249.イカリくんの姉

「久しぶり、あんたが一人でここに来るなんて珍しいわね?」


「うん。今日は姉ちゃんに用事があったから」


「そうみたいね。それで? 用事って何かしら? デートとか?」


 彼女は少し照れながらそう話した。


 でも、ごめんなさい。


 デートとか……僕なんかとデートしても面白くないでしょうし。


「今日はとある方に会って欲しいの――――――シャル・ハイランド姉ちゃん」


「なっ!? どうしてその名を!?」


 驚く彼女に、僕は全ての事情を説明した。




 ◇




「い……かり、ふぃ……あ?」


「はい、メーアさんの息子さんのイカリフィアくんの友人です」


 彼女の虚ろな瞳がほんの少し揺れた。


「それに、今日は僕より会って欲しい人がいるんです」


「い……かり……」


 メーアさんは小さく呟いていた。


「イカリフィアくんの……イカリくんの姉、メーアさんの娘の――――シャルさんです」


 シャルという言葉に、彼女の瞳に少し生気が戻った気がした。


 僕の隣に、いつもの格好のシャル姉ちゃんが立った。


 イカリくんとそっくりな赤い髪、薄赤の瞳、何処か似てる顔立ち。


 そして、その全てがまた、目の前のメーアさんに似ている。


「お、おかあ……さん?」


 シャル姉ちゃんの声にメーアさんの瞳に生気が戻った。


 メーアさんは何かを呟きながら両手をシャル姉ちゃんに伸ばした。


 僕はそっとシャル姉ちゃんの背中を押してあげた。


 そんな彼女達とルイトさんを残し、僕は部屋の外に出た。


 家族の事で僕がどうこう言うのは違うと思うから。


 ルイトさんの事、メーアさんの事、それをどうするもシャル姉ちゃん次第だと思う。


 でも、シャル姉ちゃんなら、あの孤児院で育ったシャル姉ちゃんなら、きっと大丈夫だと思う。




 ◇




 ルイトは現在、自分の妻と娘の前に土下座をしていた。


 十数年ぶりに意識が戻った妻と、あの時――――自らの手で捨てた娘だ。


 彼は彼女達に必死に謝った。


 自分がした事、全て悔やんでも悔やみきれない程、涙を流しながら、彼は彼女達に謝った。


 きっと、受け入れてくれるまでは膨大な時間がかかるであろう。


 だが、ルイトはそんな彼女達に生涯をかけ、謝り続けるであろう。




 ◇




 部屋を出たシャル姉ちゃんは、目が真っ赤だった。


 恨めしそうに僕を睨むと、「帰して」って一言だけ言われたので、エドイルラ街の孤児院に戻って来た。


 戻って来た彼女は、孤児院に走って帰って行った。


 帰り際「ありがとう」と共に。





 ◇




 あれから『女神教会』に一人のシスターさんが増えた。


 僕の紹介もあったけど、セシリアさんも喜んで承諾してくれた。


 彼女はセシリアさんから短い間だったけど、研修を受けた後、エドイルラ街の孤児院に派遣となった。


 既に孤児院は住民達からも蔑まれる事なく、寧ろ交流も多くなっていた。


 そんなエドイルラ街の孤児院に名物が生まれた。


 赤い髪をした笑顔の眩しいシスターと、同じ赤い髪をした明るい女性が一人。


 二人はエドイルラ街の孤児院の名物『母娘』と呼ばれ、多くの人々に親しまれるのであった。




 ◇




「って! あんた、また遊びに来たの!?」


 今日は僕の奥さん未来の達が挨拶したいとの事で、皆で一緒にエドイルラ街にやってきた。


 皆、メーアさんに挨拶をして、それぞれ孤児院での時間を過ごした。


 ディアナは慣れたように、元気にはしゃぐ子供達に混ざり、駆けっこなどをして遊んでいた。


 リサも何故か慣れたように、幼児の所に一目散に向かっては、すぐに子供達も仲良くなっていた。


 セナお姉ちゃんはアタフタしていたが、変な仮面を被っているからとからかわれ、すぐに男の子達から人気者となり、一緒に遊んでいた。


 あ、セナお姉ちゃん! 枝で遊ぶのはいいけど、子供達は斬らないでよね!?


 ナターシャお姉ちゃんは、年上の女子達に圧倒的に人気だった。


 既にアイドルとして有名だから、中には感極まって泣き出す子も多かった。


 アイドルになる方法や話しを熱心に聞いていた。


 レイラお姉さんは珍しい事に、シスターアングレラと何かを話していた。


 もしかして、知り合いなのかな?



 ぼーっと皆を眺めていると、シャル姉ちゃんが近づいてきた。


「はあ、皆――――あんたの奥さんになるんだって?」


「えっ? あ、うん」


「そっか……ディアナちゃん、幸せそうだったよ?」


「そうか……それならいいけど……」


「何よ」


「だって、僕なんかと……」


「はあ、あんた、まだそんな事言っていたの?」


「ええええ!?」


 シャル姉ちゃんは両手で僕の頬っぺたを挟むと、「私もあんたの事は好きだったよ、でも私じゃあの中には入れそうにないわ。だから――――う~~~んと幸せになって貰わないと困るからね! 自信持ちなよ、あんたは世界で一番良い男なんだから」と言って、向こうに走って行った。


 あはは……何だか、僕が元気貰っちゃったね。





 イカリくん。


 君のお母さんとお姉ちゃんは幸せに生きています。


 今頃、君も天国で幸せになっていますか?

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