に上げてるだろうし、お互いの仕事の報告をする必要があるかは微妙なところだ。
が、一応、情報のすりあわせ、という所は必要だろう。これから当分ここで仕事をするなら、それぞれの持つ情報は必要になる。
淡々と、淳平は校内の召喚陣らしきものの存在と、合宿所で壊した呪符の報告を行う。逆に、ノリたちは、この京都の異常がいくつかの常設結界=昔から霊能者の家系が管理しつつ補修することで保っている結界、が、敢えて壊されているのを発見、報告を上げた、と話していた。
僕は、それを聞きながら、一番嫌な予測が正解のようだ、と、うんざりした気持ちになった。
僕らの方もそうだけど、ノリたちの調査は、そこに人の介入を示唆している。
侵攻が起こる、と世界で危惧されているこのご時世。しかもキーになるこの国の幾内の要所である京市内。そこの至る所で、人為的な匂いがプンプンしているなんてのは、まったく頭にくる。犯人が誰で何を考えてるのかは知らないが、単純な力業で解決できないんじゃないだろうか?
結局は一番面倒なのは、人の思惑だ。
普通の霊だあやかしだ、ってのは基本的には力が欲しい、何か食いたい、といった単純な動機で行動する。だから力押しでなんとでもなる。知恵ある人や神、あやかしが関わるとそうはいかない。下手すると政治的解決、なんてことも視野に入れる必要が出てくる。
僕は、こういう裏の世界に巻き込まれて知ったんだ。政治的解決ってのは、結局は民衆を騙すってことと同義。嘘をついて真実を隠し、善良な人々という名の無情な一般人が欲する平和な世の中を創出する手法、だ。民衆は、自然災害の脅威は許容しても、化け物の脅威は許容しない。真実を告げたあとに来るのは否定だけだ。
そんなことはない、民衆には正直に告げるべきだ、と、そんなことを宣う知識人もいるだろう。だが、僕の経験から言わせれば、一番僕らを否定するのは、その知識人なり権力者ってやつだ。自分の理解の範疇を超える僕らを気味悪がり、否定し、迫害する。あるいは、その力を道具とし、利用しようとする。あるいはその両方か。迫害しつつ利用する。
「現状は理解しました。それで、もう1つの案件なんですが。」
一通りの報告会が終わって、ノリがそんな風に締めると、ギロリと僕を見て言った。
さぁおいでなすった。彼らは怖れられ利用されながらも、その力を長年中央と結びつきつつ、権力を手にした、特別な存在だ。特に僕のようなハグレの能力者、後ろ盾を持たない者、それでいて自分たちよりも強いかもしれない化け物を、使うことを許された特別な存在。
「飛鳥が、素人に暴力を振るった、と聞いたんですが、本当ですか?」
さとりの化け物が何を言ってるんだか。本当か否かなんて、とっくに知ってるだろうに。
「なぁに、ガキのじゃれ合いの範疇だよ。男の子ってのはそうやって友情を深めるもんだろう?」
淳平がそんな風に言ってる。僕をかばってくれてる?それとも単にこれがザ・チャイルドの連帯責任、的な話に持っていかれたくないってだけかもしれないな。
「淳さん。かばうのはやめてくれません?だいたい状況から考えて、あなたが被害者に治癒を施した、と考えるのが自然だって僕は思ってるんですが、その点、どう言い訳するんです?」
「さすがに幸楽の跡継ぎはおっかないねぇ。ほら、飛鳥も人と接するのが久しぶりだろ?じゃれかたの力加減もちょっとまずかったから、ねぇ。フォローするのは仲間として、ま、当然つうか?でも、ま、今日のとこは勘弁してくんないかな?こいつもわざとじゃないし、充分反省してるっつうかさ、ねぇ、飛鳥ちゃん?」
「・・・別に、仕事を外すんならそれでいいよ。富士城に帰れってんなら帰るし、それともまた拘束でもする?」
「・・・僕は、不死者を非人道的に扱うつもりはありません。不死者にだって人権はある。僕はあなたがたに対する非道な行いを変えたいと思ってる。それはゼンだって同じだ。だけどそのためには、あなた方の協力だっている。非道な行いなんてしなくてもルールをきちんと守る、そういうことを身をもって示して欲しい。」
自分はこんなに頑張ってる、なのになんで言うとおりに動いてくれないんだ、そんな苛立ちが何をベースに産まれるのか、この子はきっと気づいていないんだろうな。心の奥底に、自分とは違う僕ら、自分よりも下の存在である僕ら、と定義し、そんな考えが、彼の意に染まない行動をした僕に対して、苛立ちを産んでいる。
「僕はあなたたちを下にだなんて思ってない!」
僕の心を覗いたのか、そんな風に声を荒げるノリ。
その時、黙ってそんな様子を見ていたゼンが立ちあがり、ノリの肩に手を置いて言った。
「そんなに難しく考えることじゃない。確かに淳平の言うとおり、本来子供の喧嘩、で済ませられる範疇だ。だが問題は飛鳥の力が想定外に強いんだから、喧嘩するにもちゃんと手加減しろってことだろ?」
そう言うと、ゼンはみんなを見回す。
淳平は、まぁな、と肯定し、飛鳥も気まずそうに頷いた。
「でだ、普通のガキでも喧嘩すれば怒られるし、飛鳥に反省が必要なのは分かるな。」
とっくに反省はしてるし、やりすぎたって思ってる。だからって、こんな風にやり玉に挙げられる話でもない、とも思う。
「そんな風にふてくされるところは、本当にガキだな。時が止まったのは18と聞いてるが、それは肉体であって精神はもっと前じゃないのか?」
「飛鳥ちゃんは、中1の終わりだったからねぇ、能力者として戦いに組み込まれたの。それまでは普通の坊ちゃんだったわけさ。環境の変化に対応しきれず、その前後で精神的な成長は止まってる、というのが僕らの見解です。」
「はぁ?そんなデタラメ、あるわけないだろう?」
むしろ、過酷な経験の連続で、普通の同世代より成長してるだろ。
「不死者じゃなくても、人の精神年齢なんてのは、社会的な対応で決まる、てやつか。」
「そ。飛鳥ちゃん、ずっと最年少で、僕らからしても初めて会った13歳のままの気分だったからさぁ。いつの間にか、大きく・・・ならなかったんだよねぇ。外見も中身も。」
「あのなぁ、僕は淳平と初めて会ってから10センチはでかくなってる。」
一応、15歳前後で、グンと伸びたんだ。
「そうだったそうだった。小学生の女の子だって思ったんだよねぇ。いや、会う前に年は聞いてたけどさ、それでもそう見えたからねぇ。うん大きくなった。小学生女子が中学生中性までには成長した、うん。」
それは見たかったかも、とつぶやくノリを尻目に、ゼンが僕の頭を掴む。
やつのデカい掌は僕の頭を片手ですっぽりと包むことができ、そのままクレーンゲームよろしく頭を引っ張り上げるのが最近のお気に入りのようだ。当然、こっちの頭も引っ張られる首だって、悲鳴を上げている。
座っていた僕をそんな風に立たせると、やつは僕の目をのぞき込んだ。
「ごまかして、話をそらすな。飛鳥よ。殴った相手ってのは、一瞬意識を飛ばしたんだってな?それが当然やり過ぎだってのはわかるよな。」
頭をつかまれて頷くこともできないのに、そんな風に聞いてくる。
しつこいやつだ。
「分かってるよ。手が出てから、すぐにしまったって思ったよ。」
「本当なら、そのガキさ加減にケツでもひっぱたきたいところだけどな、目には目をって知ってるか?」
・・・・
「淳平さん、その辺で落とし前、いいですかねぇ。」
「ま、しゃあないな。だが、あんまり夕飯まで時間ないからなぁ・・・おまえさんがマジでやると、食べれんだろ?」
にやっと、笑う淳平。
僕は嫌な予感がした。
ギャアーッ!
僕は思わず叫んだ。
持たれている頭の痛みが限界を簡単に超えている。
目を剥く僕に、驚いたゼンは、慌てて手を離す。が、それで床に落ちてまた、ひどい痛みが襲う。
淳平の常套手段だ。
僕の痛覚を上げやがった。
淳平と僕を交互に見て、どうやら状況を理解したようだ。
僕にリンクしていたのか、ノリも青い顔をしている。
慌てて、リンクは切ったようだが、肩で息をしているのが見て取れた。
「ハラパンしてもいいけど、胃に届かない程度で頼むよ。ご覧の通り、それでも充分効くからね。」
ゼンは一瞬躊躇し、そして、マジでハラパンしやがった。
僕は悲鳴も上げられず、しばらく床でのたうち回った。
「あ、そうだ。もう一つ報告あったわ。」
淳平が、そんな僕を無視して、軽い調子で言った。
「飛鳥のクラスにも2人ほど、こっちの正体知ってるやつがいる。もちろん、君たちのクラスにも顔見知りがいるはずだ。この学校、想像以上に、大物が多い分、絡んでこられるかもしれん。新学期が始まって危険な接触をしてこられるようなら、上から排除する、とのことだ。自分でうまく裁けないようなら、こっに振って良いから、あんまり無理はしないように。」
カチャン
その時、ノックもなしに入ってきたのは、蓮華だった。
「ちょっと飛鳥、床でうずくまってるのとか邪魔。」
この状態の僕をハイヒールで蹴るとか、意味わかんない。
「ま、馬鹿はおいておいて、これ、セキュリティ考えて紙にしたから、覚えたら燃やしてね。全校生徒の名簿と親の職業、家系図も一部。特に、青字の子たちは、絶対覚えておいてちょうだい。協力を申し出てくる輩もいそうだけど、情報のピックアップ以外はすべて断ってね。今回はこのメンツのみ、協力はAAO通して派遣、てことになったわ。あと重要なこと。こちらの正体を知っている人間からの接触は小さくても要報告。OK?」
またきな臭い命令、ということみたいだ。
僕は痛む体をだましだまし動かして、蓮華が用意した1人1部の名簿を持ってベッドへ籠もった。とにかく青字を中心に頭にたたき込むか。
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