287.クロウティア

 ◆アリサ◆


 私達は気づかないまま結婚指輪を嵌めていた。


 それを知ってから、既に三か月が経とうとしている。


 この三か月間、私達には絶対にこの指輪を外さないように決め込んでいる。



 三か月。


 不思議な出来事が沢山あった。


 私が住んでいる屋敷に、執務室や私達以外にもう一人が住んでいた形跡があった。


 それはきっと、私達の旦那様に違いないと考えている。


 でも、今でも旦那様は思い出せない。


 本当に私達に旦那様がいたのだろうか?


 でも、一つだけ確かなのは、指輪に触れる度に言葉では言い表せられない優しさを感じる事だった。



 いつの間にか、ソフィアちゃんとも話せるようになっていたり、東大陸のお姫様であるヒメガミさんが屋敷に遊びに来てくれるようになったり、セナさんが何かに追われるように『戦闘隊』を大きくしようとしていたりと……この三か月は、今までの人生の中でも一番慌ただしい期間だった。


 そして、私達は毎日のように集まっては、旦那様について話し合っていた。




 ◇




「それにしても、もし私達に旦那様がいるとしたらとんでもないお方なのね」


 ふと、ナターシャ姉さんが話した。


「だって、そうでしょう? 『聖女』に『英雄剣聖』、『英傑黒銀狼』に『アイドル』……私達は世界で有名な女性ばかりだもの、私達が一人の男性を募っているのは、それほどのお方という事だと思うの」


 確かにナターシャ姉さんの言う通りかも知れない。


 自惚れている訳ではないけれど、ここにいる四人は、世界で最も美や才能を兼ね備えていると言われている四人だ。


 そんな私達が共通の旦那様がいるのだから。



「あ、皆にも話しておきたい事があるんだけど。私、変な夢をみたんだよね。誰かを呼ぶ夢だったんだけど、声が出なくて、その人が悲しそうに私を見ている夢だったんだ」


「あら? それは私が見た夢とも似てるわね」


「えっ? 皆さんも? 私も似た夢を…………」


 ナターシャ姉さんにセナさん、ディアナちゃんが見たという夢。


 実は、私も見ていた。


「私もです。私が呼んでいたのは……綺麗な人でしたけど、女性……なのかな? とにかく必死に呼ぼうとしてましたね。確か、私の声は『ク』と呼んでましたね」


 悲しげな表情の美しい彼女を、私は夢で必死に呼んでいたのを覚えている。


 あまりに鮮明な夢で、今でも覚えているくらいだ。


 私が叫んでいたのは「く」と叫んでいた。


 どんな意味があるんだろう?


「『く』? 私は『て』だったわ」


「『く』と『て』ですか? 私は『う』でした」


「みんな違うんだね? 私は『ろ』だったかな?」


 ナターシャ姉さんが『て』、ディアナちゃんが『う』、セナさんが『ろ』か……私が『く』なんだね。



「てうろく?」



「う~ん、みんな同じ夢を見たのも不思議だけど、こうして中身がバラバラ――――」




「これって、もしかして、名前だったり……しない?」




 え?


 セナさんの言葉に、私達は「てうろく」という文字に食い入るように見つめた。


 目の前の紙にそれぞれの文字を並べた。


 『て』『う』『ろ』『く』。


 セナさんがそれぞれの紙を並べ替えていた。


 『ろうてく』。


 『てくろう』。


 『うろくて』。


 それも今一つだった。


 ――――そして。


 「く、ろ、う、て」


 何故だろう。


 私達は皆、涙が止まらなくなった。


 絶対に忘れてはならない事があった気がした。


 思い出せないけど、私達に同じ指輪が嵌められていた事を、私は凄く嬉しく思っていた。


 こんなに素敵な皆さんと同じ男性を愛したのなら、それほど嬉しい事はないと思う。



「ねえ、皆? この文字の列って、きっと名前のような気がするの」


「ええ、私もそう思うわ」


 セナさんの言葉に、ディアナちゃんと私も大きく頷いて返した。


「でも、きっとこれは足りないと思うの」


「私達と同じ夢をみた人を探してみましょう」


 ナターシャ姉さんの案で、私達は手分けして、色んな人達に同じ夢を見ていないか尋ね回った。




 ◇




 一日中、私達は必死に知り合いを当たってみたけど、同じ夢をみた人には出会えなかった。


 私達は落胆して、屋敷で落ち込んでいた。


 その時だった。


「あら? 皆さん、何を落ち込んでいるのですか?」


「美人四人が台無しという所だな」


 レイラさんとヒメガミさんが訪れてきた。


 二人も私達が見た夢は見ていないという事だったよね。


 聞くと、何だか紅茶が飲みたくなって、ここに来たという事だった。


「あ、私ね。変な夢を見たの」


 レイラさんが真剣な表情で話した。


「以前、『スライムランドパーク』に行ったでしょう? あの時、『観覧車』に誰か……男性の方と一緒に乗った夢を見たの」


「へぇ? レイラさんが珍しく、男性の方なんて……」


 実は、レイラさん。


 男性を毛嫌いするので有名なお姫様だった。


「それが私も不思議でね。その方を膝枕までして……ずっと頭を撫でてあげてましたの」


「それは、不思議な夢だね」


 セナさんがクスっと笑った。


「ずっとその方の名前を呼んでいたのだけれど……名前は覚えてなくて、ずっと『い』と呼んでましたわ」


「『い』?」


 あれ?


 レイラさんも名前を一文字で呼んだ?


「あ、私も夢の話をしにきたんだ。君達が話していた夢はみていないが、私も誰かを呼ぶ夢を見たんだよ」


「ヒメガミさんも?」


「ああ、みんなも知っているように、私は定期的に火ノ神カグツチの力を解放しなくちゃいけなかった。それをたった一回の神術で解放出来るほどの火の神術を使ってくれる男性がいたのさ」


「それはまた凄いですね。私の『聖なる炎』でも、数回は掛かりましたよね」


「そうなのさ。そんな男性を私はずっと追いかける夢を見たんだよ。ずっと『あ』と呼んでね」


「『あ』?」


 ヒメガミさんと私の話を聞いていたセナさんが、何かを思ったのか、その『い』と『あ』を紙に書いて、先程作った紙と並べた。


 ――そして。




「く、ろ、う、て、い、あ」




 涙ぐむセナさんの声が響いた。


 何でだろう……。


 物凄く懐かしい響き。


 私は……私達はその名前を知っている。


「「「くろうてぃあ」」」


 私達の皆、口が揃った。


 そして、私達の指輪が光り始めた。











「おかえり、くろにぃ」


「みんな、ただいま、それと、ごめん、ありがとう」




 私達は、目の前に現れた『光』に抱き付いた。

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