第64話 決算と商会と資産

 この一か月で色んな事が起きて、アカバネ商会は忙しい対応に追われている。


 そしてあと数日で『賢者の石』という宝石を預けた領主さんとの取引が行われる。


 そんな折、本日アカバネ商会一周期の決算会議が行われた。


 ダグラスさんから必ず参加して欲しいとの事もあったので、僕も参加している。


「では、アカバネ商会一周期の決算会議を行います」


 ダグラスさんの挨拶から会議が始まった。


 会場には各支店長や各隊長達が集まっている。


 会議が始まり、各分野でどれくらい利益に上がったとか、資材はこのくらいの量とか等の報告があった。


「以上、買取をメインとしていましたが、魔道具の力により水の販売やシャワーの売り上げ、お客様満足度も高いことも相まって買取した分以上に儲けを出しました。給金や経費、来期の予算等の固定費を差し引いた総額は――――――金貨3000枚でございます」


 おお! 凄い! 買取専門店のつもりだったけどそんなに稼いでいたとはね。


 最早買取専門店ではないかもね。



「クロウ様、我々が未熟なばかりに金貨3000枚しか稼ぐ事が出来ず、申し訳ございません。今期は土地や建物の購入が多かったので、来期ではこの10倍、いえ100倍を目指し、従業員一同努力致します」


 とダグラスさんから言われた。


「へ? いやいや、みなさんの努力は既に分かっていますし、寧ろ買取が主軸で金貨3000枚もの利益を出したんです! みなさんの努力の賜物です! 僕はとても嬉しいですよ」


 そう言い、僕は嘘のない笑顔を見せた。


 だってそもそも金貨100枚資産があって、それを使おうとしたはずなのに、減らないし、資産はどんどん増えるし、ダグラスさんを始め従業員の皆さんの頑張りがなければこれ程利益は出なかっただろう。


「クロウ様……ありがたき幸せでございます」


 従業員の全員が跪いた。


 えええええ!?


 そこまでしなくていいんですけど……。


「あはは……こちらこそ感謝したいです。これからもアカバネ商会を大きくしてください! 僕も皆さんと共に頑張りますから!」


「「「「ははっ」」」」


「それではクロウ様、資産のスペースから金貨3000枚を移動して頂けたらと思います」


「へ?」


 えっ、ダグラスさん何言ってるの?


「ダグラスさん? 金貨3000枚を何処に移動するんですか?」


 何か別なスペースが欲しいのだろうか?


「はい、金貨3000枚はクロウ様のモノですので、この『資金』スペースから動かして頂けた方が良いかと」


「え!? 金貨3000枚が僕のなの!? どうして?」


「はい? どうしてってどういう事でしょうか?」


 ダグラスさんが不思議そうに僕を見ていた。


 いや、僕の方こそ何を言っているのか分からないよ。何で会社の資金を僕に渡すんだろう?


「だって金貨3000枚って『商会の資金』でしょう? どうして僕のモノになるんですか!?」


「はい? この金貨3000枚は配当金・・・でございますよ?」


「配当金??」


「はい、このアカバネ商会の資金は全てクロウ様の投資から始まっています。ですので従業員の給金や経費等の固定費を引いた資金は全て投資者へ還元されます。アカバネ商会は全てクロウ様のモノですので全額となります」


「ええええ!? そんな仕組みがあったんですか!」


「はい。寧ろクロウ様は……そのためにアカバネ商会を大きくしたのではないのですか?」


 いえ、全然違います。ただ全土にアカバネ商会の名前を広めるだけでいいんです。


「えっと……僕はそのためにアカバネ商会を手助けしてきたのではないんですが……」


「そう……でしたか…………クロウ様にはクロウ様の目的があるのなら、それはそれで宜しいかと、アカバネ商会の従業員一同クロウ様のためになりたいのですから」


 と、ダグラスさんは少し息を整えた。


「ですがそれとこれは別でございます。まずは配当金を受け取ってください!」


「いやいや! そんな大金貰っても困りますよ! 寧ろアカバネ商会の資金にしてください!」


「!? ……いいえ! これはクロウ様の正当な配当金になります! 受け取って頂きます!」


「ッ! でも資金のままにしてくれた方が僕は良いと思うんです!」


「いいえ! これは従業員全員の意見ですから早く受け取ってください!」


「嫌です! ……ん! この分からず屋!」


「それはクロウ様です!!」




 ◇




 ◆ナターシャ・ミリオン◆


 私は今、世界で最も不思議な喧嘩を眺めているわ。


 商会の一周期決算会議。


 そもそも多くの商会は立ち上げる時に投資家と言う存在がいる。


 その投資家達の投資金額で彼らには『配当権』と言うのが渡される。


 そして毎年の固定費用を引いた残り利益を配当する事になっている。


 うちのアカバネ商会のように投資家が一人の場合は『オーナー』という扱いになり、商会の全てを決める権限を持つ。


 もちろん毎年の残り利益を全額『オーナー』が貰うのは当たり前の事なのだ。


 しかも基本『オーナー』の商会の場合、従業員の給金等もオーナーが全て決める。つまり固定費も込みで全額決める権利があるのだ。


 しかし……うちのオーナー様はとんでもない事を言い出したわ。


 そもそも給金も破格な金額で、奴隷達ですら従業員として扱って貰えてて、休みもいっぱいあり、凄く使いやすい魔道具を数々作っては商会に配置してくれるにも関わらず、配当金を受け取らないという……クロウくんは……本当凄いわ。



 そして目の前に頬を膨らませて怒っているクロウくんと初めてクロウくんに怒ってる姿を見せるダグラスさんが喧嘩をしている。


 普通ならば、固定費をもう少し上げてくださいと『オーナー』に嘆願する事がある。


 いや、寧ろ『オーナー』商会は殆どがそうなるはずだ。


 なのに――この人達は逆に資金を貰ってくれと――貰いたくないと――。


 こんな喧嘩が世界に存在している事が不思議だわ……。




 しかしこのままでは決着が付かなさそうなので、私が口出しをしてみる事にした。


「こほん、クロウくん? 発言良いかな?」


 頬を膨らませた可愛いクロウくんがこちらを見る、本当にこの子は……可愛いわね。


「はい! ナターシャお姉ちゃん!」


 あはは……何か期待を込められた目で私を見てるけど、ごめんね? 今回は私もダグラスさん味方よ。


「クロウくん。まず私の説明を聞いて貰いたいの。商会を立ち上げる際の投資家が一人だった場合は投資家は必ず『オーナー』となるわ。これは王国だけでなく大陸全土の法なの、そしてオーナーとなった者は商会を自由にする権利があるの。なのでまずこの商会はクロウくんのモノそのものなの」


 クロウくんがキョトンとした顔になったわ。


「そして、『オーナー』の決まりによって給金等が決まる……つまり、固定費も全て『オーナー』が決めるのが当たり前の権利で、『オーナー』にしか決められないの。だからアカバネ商会の給金ってクロウくんが決めたでしょう? それはつまり固定費も残りの利益も全額『オーナー』のお金なの、そもそもそれは商会のモノではなく『オーナー』のモノなのここまでで何か質問ある?」


 クロウくんが首を横に振った。


「そもそもアカバネ商会の従業員の給金はとても高いの、しかも奴隷である者も従業員として扱い給金が出るのは多分うちしかない。更に休みも多くあり、何よりクロウくんが配備・・してくれた魔道具の数々……こんな働き易くて楽しい商会なんてうちくらいだわ。

 そういう事もあり従業員一同、クロウくんのためにこの商会を大きくしたいと日々努力しているわ。もしクロウくんは違う目的があると言うならそれもいいけれど、私達には数えきれない程の御恩があるから、クロウくんに返せるのはこの配当金しかないの…………」


 クロウくんが真剣に聞いているわ。


「だから、出来れば配当金はしっかり受け取って欲しいの。これは元々クロウくんのお金ではあるけれど、私達が頑張った結果として、増やした資金をクロウくんに受け取って欲しい、私達はそれしか出来ないから、でもクロウくんが受け取ってくれないとなると私達はどうやって頑張って返せるか分からなくなるわ」


 クロウくんが少し申し訳ない顔になったわ。


「なので受け取って欲しい。そしてこれは私の一つ提案なんだけど、クロウくんのお金をどうしようと・・・・・・クロウくんの自由なの……場合によっては『オーナー』は自分の商会を大きくするためにもっともっと投資してくださる方もいると聞くわ。でもそれを決めるのは『オーナー』だけだから私達は毎年決算で必ずクロウくんに利益を渡すね? ちゃんと受け取ってくれるよね?」


 私はそう言いながらクロウくんをしっかりも見つめた。


 クロウくんが何かを決心した顔で頷く。


「――――みなさん、我がまま言ってごめんなさい。ダグラスさんもありがとう。みなさんが一生懸命に働いてくれて増えた配当金はしっかり受け取ります。これからもずっと、だから……みなさんありがとう! これからもアカバネ商会のために……僕と一緒に頑張ってほしいです」


 うん、やっぱりクロウくんが賢いね、私達が一番欲しかったのは……うん、それだよ。


 これからも一緒にね。


 クロウくんの言葉が終わると、会議室の全員跪いた。私も、そしてきっとここにはいないけど会議を聞いている従業員達も。

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