第37話 奇跡

 ◆ダグラス◆


 二週間前、オーナーから貿易街ホルデニアの老舗買取の件を伝えた時、購入する際にお金ではない別な条件で購入出来るならそうしても良いと言われた。


 オーナーから提示されたのは『どんな病気でも治せる薬』『簡単に強くなれる薬』『知りたい知識』とのこと。


 二番目と三番目は何となくオーナーなら出来るだろうと思えた。


 何せ、オーナーからは補助魔法を無期限掛けれると言われ、今の俺達にはオーナーの補助魔法が掛かっている。


 アヤノからは今まで見たどんな魔法使いよりも超越者の強さを持っているという。


 そもそも『次元袋』を作れるだけでもとんでもないのに、『遠話の水晶』まで出された時はオーナーが特別な方なのは間違いないだろうと確信していた。



 そして最も気になったのは、『どんな病気でも治せる薬』だ。


 一見、これは『どんな病気にも効きやすい薬』に聞こえるが、あのオーナーの事だ。


 本当に『どんな病気でも完治させる薬』に聞こえてしまうのだ。


 そして、ミリオン商会の商談の時、オーナーは世界でも数人しか使えないという『ハイヒール』をいとも簡単に使われた。


 あれを見せられたら、『どんな病気でも完治させる薬』が作れると言っても信じるさ。




 ◇




 僕はディゼルさんと契約を交わしたので、すぐさまお嬢様の部屋へやってきた。


「では、これから施術を行いますが、これは見せられないので、皆さんは部屋の外で待ってください」


 そう言うと、ちょっぴり残念そうにダグラスさんとアヤノさんが部屋を出た。


 ディゼルさんからは「よろしくお願いします」と深々と顔を下げられた。


「あ、フネさんは残ってください」


「か、かしこまりました」


 フネさんには残って貰わないとちょっと困るからだ。


 何が困るかって――――フネさんは長い間、お嬢様を看病していたのだろう。


 まだ顔には出ていないが、全身が感染病に侵されている。


 この方も数か月後には動けない身体になるはずだ。


「では、フネさん。これから見た事はこの先、誰にも言わないと誓ってくれますか?」


「は、はいっ、誓います。どうかお嬢様を治してくださいまし」


 フネさん程のメイドさんが仕えるお嬢様って、きっと素晴らしい人に違いないだろう。


 ふと、うちの屋敷のリーナさんを思い出した。


 フネさんも中々素晴らしいメイドさんだがリーナさんも負けないと思う。



「では行います」


 この技を人に使うのは初めてだ。


 技名を声に出すとまずい気がするので、黙って使う事にしよう。


 まず右手に病気用に『エリクサー』、左手に呪い用に『ソーマ』を灯す。


 そしてこの二つを同時に使う。


 『エリクサー』の赤い光と、『ソーマ』の青い光を混ざり合い、お嬢様の身体を包み込んだ。



 - 技『エリクサー』技『ソーマ』の同時使用により、同時使用時には対象が個人から範囲へ効果が上昇します。-



 お嬢様を包んでいた光が部屋中に広がった。




 ◇




 ◆ディゼル・ミリオンの一人娘◆


 3年前、あのデブ…………ディオ様から求婚されました。


 好みではなかったので迷う事なく断りました。


 誤解されないよう言っておきますが、別に体形や顔で嫌いだったのではありません。


 問題なのはあの方の性格です。


 貴族以外は全てクズ呼ばわり、お金の使い方も酷いものです。


 噂では違法な薬まで使用していると聞きます。


 そんな方の玩具になるなんて、耐えられません。


 お父さんに相談した結果、断ることにしました。


 あの時「貴様の一家ごと一生後悔させてやる!」と叫んだのを覚えています。



 学園を終え、やっとあのデブとおさらば出来ると思った矢先――――、あのデブが私の家がある貿易街ホルデニアにやってきました。


 絶対に碌でもないことが起きると思いました。


 残念ながら、その予想は当たってしまいました……。


 我がミリオン商会に数々の卑怯な手、嫌がらせ行為…………それでも2年間頑張りましたが、私が病気で倒れたのを機にミリオン商会はどん底に落ちてしまいました。


 全ては私のせいで、お父さんに迷惑を掛けてしまった事が申し訳がありません……。



 10年前、息子さんが病気で薬が買えない女性に無償で薬を譲りました。


 その時、女性にはとても感謝されたことです。


 半年後、彼女がうちのメイドに応募して来ました。


 名前はフネさんと言います。


 それから彼女は今日まで随分と頑張ってくれました。


 自慢ではありませんが、ミリオン商会は義理を大事にしています。


 彼女のようにミリオン商会に助けられた人もたくさんいて、そのうち数人は今でもうちで働いてくれています。



 私が病気で倒れた後も彼女達はミリオン商会のためにとても頑張ってくれました。


 その中でも一番申し訳ないのはフネさんです。


 どんどん体調が弱くなって、感染病に掛かってしまった私を今でも面倒見てくれて、自身が感染病に掛かっても、それでも辞めず、ずっと面倒を見てくれました。


 10年前にお母さんが亡くなっているので、フネさんは第二のお母さんのような存在です。


 感謝しかありません。


 どうか神様、私の命はもう消えるでしょう。ですがフネさんだけは助けてください。


 私に巻き込まれて亡くなるにはあまりに悲しい……。



 叶う事でしたら、私結婚して子供を産んで見たかったです。


 あの婚約者様は元気にしているでしょうか?


 あのブタに追い詰められ、婚約は解消になりましたね。


 嫌いではありませんでしたが、出来れば王子様のように助けて欲しかったと思います。


 こう見えて、学園では一番の美人だと噂されるくらいには……。


 いえ……そんな事、今では何の意味もありませんね。


 あぁ……もうお迎えが来たようです……何だか暖かくなりました。


 今日までずっと苦しかったんですが、もう何も感じません。


 何だか飛べそうな感じです……天国に行ったらお母さんに会いたいですね……。


 あぁ……もう……そろそろ…………。









「…………タ……!、……タしゃ……!!」


 これは……お父様の声ですね…………最後にお父様の声が聞けて良かったですわ。


「な……しゃ!、なたーしゃ!! ナターシャ!!!」


「あ……れ?」


 何だか重かったはずの目が開けられました。


 微かにお父さんが見えます。


 お父さん…………髪もぐちゃぐちゃで顔は涙でぼろぼろですわ……。


「ナターシャ! おおおお!! 目を覚ました! あぁ神様!」


 えっ? お父さん? 何を仰って……?


「おと……さ……ん?」


 あれ? 声が出せますわ?


 それにあんなに苦しかった身体が何だかとても軽いです。いえ、元気に満ちている、そんな感じがします。


「ナターシャ! 俺が分かるか! おぉ神様、感謝します。娘を助けてくださり本当に感謝します!」


「おとう……さん? あれ? わたし……どうして?」


「お嬢様! お嬢様! 病気から救われたのです! お嬢様!」


「ふねさ……ん? あれ? 何だか身体が軽い……? ちゃんと声も出せますわ?」


「おぉ……ナターシャの声を久しぶりに聞けた、あぁ……ナターシャ……」


 私……助かったのですか?


 こんな奇跡みたいな事があるのでしょうか?


 一体どうやって私は助かったのでしょうか?


 それにしても、今日は本当に幸せな日です。


 またお父様とフネさんの顔を見れる日が来るなんて……。


 あ……涙を……流すのも……久しぶり……ですね……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る