334.怠惰と勤勉

 ◆怠惰の間◆


 ディアナが辿り着いた広場は、あまり整備が行き届いていなかった。


 そして、その先に一人のメイドが待っていた。


「やはり……ベルさんでしたか」


「いらっしゃいません、『怠惰の間』にようこそ」


 怠惰と言うだけあり、広場はきちんと整備されていない。


「本来でしたら、休みなんですけど……皆様がいらっしゃったおかげで、こうして出迎えをしなくちゃいけないのです」


 先程とは人が変わったようなベルだった。


 顔の引き締めが緩くなり、眉間にしわを寄せるベル。


「私はあまり働きたくないので、速い決着が望ましいのです。ディアナ様…………直ぐにやられてくださって良いのですよ?」


「ふふっ、ご冗談を、ここにそういう軽い・・気持ちで来た訳ではありませんから」


 ディアナが剣を抜く。


 ベルは呆れた表情になり、両手の裾から大きな鉄球を取り出した。


「全く面倒この上ない!!」


 ベルの鉄球が凄まじい速度でディアナを襲う。


 鉄球を跳ね返すディアナ。


 しかし、ベルから次々鉄球が投げ込まれ、鉄球は二十を超えた。


 少し様子を見ると決めたディアナは一歩下がる。


 その下がった一歩がディアナの命を救う事となる。


 ディアナが動いた直後、落とした鉄球二十球が浮き上がり、一斉にディアナがいた場所に投げ込まれた。


「なるほど、鉄球は遠隔・・でも動けるのですね」


「ちっ、そのままやられていれば……」


 ベルの舌打ちに苦笑いするディアナ。


 ベルは両手で浮いている鉄球を自由自在に操作し、ディアナに次々仕掛ける。


 飛んでくる鉄球一つ一つに注意しながら避けつつ、反撃を伺うディアナ。


 ベルの口が少しずつ悪くなっていき、鉄球の動きも雑になっていくのを見極めた。


 そして、鉄球の動きの乱れた一瞬。


「剣技、神速剣」


 隙間を潜り、ディアナの剣がベルを斬った。


 ディアナの剣に伝わる冷たい・・・感触。


「なるほど……貴方はそういう存在・・でしたか」


 斬られたベルの腹部からは、本来流れるであろう血液は一切見えなかった。


 そこに見えたのは。


「やはり……このはそういう島だったのですね」


「…………ご主人様がくださった服に傷を……ユルサナイ」


 ベルの両手がに変わった。


 鉄球と共に襲い掛かるベルの凄まじい速度の攻撃が始まった。


「解放、『黒狼ノ神』」


 ディアナが真っ黒に染まった。


 鉄球とベルの攻撃も、『黒狼ノ神』を解放したディアナには遠く及ばなかった。


 たったの数分でベルは既に満身創痍であった。


 しかし、ベルは息一つあがっていなかった。


 それもそのはずである。


 彼女は――――。



「大罪ノ進化! 怠惰ノ人形・・!」



 ベルが禍々しいオーラに包まれ、中からは機械人形が一人現れた。


「ヘレナと同族……ガーディアンなのですね」


「あの島にいる小娘ですわね、あんなのと比べられても困るけど」


 機械人形の姿となったベルから、今までにない威圧感が放たれた。


 ディアナは一つ、大きく深呼吸を行う。


 そして――。



「神格化! 勤勉ノ天使」



 ディアナもまた大きな光に包まれた。


 そして、美しい四枚の羽根と共に姿を現した。


「皮肉ね、獣人が天使とはね」


「……私を担当してくださった天使様も似た事を仰っていた……獣人族は元々ではなかったと」


「ええ、天使は本来最上位の存在。そこから墜ちたのがエルフであり、エルフによって生まれたのが獣人族。つまり、貴方も私と同じ作られた・・・・た存在なのよ」


「もしそうだったとしても、私には意志があり、私を信じてくれる人がいる。それなら……例え作られた存在だったとしても、戦い続ける。それが私の覚悟であり――――この力よ」


 ディアナの両手にいかづちの小槌が現る。


「ふん! 我々作られた人形・・は言われた通りすればいいのよ!!」


 ベルの鉄球に黒いかみなりが灯った。


 そして、両者はぶつかりあう。


 激しい雷同士の戦いも両者一歩も譲らぬ戦いであった。


 寸刻の戦いの後。


 両者は一旦距離を取る。


 ――そして。



「暗黒ノかみなり


 ベルの全身から黒い雷が放たれた。




「聖なる鳴神なるかみいかづち、ミョルニル!」




 ベルの黒い雷がディアナの真っ白くも美しい雷に飲み込まれた。







「皮肉ですね、貴方が自分を人形・・と言っていたのに、働きたくないという感情は…………そのものでしたよ」


 ディアナは黒焦げになっている機械人形の前で小さく呟いた。

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