第28話 稽古

 ダグラスさんに僕のお小遣いを全て託した次の日。


 屋敷の庭では相変わらず、お兄ちゃん達が稽古をしていた――――が、お姉ちゃんの姿が見えない。


 あれ? お姉ちゃん何処か具合でも悪いのだろうか? いつもこっそりリフレッシュ・ヒーリングを掛けているんだけどな…………。



 一旦庭に降り、お兄ちゃん達に聞くことにした。


「お兄ちゃん! お姉ちゃんは今日何でいないの?」


「うん? セレナはお父さんと稽古しに訓練所の方に行ったよ」


「そっか! あ、お兄ちゃん達の魔法もう少し強くするね~」


「っ!? ああ、ヘイストか――――ありがとう!」


 お兄さん達には速さに慣れるまで徐々にヘイストの量を上げている。


 でもお姉ちゃんはその二倍も上げているけどね…………。



 訓練所に来てみた。


 外まで激しいぶつかりの音が響き渡っている。


 中に入ると、お父さんとお姉ちゃんの木剣が激しくぶつかり合っていた。


 近くにはお母さんも二人を見守っている。


「お母さん~」


「クロウくん? 稽古見に来たの?」


「うん!」


「それにしても、セレナちゃんがあんなに強くなったとは思わなかったわ、たしかに『剣聖の証』ではあるけどお父さんと戦えるなんて…………」


 あはは……あれは僕の補助魔法がたっぷり掛かっているからね。



 数分間激しくぶつかり合い、「稽古終了!」の合図で一旦休憩となった。


「はぁはぁ……まさかセレナがこんなに強くなっていたとはね……」


「ふぅふぅ……お父様にも勝てると思ったけどな…………」


「セレナはまだレベルを上げていなかったよね?」


「はい、まだお父様の許可が出ていませんから」


「そうよね……レベル1でこんなに強いなんて、『剣聖の証』ってこれ程なのか」


「それは多分違うと思います。お父様とこうやって打ち合えるのはクロウのおかげなんです」


「えっ? なんでここでクロウの名前が? ――――あ、まさか、魔法か?」


「はい! クロウに頼んで補助魔法を掛けて貰ってるんです!」

 

「あぁ……それで……まさかライフリット達も?」


「はい! お兄様達もです!」




 それを聞いていたお母さんが僕に視線を移す。


「クロウくん? 補助魔法って……何かしら? お母さん知らないんだけど?」


 お母さん怖いよ、そんな怖い顔で少しずつ近づいてくると怖いです。


「えっと、『木属性魔法』の補助魔法をお姉ちゃんとお兄ちゃん達で練習してたの」


「『木属性魔法』も使えたのね…………そうか~でもいつ掛けたの? 補助魔法を掛けるタイミングなんて見えなかったけど?」


 お母さんと話していると、それを見かけたお父さんも近づいて来て、聞き耳を立てる。


「お姉ちゃん達に掛けた魔法は先週掛けたかな? あれ? 先々週だったかな?」


「せ。先週!? クロウくん、その補助魔法って一体どれくらい持続するのかしら?」


「持続時間は最大まで掛けたら、補助魔法だと3年くらいかな?」


 但し、神々の楽園アヴァロンは一生続くんだけど…………これはまだ言わない方が良い気がした。


「さ、3年!? 補助魔法が3年…………補助魔法が…………」


 それを聞いたお母さんが天井を見上げた。


 そして、聞き耳を立てていたお父さんが近づいて来る。


「く、クロウ! 父さんにもその補助魔法を掛けてくれるのは……駄目かな?」


「えっ!? いいの!? 僕はお父さんにもお母さんにも掛けてあげたいです!」


 生まれてずっと大事にしてくれた両親に少しでも僕から出来る事はしたいとずっと思っていた。


 補助魔法くらい掛けるなんて何ともない!何なら神々の楽園アヴァロンでも掛けようかしら。


「本当か!? ぜひお願いするよ!」「あ! 私にもね!」


 ニコニコしながらお姉ちゃんが眺めていた。


「んと……どれくらいの量を掛けていいのか分からないので少しずつ試してもいい?」


「勿論だ、そこはクロウの無理のない範囲で頼むよ」「無理はしちゃ駄目だからね」


 こうして今日から家族全員に補助魔法を掛ける事になった。




 次の日


「ねぇ、クロウ! 昨日お父さんとお母さんにばかり魔法掛けたね?」


「あう……お姉ちゃんはもう掛けてるよ?」


「うん、分かってるわ、でもそういう事を言いたい訳じゃないの! 分かる?」


「分かりません!」


 分かりません! 女性の心は複雑って本で書いてあったけど、お姉ちゃんの心が分からない……。


「もう! お父さんとお母さんとばかり遊んで、私とも遊んでよ!」


「!? うん! 何でもするよ!」


「そうか! では……クロウ、私と稽古しよう!」


 えっ……稽古? けいこ? けい……?


「私、剣術の相手はよくするけど、魔法使いと稽古出来る機会がないのよ、でもよく考えたら近くに一番の魔法使いがいるじゃない」


「それが……僕?」


「クロウ以外誰はいるのよ」


「えっと、お母さん? サディスさん?」


「え~どっちも戦闘魔法使いじゃないでしょう! とにかく今から稽古しよう!」


 そうやって無理矢理(?)連れられ、お姉ちゃんと稽古する事になった。


 取り敢えず、お姉ちゃんと僕に最大バリアを掛けておこう。


「よーし、それでは行くよ!」


「あい!」


 合図と共に、お姉ちゃんが飛んでくる。


 速いけど、素早さの数値だけなら恐らく僕の方が高そう?


 お姉ちゃんの剣術を避けながら、木剣で反撃する。


「ちょっと待って! クロウ、何で木剣使うのよ!」


「えっ?」


「私は魔法使いの魔法と稽古したいの! 木剣じゃなくて魔法を使って頂戴!」


 魔法か――――う~ん、仕方ない、あれ使ってみるか。


「分かったよ、次は魔法でいくね」


「そう来なくちゃ! 行く!」


 また稽古が再開され、お姉ちゃんの素早い剣戟が襲ってきた。


「闇の手!」


 僕の周辺に現れた十本の影の手を触手のように動かした。


 ちなみにこの影の手の事を僕は『闇の手』と呼ぶ事にしている。


 カンカンカンカン!


 闇の手とお姉ちゃんの木剣がぶつかりあう。


 闇の手一本でも今のお姉ちゃんより強いけど、まずはゆっくりと三本でぶつけてみよう。


 お姉ちゃんが必死に、だけど楽しそうに闇の手を打ち続ける。


 それから一分後、お姉ちゃんが断念で稽古は終わった。


「その闇の手っていうの凄いわ! 手一本でパワーアップしたお父様くらい強いなんて! なんかずるい」


「え~ずるくないよ、闇属性魔法の一種なんだよ」


「闇属性魔法ね、なんか私が思ってた稽古じゃなかったけど、これはこれで良い稽古になりそうね、クロウ、これから時間ある時は私と稽古ね!」


 お姉ちゃんとの稽古で闇の手を練習出来ると考えたら、これはこれで僕にとってもありがたい限りだ。


 それよりも嬉しそうに笑うお姉ちゃん、うん、世界一可愛い!

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