第52話 人喰い伯爵
◆アーライム帝国の帝都グランド城内◆
一人の鍛え抜いた身体の男性が急ぎ足で城内を走っていく。
「アデルバルト殿、何事でございますか」
そこは帝国の玉座前だ。
基本面会の許可がない者が立ち入れる程優しい場所ではないはずなのに、彼は構わず入ってきたのだ。
そんな彼の名は『アデルバルト・ドラグナー伯爵』。
帝国伯爵のうち一人、『戦慄の伯爵』の異名を持ち、その力は帝国でも有数の戦力である。
「これはこれは、かの有名な『人喰い伯爵』様ではありませんか~」
皮肉たっぷりと話すのは帝国内最大派閥を持っている帝国宰相『ムレスナティ・デグレード』だ。
「デグレード宰相……」
アデルバルト伯爵にはもう一つの通り名がある。
それが『人喰い伯爵』だ。
何故そう呼ばれているか、それは彼が多くの奴隷を買っているからだ。
その奴隷達は全員伯爵の屋敷に連れていかれ、その後誰も彼らを見た事がないという。
彼が屋敷の地下で人肉を食っているとの噂が広まったのだ。
何故なら……それほどまでに彼は強かった。
強すぎるが故に、普通の方法で強くなったのではないという根拠のない噂がひとり歩きし、最終的には彼が人を食っていると噂され、今では『人喰い伯爵』で有名だ。
「陛下、アデルバルトでございます」
アデルバルト伯爵は玉座の前に跪いた。
そして、
「遂に、見つかりました」
その一言に皇帝カイザ・インペリウスが驚き立ち上がった。
「分かった、これから執務室へ行く、アデルバルト同行せよ」
「ははっ」
そう言い、皇帝カイザとアデルバルト伯爵が皇帝の執務室へ消える。
それをデグレード宰相が悔しそうに眺めていた。
◇
◆皇帝カイザの執務室◆
「それで、アデル、見つかったというのは本当か?」
あまり表立っていないが、皇帝カイザとアデルバルト伯爵は同級生にして友人でもあった。
「陛下、遂に可能性を見つけました」
「そうか、それで? どんな方法で治せるのだ?」
「それが……申し訳ございません陛下、陛下にもそれを話す事は出来ません」
皇帝が驚く。
彼は自分にとって一番の友人であり、腹心だと知っているからだ。
そんな腹心の一人が、自分にさえ言えないという。
「陛下……明日正午に施術を行います。ですがそれは私一人で行わせて頂きます。陛下も立ち合いはご遠慮くださいませ」
そう言い深々と頭を下げた。
この腹心が自分にとって一番の信頼している部下だ。
事が事であっても部下を信じるのも時には王としての決断が必要だ。
「……分かった。アデル、われは…………お前の事をこの世で最も信頼している。そんなお前だからこそ、今回の事をお願いしていたのだ。だから最後まで信じよう。但し、これは命令だ」
皇帝は立ち上がり、アデルバルト伯爵へ近づいた。
「絶対に……レイラを頼んだぞ!」
「ははっ、この命に代えてもレイラ皇女を必ず助けてみせましょう」
◇
アーライム帝国の現皇帝カイザ・インペリウス――。
彼には皇帝としての才能があった。
しかし、今の帝国は過去の戦争の影響から帝国内で反乱が続いている。
その反乱を鎮めるため、腹心であるアデルバルト伯爵と共に多くの反乱分子を制圧してきた。
そんな中、とある王国の生き残りを制圧した際、その王国で伝わる秘伝の魔法により、皇帝に呪いを掛けられた。
しかし、類まれな才能がある皇帝にその呪いは効かなかった。
皇帝カイザはアデルバルト伯爵と共に切磋琢磨していた帝国学園で出会った女性、オリビア子爵令嬢に一目ぼれし、彼女を娶った。
それからすぐに即位したものの、オリビアは男児二人を産み、三人目に女児を産んで命を落とした。
そして、その日はやってきた。
皇帝カイザが呪いを跳ね返したその日。
その呪いがあろうことか、本人ではなく、皇帝カイザの子供に跳ね返っていた。
それは死んでもなお術を掛けた元王国生き残りの執念だったのだろう。
その呪いは皇帝カイザの子供の中で一番弱かった当時4歳の、まだ職能開花すらしていない娘に掛かってしまった。
それが、皮肉にも呪いが掛かったと同時に彼女は職能開花をしたのだ。
もし、職能開花が少し早かったら、彼女は呪われずに済んでいたはずだ。
それ程までに彼女は高い職能の開花をするのだが、その前に呪いに掛かり倒れてしまった。
帝都に帰還した皇帝カイザは自分の愚かさを悔やんだ。
一日も早く、平和な帝国を娘に見せたかった。
その一心が、最も愛する娘に呪いを掛けてしまい、そこから皇帝カイザの悲しみが始まった。
現聖女と呼ばれている者を呼んだが、彼女でも治せない呪いだと知った。
彼女は今の全世界で最も優れた治癒者だ。
彼女が駄目なら一体誰が治せるというのだ……。
それから皇帝カイザは姫の病気を治してくれた者に帝国の貴族権利と賞金白金貨100枚を掛けた。
あれから3年が経過した。
3年間誰も治せなかった。
姫は高い職能のおかげで3年も生きながらえた。
しかし、もう今日明日には散る命。
3年前、どうか姫を治す方法を探して来て欲しいと頼んだ最高の親友が、今日戻ってきた。
遂に、見つかったと。
詳しくは言えないと言うが、それがどうした。
皇帝カイザは娘の呪いさえ治ればそれで良かったのだ。
明日には散るやも知れぬその命だ。
最愛の娘を信じ、最高の親友を信じる皇帝カイザであった。
◇
◆5年前の帝国グランド城内◆
アデルバルト伯爵は生粋の戦闘人だ。
若い頃からその強さは見張るものがあり、同年代では敵無しだった。
名門ドラグナー伯爵家に生まれた事もあり、彼はどんどん強くなるのであった。
そんな彼は学園時代に友人のカイザと出会う。
それは彼の人生の全てを変えた。
カイザは次期皇帝と言われる程に多才な男だった。
そんな彼には自分と同じ悩みがある等、思ってもいなかった。
――悩み。
それは強すぎるが故に人を殺めても何も感じない事だった。
本当は優しい性格な彼にはその事だけがどうしても嫌で仕方がなかった。
それからカイザと友人となり、彼の事を知り、自分を知って貰った。
「君は優しすぎるからな。自分が人を殺めて悲しんだりしたらそれを悲しむ人がいるから君は悲しむ事が出来ないのだね」とカイザから言われた時、救われたような気がした。
それからアデルバルトは幾つもの試練を超え、カイザは皇帝に、アデルバルトは現伯爵となった。
それから数年後、皇帝カイザの長女、レイラ皇女。
彼女が3歳となり、城内を駆け回る程になった。
その日、アデルバルト伯爵は花壇の前に座り、思いに更けていた。
最愛の皇后陛下がお亡くなりなってから、皇帝は反乱分子の制圧を精力的に行っている。
自分もその隣に立ち、多くの人を殺めているのだ。
そんな中、レイラ皇女がアデルバルト伯爵へ近づいてきた。
「あでるはるとはくしゃくさま~ごきげんうるわしゅ~」
まだ拙い言葉で挨拶をする皇女。
「皇女殿下、お久しぶりでございます」
皇女の世話をする女官達は伯爵を怖がり近づいてすらこない。
「はくしゃくさま~ここでなにしてるの?」
首を傾ける仕草がとても可愛い。
「少し疲れたので、ここで休憩をしていたところでございます」
ふ~ん、と言い、彼女は興味がなくなったようで走って行った。
それから数分して、皇女が戻ってくる。
「はくしゃくさま~このはなあげる~」
彼女の手には綺麗な白い花が二本あった。
「においをかぐとつかれがとれるって、まえおとうさまがいってたの」
それは精霊花と呼ばれ、帝国城内の庭園で育てている貴重な花だ。
「もういっぽんはおとうさまにあげる!」
その花の匂いを嗅ぐと疲れが取れた気がする。
「でもね、はくしゃくさま~つかれたらやすむのがいちばんだって! またわたしとあそんでください!」
アデルバルト伯爵はその風貌から皆が恐れる中、皇女は構わないという。
「皇女殿下は私が怖くありませんか?」
そう尋ねると、皇女は満面の笑みで
「うん! だってはくしゃくさま、すごくやさしいにおいするから! だいすき!」
アデルバルト伯爵は今まで誰からも怖がられてきた。
そんな彼に無邪気な笑顔でそう言ってくれた皇女。
アデルバルト伯爵はその笑顔を守ると誓った日であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます