342.正義……

 僕の前にいるイカリくんは、どうやら本物のイカリくんではないみたい。


 でも……身体はまさにイカリくん本人の物で違いないと思う。


 あれだけ目付きが変わっても、僕との思い出を何一つ覚えてなくても、口が悪くなっても……イカリくんの優しい匂い・・だけは残っているから。




「大罪ノ進化! 憤怒ノ――――!」




 イカリくんからものすごい禍々しいオーラが溢れ出た。


 イカリくん……少しだけ待ってて、必ず助けるからね。


 闇の禍々しいオーラが立ち上るイカリくんは、赤い髪や瞳も、赤黒い色に染まっていた。


 放たれている威圧感は、今まで感じたモノの中で最も強い。


 あの前教皇すら遥かに凌ぐ圧倒的な力を感じる。


 でも、僕も負ける訳にはいかないから。




「神格化! 正義ノ女神天使!」




 天使の皆さんのおかげで、既に制限が無くなった『神格化』。


 この力で、僕は親友を…………助けてみせる!




 ◇




 クロウティアの女神化とイカリフィアの魔人化がぶつかり合った。


 既に人外の戦いを見せる二人は、誰の目に止まる事のない速さで武器をぶつけ合っていた。


 一撃一撃に殺気が込められ、たった一撃ですら街一つが吹き飛びそうな威力だった。


 そんな攻撃ですら、クロウティアは悠々と跳ね返している。


 既に女神化に大天使ミカエルの力も授かったクロウティアは、その大いなる力を遺憾なく発揮し始めた。



 イカリフィアの剣がクロウティアを斬る直前に、彼の剣が氷漬けとなる。


 急いで剣を離したが、氷漬けとなった剣から雷が撃たれた。


 ――――たった一瞬。


 瞬きすら許されない一瞬で、イカリフィアは大打撃を受けた。



 


 吹き飛ばされたイカリフィアの周辺には大きな円形のクレーターが出来ていた。


 雷を撃たれた後、手と足に絡んだ闇の手により、直後に飛んできた火属性魔法の強烈な一撃を受けていたのだ。


 瞬きの一瞬で最強魔法を複数操る。


 それは既に人外の次元であった。



「ぐはっ……がははは……つえーな……」


 口からおびただしい量の血を吐き出すイカリフィア。


 ゆっくりイカリフィアの近づいたクロウティアは口を開いた。



「君が誰かは分からないけれど……イカリくんにその身体を返してくれるなら、今すぐ治してあげるよ。でも、もし駄目なら……無理矢理にでも返して貰うからね」



 クロウティアの言葉を聞いたイカリフィアが笑い出した。


「がはははっ……無駄だね……お前に……あいつは……救えない……」


「やって見なきゃ分からない!」


「がはっ……いんや、がいる時点で、お前は………………」


 イカリフィアから、ドス黒い影の手が多数現れ、イカリフィア自身を飲み込んだ。


「なっ!」


 クロウティアは急いでイカリフィアを飲み込んだ影に向かい、光属性魔法を放った。


 ――しかし、光属性魔法は全く効かなかった。



 そして、影が消え、中からの状態のイカリフィアが現れた。


「い、イカリくん! その身体…………そんな…………」


 鋭い瞳、冷たい瞳、憎悪に燃える瞳。


 彼の瞳を見たクロウティアが感じた感覚だった。


 そしてクロウティアの目に映るイカリフィアの身体。


 全身が傷だらけだった。


 切り傷、焼き傷、色んな種類の傷が痛々しく残っていた。


「クロウくん……久しぶりだね…………サタンを眠らせたのは君だね……さすがだよ……」


「い、イカリくん!」


「ふん、その口で僕の名を言わないで、汚らわしい」


 イカリフィアの本心・・が伝わった。


 クロウティアの目には既に涙が溢れていた。


「その姿……二度も見たくなかったよ……じゃあ、さようなら」


 イカリフィアの剣が、クロウティアを貫いた。






 ◇






「ど、どうして…………イカリくん……」


 僕の手に冷たい剣から温かいモノが伝わって来た。


 剣を伝って僕の手に落ちる赤い雫。



 ――そして、イカリくんは倒れた。




「ま、待って! ねえ、イカリくん! い、今すぐ治すから! 『エクスヒーリング』!」


 神々しい光も虚しく、イカリくんに刺さっているから、少しずつ腐敗していくイカリくんの身体は、僕の魔法でも治らなかった。


 この消え方……見た事がある……前教皇と同じだ。


「どうして! どうして治らないの! め、メティス! お願い! イカリくんを助ける方法を――――」


【クロウくん……彼はもう…………】


 そんなはずない。


 イカリくんはずっと一人で足搔いて……人より寂しさを知っているから、誰よりも優しくて……努力して多くの人を救おうとしただけなんだ!


 自分の罪に向き合って、沢山の人々を助けようと――――頑張っていただけなのに!


 どうして……どうして……イカリくんが死ななくちゃいけないの?




「く……ろ…………ん?」


「イカリくん! 僕だよ! 僕の声が聞こえる!?」


「あ…………やさ…………うん…………く……ろ……」


「絶対助けるから! 神様にお願いするから! だから……だから! 生きて! このまま消えないで!!」


 虚ろな目のイカリくんの手が僕の頬に触れた。


「あたた……い…………く……ろ……」


「何でもするから! ずっと謝るから! ごめんなさいっ! 助けれなくてっ……本当に…………」


「やっ……と、たす………………く……ろ……」





「あ……りが…………ぉ…………」





 僕が握っている剣からイカリくんのが少しずつ消え、灰と化していった。


 どうしたら……どうしたら助けられたの?


 ねぇ……誰か……教えて……お願い…………。


 僕の耳には最後のイカリくんの感謝の言葉が離れなかった。




 そして、灰になり消えたイカリくんの跡には手紙が数通置いてあった。


 綺麗な手紙と、血に染まっている手紙、ぐちゃぐちゃになっている手紙。


 どの手紙にも――――





 ――――僕の名前が書かれていた。

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