第62話 領主の交渉

 ◆テルカイザ共和国のとある領主◆


「ギムレット様……遂に貯金が底を尽きてしまいました…………」


「そう……か…………我バレイント家の夢であった事業がここに来て…………」


「申し訳ございません……まさかこれ程までに資材の値段が上がるとは思いもしませんでした……」


「いや、セバスの所為ではない、これも僕が大勢を読めなかったからだ……あの商会……『アカバネ商会』さえいなければ……」


 悔しそうに二人は俯いた。


 アカバネ商会の出現。


 それは多くの業界に大きな変化をもたらした。


 それは主に悪い・・方向に働いた。


 アカバネ商会の格安購入という商売は、わざわざ相場よりも安く売るなんて馬鹿のする事だと思われた。多くの商人や貴族達はそう思っていたのだ。


 しかし、その商売力は驚異的なものだった。


 『アイドル』というものをつくり、彼女に貢がせるやり方。


 まさか、それが大ヒットし、ほとんどの物流がアカバネ商会に流れる。


 それを何とか阻止しようとアカバネ商会より高く買う事にした。


 しかし、アカバネ商会の理念はあくまで、相場より・・も安くだ。


 アカバネ商会の買取値もどんどん上がった。


 結果的に元々資材を売っていた者達がアカバネ商会を離れる事はなかった。



 それで起きたのが――資材値段の高騰だ。



 誰もアカバネ商会以外には売りたがらない。


 それで起こったのは今まで買えてた資材が3倍以上の高額な値段になってしまった。



 そして、このバレイント領で行っている大型事業の大橋建設事業でも例外ではなかった。


 もう百年前から続いている事業で、その成果がようやくあと3年となっていたのだ。


 しかし、あと3年分の資材が問題となった。


 資材が全く買えないのだ。


 高騰した資材は値段もそうだが、そもそも量が回らない。


 彼らは必死に資材をかけ集めるも、長年貯めていた全ての資産を使い果たしてしまう。


 あと少し……。


 先祖代々受け継がれた事業は今まさに風前の灯火状態だった。


「もう売れる物は…………これしか残ってないか」


 領主ギムレットの手には赤く光る大きな宝石が入った箱を見つめる。


 代々伝わる宝石。


 それを売ってでもこの事業は完成させねばならない。


 バレイント領は共和国でも有名な田舎・・領だ。


 他領までの道のりがとても遠い。


 だが、大橋が完成すれば隣国グランセイル王国との物流が生まれるのだ。


 それが隣国グランセイル王国発祥の商会に潰されようとしている皮肉な現状であった。




 ◇




 ディゼルさんから大至急来て欲しいと連絡があった。


 ホルデニア支店へ行き、ディゼルさんに向かう。



「オーナー、急な件、申し訳ありません」


「いいえ、全く問題ありません。それでどうしたんですか?」


 ディゼルさんは一際大きい赤く光る宝石を出した。


「これでございます」




 ◇




 ◆2時間前のホルデニア支店、ディゼル◆


「ディゼル様、隣国の領主ギムレット様からお見えになりましたが、いかがなさいますか?」


「ん? 隣国の領主様が? ――――無下にするわけにもいくまい。通してくれ」


「かしこまりました」


 通されたのは、30代くらいの若い男性だった。


 妻と執事と来たとの事だが、2人は来賓室で休んで貰っている。


「本日は急な訪問にも関わらずお会い出来感謝致します」


「こちらこそ、遥々このような場所まで」


 彼は見た目から好印象ではあった。


 優しい顔からは良い領主に見える。



 そんな領主は一呼吸を置き、口を開けた。


「実は……私の領内でとある事業を行っておりまして」


「はい。存じております。たしか大橋の?」


「ご存じでしたか。はい。その事業でございます」


「あれは私が生まれる前から続いていると聞いた事がございます」


「はい、丁度今から百年前からです」


「百年ですか……それは気の遠くなるような日々ですね」


「ええ……」


 領主はどこか寂しそうな顔になる。


「実は、その件で問題がございまして」


「そうですか。どのような?」


「はい、アカバネ商会様の買取のおかげ・・・で資材を買えなくなってしまったのでございます」


「ふむ……」


「事業に必要な資材が買えない値段になってしまいました。ですので是非ともアカバネ商会様から少しこちらに還元して頂ければと思って、お願いに参りました」


 ふむ……そうと来ましたか。


「では、失礼ですが、我々のアカバネ商会よりも高く買えば良いのではありませんか? 我々商会は決して法外な値段で買っている訳ではないのですが」


「はい、存じております。問題は…………誰も売ってくれないのです。売ってくださる方は相場の3倍4倍と高額…………」


「お言葉ですが、領主様。物の値段というのはその時その時の相場がございます、一時相場が3倍に上がる事だってございます。それを我々のアカバネ商会の所為と言うのは……多少失礼なのでは?」


 そう言い、私は彼を睨み返した。




 ◇




 ◆2時間前のホルデニア支店、領主ギムレット◆


 賭けに失敗してしまった。


 目の前の支店長というディゼル殿。


 隙のない目をしている。


 彼からすれば、僕なんてただの世間知らずの小僧に見えるのだろう。


 それでも、僕はここから更なる賭けに出なくてはいけない。


「では……アカバネ商会様からの援助・・も頂けないでしょうか」


 ふむ、と彼は少し考え込む。


「まず、それは出来ないと答えましょう。一つに私にそこまでの権限がございません。一つに我々商会は慈善団体ではありません。利益が産めないものに投資は出来ません」


「――ッ、利益ならあります! 大橋が完成すればこれまで以上に貿易が盛んになりましょう。今のように遠くを移動する時間も大幅に減ります。そうなれば税収も上がります! もし資金が欲しいならその後に……」


 黙々と聞いていた彼が口を挟んだ。


「ギムレット様、まずその大橋はこれまで百年掛かったと仰いましたね? 後どのくらい掛かるかは存じませんが、不確定要素で商売は難しいのでございます。それに仮に完成した後に回収と仰いましたが、それもまた不確定要素でございます。不確定要素にただ投資するには難しいのでございます」


 彼の言い分もごもっともだ。


 しかしそれも予想済みだ。


「…………私はバイレント家に生まれた時から両親に言われ続けて来ました、大橋はきっと領民を豊かにすると」


 彼は黙々と聞いてくれる。


「最初は何故あんな事業に命を掛けているか……それが理解出来ずにいました。それから大人になり、大橋で働いてくれている職人さん達や先祖達は何を目指したのか分かった気がしたのです」


 僕は真っ直ぐ彼を見つめた。


「次世代の子供達へ夢を見せたい、そう思ったんです」


 一度大きく深呼吸し、息を整える。


「この言い方は……少々狡いと思いますが……我々はアカバネ商会に対して敵対しているわけでも協力しているわけでもありません。それなのに我々は……アカバネ商会の被害者でございます。勿論これもアカバネ商会からすれば関係のない話かも知れません。ですが間接的に被害があったのです。ですので……」


 僕はディゼルさんの前に箱を出した。


「この『宝石』を買って頂きたい……、出来れば、資材込みでお願いします」


 恐らく、アカバネ商会は手に入れた資材を外には売っていないはずだ。


 もし売ってくれと頼んでも売ってはくれないはずだ。


 だから、高額品を資材込みで買って貰う事に賭ける。



「この『宝石』は……初めて見る品ですね」


「はい、普通の『宝石』ではありません」


 彼の食いつきも良い感じだ。


「こちらはバレイント家に代々受け継がれてきた『宝石』です」


「ほう……代々受け継がれてきた『宝石』を売り出すのですか?」


「……ええ。先程も話したように、この事業は次世代へ夢を見せたい。いえ、見せなければいけません。ですから受け継がれし物とこれからの未来を変えたいと思っております」


「ふむ、ギムレット様の覚悟はしかと受け取りました」


「ありがとうございます。その『宝石』は我が家では――――――『賢者の石』と伝わっています」


「け、『賢者の石』!?」


 さすがの彼も驚いた顔になる。


 それもそうだろう。


 『賢者の石』は錬金術の最高傑作と言われている。


 『賢者の石』一つで国が滅ぶとも言われているのだ。


「ディゼルさん。こちらの『宝石』は確かに『賢者の石』とは伝われてはいますが、これは本物かは僕にも分かりません。それも込みでこちらの『宝石』をお預け致します。これが買うに値しましたら購入を考えてください。そして調べるにも費用は掛かると思います、調査費用も込みでの買取で構いません」


「……覚悟の上との事ですね?」


「……はい」


 彼は小さな溜息を吐いた。


「かしこまりました。私の完敗でございます。この依頼は私ディゼルが責任を持って承ります」


「ありがとうございます」


 彼が小さく笑う。


「ではギムレット様。一か月程時間を頂きましょう」


「分かりました。一か月後に再度お伺い致します」


 そして、僕は先祖代々受け継がれてきた『賢者の石』をディゼルさんに預け、バレイント領へと戻っていった。

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