ミカド・ストロース対ダン・パラークシ
使者――という
満月の輝きが星の光を吹き払う、煌々と明るい夜だった。
ひとつの影が、無人の散村に落ちた。月明かりに、深く濃く黒い影だった。
影は静かに進んだ。目指すはジリー・シッスイの居館だった。
「お、ほんとに来た。備えとくもんだね」
影は立ち止まり、見上げた。
月を背負って、民家の屋根に一人の男があぐらをかいていた。
「あんた、ダン・パラークシでしょ?」
「……だったら、どうする」
「それを聞きたいのはこっちだよ。こっそり忍び込んでどうするつもり? ジリーさんの暗殺?」
屋根からの呼びかけに、人影は――ダン・パラークシは沈黙で応じた。
老人だった。
ゆったりした衣装に包まれた体は、痩せ、研ぎ澄まされていた。
「なんにせよ、
「名乗りもせん無礼者を、斬るつもりはない」
「ああそう? そういうなんか、文化ね。こんばんは、ミカド・ストロースです」
男は――俺は立ち上がり、名乗った。
ダンは、震えた。
震えて、笑った。
「素晴らしい。神は我が生涯の最後に、“
「え、ちょっと待ってよ。殺すの? 俺が? あんたを?」
「打ち棄てられた蛮地にも、おまえの噂は届いている。冬戦争では、万の軍勢を裂き殺したのだろう」
「歴史って、みんながちょっとずつ話を盛ることで作られてくんだろうなあ」
本当に万の軍勢を裂き殺したなら勝ってるでしょアルヴァティア。戦争って最終的には人口数のしばきあいだよ。
「抜いたぞ、ミカド・ストロース!」
抜刀したダンが、土埃を残して視界から消えた。
「たった一人殺す気概も見せぬとは! 堕したか、“尖風”!」
眼前に、叩き下ろしの白刃。飛びずさる。刃こぼれした刀は、民家をまっぷたつに切り割った。
「おお」
眼下で、二つに割れた建物がごしゃっと潰れる。着地点を探すためダンからほんの一瞬だけ目を切り――斬撃が唸る。
「
DEF強化の
「
突きが来ている。
「
AGI強化のバフを点す。俺は突きの切っ先を蹴って宙返りし、瓦礫の上に着地した。
やや遅れて、ダンが降りて来る。正眼に構えた刀の先が、俺にぴったり向いていた。
「ジョブ持ちか。
ジョブを持つのに必要なのは、一にも二にも財力だ。教育も契約も、たっぷりの金があってのこと。
そこらへんから徴募されたような兵士がたいてい小杖を担いでいるのは、ジョブが無くてもちょっとした調練ですぐ使えるし、まずまずの殺傷力を持っているからだ。
「おれは、ただの
「……そっか」
幼くして目をかけられた平民が、主人に教育をつけてもらったのだろう。そういう話、聞かないわけじゃない。
「憐れむな。おれはおれの心のまま、主の在った場所を守っている」
「ジリーさんのところから略奪して?」
「王家に与するおまえが言うか!」
ダンは刀を鞘に納め、地面を蹴った。抜刀術だ。
サムライの特徴は、なによりもその速度。神鳴で、ようやく追いすがれている。
「シっ!」
ダンは突進の途中で強く踏み込み、急制動をかけた。俺は攻撃に転じようと防御を緩め、ダンが抜刀、斬撃が飛来して腕の皮が裂ける。
「痛ったっ!これだもんなあ」
ディレイのかかった間接攻撃。侍相手だと、この
「そんなものか!」
ダンは横っ跳びに飛び跳ねて、俺の視界から消えた。直後、背後に鋭い旋風を感じる。俺は体を前に投げ出して横薙ぎを避けると、地面に両手をつき、踵切り上げを繰り出した。カーネイ流制圧術、
十字に組んだ腕で蹴り足を受け止め、立ち上がりながら踏み込む。ダンの軸足、そのふくらはぎめがけて思いきり蹴り込む。
「ぎッ」
短い悲鳴を上げて顔をダンが顔をゆがめる。その腹めがけて、
「火竜!」
バフを乗せた拳を叩き込む。
「ぼッガっ」
打ち出されたダンの体は放物線を描き、民家の壁をぶちやぶった。
「よし、終わああああ!?」
塵埃の尾を曳いて、弾丸みたいな勢いでダンが飛び出して来た。あっという間に肉薄され、刃の嵐が吹き荒れた。
「憐れむなと言ったぞ、“
刃が降るたび、皮膚が裂けて飛び散る。
「いま持ってない――神鳴」
「ふざけるな!」
速度を更に上げ、パーリングで撃ち落とし、スウェイで回避し、それでも刃は俺の肉に届く。
「ほんと、ほんとだって。家宝だからあれ。廃嫡されちゃったんだもん俺」
「ならばここで死ぬことになる!」
強いな、この人。
人生丸ごとぶっこんで、もうめちゃくちゃに鍛えたんだろうな。主のために。
なのに、あっけなく奪われちゃったんだな。
彼らにとっては無関係な骨肉の争いに巻き込まれて。
ある日、なんの脈絡もなく、なんの前触れもなく。
きついね、ニーニャさん。
こんな呪いばっかり背負って、生きていかなきゃならないなんて。
「
STR強化のバフを点し、俺は震脚で地面を踏み割った。よろけたダンの顔面に、拳を叩き込む。
「それがっ」
ダンは即座に反撃してきた。首を回してダメージを減らしたのか。でも、太刀筋が甘い。火竜二つの打撃、効いてはいる。
「どうした!」
落ちていた木の枝を蹴り上げて掴む。大上段から振り下ろされる一撃に、半身で向き合う。
ダンの刀を、俺は木の棒で横から引っぱたいた。
よろけながら前進してくるダンに向かってすれ違うように一歩踏み込み、その手首を掴む。
掴んだ手首を引っ張って相手の態勢を崩しながら、首筋に木の棒を当て、押し込む。
「小太刀・
ダンの体が空中でぐるんと一回転し、背中から地面に叩きつけられた。
「がアっ!」
ダンは数十センチ弾んで、痛みにのたうち回った。
「小太刀制圧術、久しぶりにやったなー。できてよかった」
へし折れた枝を放り捨て、俺はゆっくりと息を吐いた。
カーネイ流制圧術は武芸百般、小太刀から長物まで、何を握ろうが相手を殺さず制することを旨とする。
まだ、緊張は解かない。ダンは戦場の気配を身にまとっている。
「そんなに死にたいの?」
「遺される、民を、思え、ば……
ダンは立ち上がり、すがるような目で俺を見た。
「もう、おれは、許されたい」
「……なるほどね」
“
「なにを、笑う」
指摘されて、気づいた。どうやらたしかに、俺は笑っている。
「あんたを笑ったわけじゃないよ。ただちょっと、いいことに気づけて」
俺にも、背負えるものがあるんだな。
呪いの引き受け先に、俺でも、なれるんだな。
それなら俺は、“尖風”である俺を受け入れる。
「ダン・パラークシ。尖風は、あんたの命を霜枯れに導くよ」
俺は大きく息を吸い込み、鮮烈な夜気を全身に巡らせた。
「……感謝する」
ダンは納刀し、腰を深く落とした。
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