305.樹木

 野宿からひと眠りして、起きた僕は外に出た。


 残念な事に『暗黒大陸』は空気も濁っているので、朝の美味しい空気は吸えないね。


 アカバネ島の空気が恋しいよ。



 それと、『神々の理想郷ジ・アヴァロン』になってから、僕と繋がっている全ての人達と『遠話』というか、『心話』が出来るようになった。


 昨晩は、セナお姉ちゃん、リサ、ディアナと現状の話をしていた。


 …………ナターシャお姉ちゃんごめんね、ナターシャお姉ちゃんには『神々の理想郷ジ・アヴァロン』は掛けていなかったので、会話する事が出来なかった。


 帰ったら一番に謝らないとね。



 ソフィアに『次元扉』を頼んでみたけど、ソフィアでもここから『暗黒大陸』の外に向かって作るのは無理との事だ。


 僕も試してみたけど、やはり無理だった。


 …………全ての『扉』に鍵を掛けてしまったから、向こう大陸と『暗黒大陸』を行き来する方法はないのかな?


 魔族なら、何らかの方法で『不可侵の結界』を通れれば、外に出れるかも知れないけどね。



 一先ず、野宿も終わり、念の為、『ウリエルの扉』を確認にきた。


 『ウリエルの里』には既にモンスターの大軍や魔族の姿はなく、ひっそりと扉だけが残っていた。


 扉はシエルさんが言っていた通り、既に鍵が閉まっていた。



「さて、全ての扉を閉めたから、後はどうしよう?」


「クロウくんや、一つ良いかの?」


 リッチお爺さんが手を上げた。


「はい、どうぞ」


「うむ、これで全ての扉を閉めたのじゃが……クロウくんは、向こう・・・へ魔族の進撃を止めたいと言っていたじゃの?」


「そうですね、向こうにモンスターの大軍が送られてくるのを止めたかったんです」


「ふむ……なら、ここからはモンスターの大軍を止めるのではなく、その元凶を調べるのだな?」


「そうなると思います」


 リッチお爺さんが顎に手を当てた。


「ならば……その前に一つ、行ってみて貰いたい場所があるのじゃ」


「行ってみて貰いたい場所?」


「そうじゃ、戦いとは関係のない場所だが……もしかしたら、この元凶が分かるかも知れない場所じゃ」


「分かりました! ではそちらに行ってみましょう」


「!? クロウくんや、そんなに簡単で良いのか?」


「はい、リッチお爺さんのおかげで扉も全て閉める事が出来ましたし、リッチお爺さんが言うんだから聞いておきたいですし!」


 リッチお爺さんは大きく驚いて、首を左右に振った後、呼吸を整えた。


「そうじゃ、次の目的地は…………扉が存在していた全ての里の中心・・じゃ!」


「中心?」


「ああ、そこはかつて大事な場所とされておったのじゃ…………今はどうなっているかは知らないが……」


「分かりました、ではその中心部を目指しましょう!」


 こうして、僕は全ての里の中心部を目指した。




 ◇




 中心部に辿り着くと、そこには濃い霧があり、向こうが全く見えていなかった。


【クロウくん! ここに『迷いの霧』が出ているわ、『精霊眼』なら見えるはずよ!】


 メティスの助言で、僕は『精霊眼』を全開にした。


 そして――――。


 僕の瞳の向こうに道が見え、更にその先も見えるようになった。


「みんな! 僕に捕まって! これは『幻術』だから離れると危ないからね」


 僕とヒメガミさん、更に左右にナミちゃんとナギちゃんと手をつないだ。


 妹と手をつないで歩いていた頃が懐かしく思う。



 僕達は濃い霧の中を歩き、霧を抜けた。


 そして、抜けた先には――――。



「ぬおおお!!!! なんて痛々しいお姿なのじゃ!!!!」



 リッチお爺さんが一目散に走っていった。


 その先にあったのは――――




 大きな樹木だった。




 ただし、殆ど枯れている。


 『精霊眼』からも衰弱していると見えるくらいには、大変な状況なのが分かる。


 この樹木の凄い所は、その大きさだ。


 空をも埋め尽くす大きさ。


 恐らく、濃い霧がこの樹木を守っていたから、外からは見えていなかっただろう。


 もし見えていれば、僕がこの大陸に入った時点で目にするくらいには大きい。


「リッチお爺さん、この木をご存じですか?」




「うおおおお………………この樹木は…………『世界樹』という木じゃ、『精霊樹』とも言われ、女神様の力の根源なのじゃ」




「女神様!? 精霊!?」


「そうじゃ、かつて、この大陸は美しい大陸であった。その名も『アルテナの大陸』と言われておったのじゃ……この大陸を支えていたのが、この『世界樹』なのじゃ」


 凄い樹木なんだね。


 今は頑張って生き続けているけど……見てるだけで痛々しいのが伝わる。


 僕はおもむろに『世界樹』に手を伸ばした。



 ――ドクン。



 触れた手から、温かい鼓動を感じる。


 ――まだ生きている。


 今なら助ける事が出来るかも知れない。


 僕はそのまま『エクスヒーリング』を使う。



【クロウくん! 待って!】




 メティスの声に、『エクスヒーリング』を止めた。


「メティス? どうしたの?」


【お願い……その木はまだそのままにしておいて欲しいの】





 何故メティスが僕を止めたのか。


 僕はその意味を知る事は出来なかった。


 メティスもその理由は教えてくれなかった。



 『世界樹』から手を離した僕に、理由は分からないが、涙が一筋流れた。

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