持ちネタ鑑賞会
荘館から馬を駆って一日半。シュメーダン川に沿ってぐぐぐっと南下すれば、ロシェ山脈の稜線がくっきり見える。
そこから南西に馬を進めれば、まともな道は失われ、乾いた土と禿げあがった丘が続く、見捨てられた土地だ。
かつての南アルヴァティア帝国は、自領に対してむちゃくちゃな乱暴狼藉をはたらいた。南アルヴァティア初代皇帝に即位したハンビットは、逆らう人間を切り殺し、土地に塩を撒き、森に火をつけた。
「ハンビットのやったことです」
ニーニャは、王の名を口にした。滴るような憎悪を込めて。
「あの男にとって、こういうことが復讐だったんですよ。自分の体を切って、こぼれた血潮で土地を穢したんです」
「そうだね、ニーニャさん」
「あ! でもだからと言って別にわたしは私腹を肥やして贅沢したいだけの俗悪廃王女で、ぜんぜんそんな陛下を引きずり下ろしたいとは思っていないんですけどね!」
詰めが甘いね、ニーニャさん。
やがて、丘を這い上るようにとうもろこしが植えられた傾斜畑と、菜園の合間にぽつぽつ家が並ぶ散村が現れた。
空堀に囲まれた小さな丘の上に小汚い館がある。モット・アンド・ベイリー式の、安く手早く普請したのがありありと分かる居館だ。この丘は、山に切り込んでいく深い谷のフタみたいになっている。
これが、ジリー・シッスイの支配域だった。
「モッタ村とそう変わんないね。いや、もっとひどいか」
傾斜畑には土留めもされていない。あれじゃ大雨が降ったら土壌ごと作物が押し流されてしまう。きっと農業技術が遺失してしまったのだ。
民家も、建っているというよりは、かろうじて地面に突き刺さってるようだった。春の
周囲には、まばらな木々と草原。おそらく、森も林も伐り尽くしてしまったのだ。冬をどうやって乗り越えるつもりなのだろうか。
「これが……南部」
ニーニャはうめいた。
「はじめて見るの?」
「ええ。この五年は、お屋敷の周辺だけで手一杯でしたから」
余裕ができてモッタ村に手をつけたところで、ようやく文化圏が接触した。
かと思ったら略奪されるし、代官は誘拐されるし、要求の一つも出てこない。
「どうなってんだかね。ほんと」
「前向きな理由では、ないでしょうね」
俺たちは馬を木につなぎ、散村に向かった。
雑草だらけの菜園に生えたとうもろこしはひょろひょろで、そのくせやけに丈が高い。見たことのない品種だった。
どっかで系統が断絶して、たまたま残っていた古い品種を植えたのだろう。播種用の種まで食わなきゃならないほどの飢饉があった、ということだ。
ニーニャは目を大きく見開いていた。窮乏の様子を、心に焼き付けるように。
「敵襲! 敵襲!」
叫び声がして、けたたましく打ち鳴らされる半鐘の音が響き渡った。
「ダン・パラークシの糞どもが来たぞ!」
村外れに置かれたやぐらの上で、ひとりの男が鐘を打ちながら怒鳴っている。
「鉱山に逃げ込め! 敵襲! 敵襲!」
民家から、家財道具を担いだ人たちがわーっと飛び出してきた。
「急げ、ばかそんな、棄てとけそんなもん!」「でもママのくれたやつ!」「いいから!」「いってえよクソが、また来たのかふざけやがって!」「逃げろ、逃げろ! パラークシの軍隊だ、食われちまうぞ!」
俺たちには目もくれず、塩鉱山めがけて死に物狂いで走っていく。
「おいで、きーちゃん」
ニーニャは古ぼけて地金の覗く指揮杖を抜き、百合の柱頭めいた槌部で地面を打った。
魔法陣から這い出した召喚獣は翼を広げて飛び立ち、ニーニャの腕に留まった。
「夜鷹のきーちゃん。
指で頭をかりかりされたきーちゃんは、目を細め、でっかいくちばしを半開きにした。
「たいしたもんだなあ」
召喚獣の振る舞いに、俺は感心した。
「スカウト用の
「組み込みました。かわいいほうがいいですもんね」
多くの
「最初見たときも思ったけどさ、ニーニャさんめっちゃ優秀な召喚士だよね」
「ええ? なんですか急に。たいしたことじゃないですよ。ミカドさんに作戦がばれたの、アバター
ニーニャはそっけなく言った。でもカブセ気味の早口だったし、口がむずむずしてるし、小鼻がふくらんでる。もっと調子乗っていけばいいのに。いや、俺の信頼が足りないのか。調子乗りきった瞬間にイジられるかもしれないと思われてるわけだ。まだまだ精進だね。
「お願い、きーちゃん」
ニーニャが腕を振り上げると、きーちゃんは飛びたち、櫓めがけて飛んでいった。
「視界を共有できるんですよ」
ニーニャは片目を手で覆った。
「来てますね。
「こっちはこっちで略奪されてんだねえ」
「……ええ、そうですね」
握りしめた小さな拳が、震えていた。
「ニーニャさん、どうする?」
「ひとまず、賊を退けます」
「分かった。じゃあニーニャさんは下がってて」
「いいえ、私も戦います。おいで、もふ吉」
ニーニャは
「おーいいね、実ってんね、人もいないね、こりゃ楽だね」
村に入ってきた略奪隊の男が、うれしそうに手を叩いた。
「よーし、そんじゃあごっそり――ん?」
もふ吉を抱いたニーニャが、略奪隊の方に歩いていく。俺はその少し後ろをついていった。
「なんだ? 上等なちびっこだな」
「んくくくくっ」
ニーニャは嗤った。
「こーんにちはっ、お兄さん♡」
「おお? なんだこいつ」
「ねーえーお兄さん、今日はなにしに来たの? ニーニャと遊んでくれるの?」
賊どもは顔を見合わせた。
「ちょっと待て今、ニーニャっつったか? あのニーニャ・ブラドーか?」
「んくくっ♡お兄さん、ニーニャのこと知ってるのぉー?」
「ブラドー領の俗悪廃王女が、なんだってジリー・シッスイのところにいる」
「ニーニャのこと知りたいのぉー? んーとねぇー、教えてあげない♡ざこ下民♡卑賤な南部訛りでニーニャの名前を呼んじゃやーなのぉー♡」
出たよ。人の尊厳を最速で踏みにじるやつが。
「こいつっ……ガキが!」
罵られた賊の一人が、ニーニャに小杖を向ける。
「えーこわーい♡お兄さんこーんなメスガキにむきになっちゃうのぉー? そのちっちゃなちっちゃな分からせ棒♡で、ニーニャのこといじめるつもり?」
賊がノータイムで小杖をぶっぱなした。青い魔弾がまっすぐ飛んでいき、
「もふ吉!」
「オアアア」
召喚獣が、威嚇の低い唸り声とともにぶわっと膨らんだ。魔弾はもふ吉の体にずぶっと沈み込み、あっけなく威力を殺された。
「きーちゃん!」
「きょきょきょきょきょきょ」
喉を膨らませて鳴いた夜鷹が、翼を畳んで一直線に急降下、賊の顔を嘴で抉る。
「いっぎっ」「ぎゃうっ!」「なってめ、おぎゃ!」
お見事。加勢の必要はなさそうだ。
「ざーーーーこ♡ざーこざこざこ♡ざこ泥棒♡いっぱいいっぱいがんばってぇー、ここまで略奪しに来たのにぃー、メスガキひとりにやられちゃってかわいそう♡分からせ棒でニーニャのこと分からせたかったのにぃー、いじめられちゃってかわいそう♡」
「んくくくくくくっ♡ねえねえ泣き声聞こえなーい♡もふ吉よりもきーちゃんよりもおっきな声でぇー、ごめんなさいって泣く声聞かせて? そしたらニーニャぁ、お兄さんのこといじめるのやめてあげるかも♡」
「ごっごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「えらいね♡ちゃんと謝れてかっこいいね♡ばーーーーーか♡許すわけないでしょざこ
絶好調で何よりですな。
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