はいでもないしすんでもない

「気配殺すの得意なんだけどなー。ウチ忍者ニンジャのマスタリ持ってるし。本ジョブは巫覡フゲキだけど」

「ぜんぜん気づかなかったよ、ヴィータさん」


 俺はニーニャから手を放そうとして、完全にぐにゃんぐにゃんで立てそうになかったので持ち上げたまま、ヴィータに応じた。


「ばかをさらして俺を油断させといて、伏兵で一刺し。いい作戦だと思う」

「だしょー? ふっさふさのぶさかわにゃんこ出てきたら油断すんじゃんふつう。なんで分かったの?」


 ヴィータは楽しげだ。敵意はなさそうだな。


「そりゃもう、ふっさふさのぶさかわにゃんこだったから。タンク用の汎用命令束ライブラリってけっこう魔力食うはずだよね、詳しく知らないけど。そのうえで、アバターをふっさふさにしたり、見た目にリソース割けるだけの魔力がある。つまり、めちゃくちゃ優秀な召喚士ってことだよね」

「そう! そーうそうそう、そーうなんだよねえ。姫ぴ天才なんだよなあ」

「だから油断せず様子をうかがってたところに、ニーニャさんが、ちらっと俺の後ろを見たからさ。あこれなんかあるなって気づけたんだ」

「…………はっ!」


 自分の名前が出てきたからか、ニーニャが我に返った。


「ニーニャさん、もう下ろしても大丈夫?」

「……………はい」


 手を離すと、ニーニャはとぼとぼ歩いていって、ヴィータのおなかにむにっと顔をうずめた。


「姫ぴさー、いっつも言ってんじゃん。姫ぴは天才だけど詰め甘いとこだけ直しなねって」


 ニーニャをぽんぽんなでなでしながら、ヴィータはやさしくいさめるように言った。


「ううー……はい……ごめんなさい」


 一転して弱すぎるんじゃない?


「オアアアアア」


 もふ吉がニーニャの足に額をこすりつけた。


「……ありがと、もふ吉。またよろしくね」

「オアアアアアア」


 ニーニャはもふ吉を一通り撫でまわしてから、召喚解除した。

 それから、俺を見た。


「すん」


 そんな、半べそで鼻をすすられてもねえ。


「もしかしてニーニャさん、俺のこと、けっこう本気で殺すつもりだった?」

「……はい」


 はいじゃないよ。


「すん」


 すんでもないよ。


 いやこれはしかし、心底困っちゃうな。

 ちょっと状況を整理してみよう。


 反帝国派から手紙を受け取りまくっている廃王女ニーニャが、でっちあげの宗教騎士団で私腹を肥やし、家庭教師といっしょにばりばり机上演習やってる。

 さて、どういうことでしょう?


 そりゃね、クーデターの準備だよね。


 ニーニャ・ブラドーは“幽閉王”ハンビットを討ち、玉座に座るつもりでいるのだ。


 俺はためしに“ニーニャとヴィータをぶっ殺して逃げる”から“結託して王を討つ”までの選択肢を、頭の中でずらりと展開してみた。すると、よさそうなのがひとつ見つかった。


「うっかり迷い込んじゃっただけなんだけどな。秘匿はもうちょっと強固にやった方がいいよ。このままじゃ、魔法訓練受けてない勘が良いだけのやつでも入り込めちゃうし」

「姫ぴさー」

「すん」


 ニーニャの担当だったんだ。


「ごめん、責めるつもりはないんだ。なんだろうなあ、助言? いや、忠言かな?」

「忠言、ですか?」


 いいね、食いついてくれた。畳みかけるぞ。


「おっと本音出ちゃった? それは置いといて、徴税逃れとはねえ。いやまあ、誰でもやってることだと思うけどね。うん、誰でもね。ほんとほんと。ただまあ、こんなこと気付かなきゃよかったんだけど」


 どういうことかというと、俺は愚か者のふりをしたのだ。


「だからほら、忠言っていうかね。もうちょっとちゃんとできるんじゃないかなーって思ったんだ。俺としてはね」


 『私益をほしいままにするの一枚噛ませろよ』の顔、生まれてはじめてやってみたけど上手くできてんのかなこれ。


 さて、反応はと言えば――


「いやー姫ぴ、ばれたらしゃーなしだね」

「そっ、そう、そうそうそうそうそうそうですね。ばれてしまっては仕方ないですね。わたしたちは、気の毒な小作人を搾り取れるだけ搾り取っている、俗悪領主とその仲間なんです。わたしが陰でなんて呼ばれてるか知ってますか? ブラドーの俗悪廃王女ですよ。ね? ヴィータそうですね? いや本当にそうなんです、他のこと一切考えてない」

「……姫ぴさー」


 見るからにほっとしていたし、ニーニャの詰めが甘すぎる。


 まあとにかく、この二人は俺を、欲に目のくらんだまぬけだと認識してくれたわけだ。これで万事解決。あとは折を見てこっそり逃げ出せばいい。マルガリアの港湾労働者になろう。最終的に孤独死するとしても、それはそれで、価値ある尊い仕事だ。


「じゃあこれで解決ってことでいい?」

「はい! 解決です! 完全かつ円満でなんら問題がない! ですよね!?」


 もうヴィータは何も言わなかった。


「いやーよかったよ本当に。俺はただ、ふたりのことを思って忠言しただけだから。ところでめっちゃおなか空いてるんだけど、なにか食べ物もらえる?」

「ヴィータ! お願いします最速で!」

「はいはーい。んじゃおじぴ、お部屋でおとなしく待っててね。持っていかせるから」

「助かるよ、ヴィータさん。ぜいたく言えば、鴨のパストラミにしょっぱいチーズ乗っけて食いたいんだけど。あと、死ぬほどホップの効いたビール」

「ヴィータ!」

「おけまるっ」


 だめ押しで、図々しい要求を上乗せしてみる。含み笑いで両手横ピースしてるヴィータはともかく、ニーニャにはばっちり効いているようだ。


「そんじゃ部屋戻るね。おやすみ、ふたりとも」

「おやすみなさいミカドさん!」

「おっやすみー。明日ねー」


 手を振って別れ、隠し部屋から抜け出す。


「あー……」


 思わず呻き声がもれた。今日一日で色んなことが起きすぎている。もうなにも考えられない。

 寝よう。肉とチーズ食ってビール呑んで寝よう。


 いやしかし、廃嫡された先で廃王女に拾われて、俗悪領地経営に一枚噛む、ね。それだけだったら理想的だったんだけどね。


 俺はのろのろと部屋に戻って、逃げ出す算段を立てながら肉が来るのを待ち続けた。

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