モッシュの中で縛られて

宇佐木 核

第1話 蜃気楼

 アスファルトから作り出される幻影と今年初めて聞く蝉の声の近く。

一つのオフィスで男2人はそれぞれの思いを駆け巡らせながら話し合いをしていた。

 「本当にいいんですね?」

 「はい、先生を支持する若者は多いですし、女の子にも人気です。先生なら、世界で活躍できるアイドルグループを作っていただけるはずです!」

 「打ち合わせの内容では、すべてのプロデュースを私に一任してくださるような話ですが、、、ほんとに僕の好きな形にしますよ?」

 「はい、是非!先生がうちの事務所と提携を結んでいただき、新しい時代のエンタメを共に作っていきましょう」

 額に汗を浮かべながら、眼鏡の裏で神妙な顔つき、テーブルに肘をつき両手を顔の前で握った小太りな男性と希望に満ちた目をした若々しい青年は話し合いをしていた。

小太りな男は個人で経営している事務所の客室で男と話していた。入り口には『KSG』と記されたロゴが目印となっている。

壁紙にはこの男が作った曲の表紙たちが飾られていた。

すぐ後ろにはMIDIキーボードと大きな27インチの液晶パソコン、それと無造作に置かれたコピー用紙達が多忙な日常を表しているようであった。

 「ぼくねー。昔からモテなかったんですよ」

 「そうなんですか?先生ほどの才能が有れば、モテたろうに」

 打ち合わせ相手が男を持ち上げる。

 小太りの男は左側に置かれたショーケースに移る自身の姿を見て落ち着いた口調で話す。

 「見ての通り顔がねー。顔だけじゃなくて体系から服のセンスまでもすべてか。どうもリアルで女の子が振り向いてくれることはなかった。だからねー、夢だったんですよ。僕が好きな子が、僕のためだけに歌う。僕のためだけに踊る。僕に好かれるための格好をする。僕を神のようにあがめてくれる日々を」

 「は、はぁー?」青年は少し引き攣った顔になったが、男に同調しようと努めた。

 「若林さん。御宅のプリンスカンパニーと契約させていただきます」

 「ほ、本当ですかー!ありがとうございます。早速上司のほうにも伝えさせていただきます」と希望にあふれた顔はより、輝きを放ち小太りの男に感謝を述べた。


 若林が喜ぶのも無理はない。契約を結んだのは、若い層からの支持を集めている時代のカリスマ作曲家であったからだ。『カスガガガp』の名前を聞けば今や知らない人は少ない。ボカロPでもあるが、サブカルチャーだけでは無く、様々なアニメ、ドラマ、CMにも楽曲提供している。また、他の人気アイドル達や著名人にも楽曲の提供やアイデアの提案などを行っており、実績は十分ある。

今回、契約を勝ち取った若林が所属する、プリンスカンパニーの他にも様々な大手プロダクションがプロデューサーの話を持ち掛けた。『カスガガガP』こと春日は、警戒心が強く中々首を縦に振ってくれるまでにはいかなかった。

若林は粘り強く交渉を進め、春日が納得するような条件を会社に持ち掛け続けた。春日はその熱意を感じ取り、何百回と打ち合わせを行った。契約書には

『カスガガガP様を春日P名義で自社と業務提携を結び、アイドルのプロデュース業すべてを一任する。該当業務に関する人員を自社から派遣すると共にその他プロデュース業に関するサポートを行っていく』の一文が入っている。


 幼いころから自分の外見にコンプレックスを春日は持っていた。好きな女の子に告白するも振られた回数は数知れない。おまけには、オシャレな女の子グループ、ヤンキーグループには罵詈雑言を投げつけられる。


 そんな春日だが、音楽の才能はあった。小学2年生の頃に、外見から虐められることの多いうえ、運動ができない春日。自信になるものを持って欲しく習い事をさせようと母親が通わせたのがピアノ教室であった。春日は、外見に囚われることなく、自分の世界を表現できる音楽にハマっていった。好きで始めた音楽が仕事になり、成功者となっただけでは無かった。

 自身の夢を現実にできる機会に不安と嬉しさが入り混じった感情であった。まるで、幼いころに初めて連れて来てもらったピアノ教室。


懐かしさに似た心地よい気持ちに慕っていた。




 その後、長い企画会議を経て、いよいよ『カスガガガPこと春日Pによる世界に向けたアイドルプロジェクト』が開始される。

 「女の子はオーディションで決めたいな」と春日が会議中に提案する。

 「オーディションいいと思います。春日さんの初めてのユニットになりますから宣伝効果にも、、、」と話す若林。

 「でも、一応確認なんですけど予算は春日さんの事務所が持つことになっているんですけど、大丈夫ですか?」と不安そうな様子で確認する。

 「そこは、任せてください!私これといった趣味がなかったものですから財産はこれから一生豪遊しても余るほどあります。」と鼻高々に今回の企画に投資する金額の見積もりと小切手を若林たちに見せた。

 「やっぱり、時代のカリスマは違いますね。」

 「俺が一生寝ずに働いてもこんな額、手に入んないですよ」

 「これだったら、うちと契約しなくても自身でプロデュースできたと思うんですけど。」

 プリンスカンパニーの面々は、開いた口がふさがらなかった。小切手と見積もりには「10億円」と書かれた文字があり、今は夢か現実か区別がつかなかった。

 「僕どうも昔から奥手な部分は変わらないんですよ。なんでかっこいい車を買おうにも、事務所おっきくしようにも踏ん切りがつかなくて、、、」と春日は苦笑いで答えた。貧富の差を見せつけられた気がした社員たちは少しだけ嫌悪感を持った。

 そんな気がなかった春日は周りの反応にも気づかずに会議は進められた。

「そんでですね。今回のアイドルなんですが、、、」「こういうコンセプトで」「こういう寮とスタジオとかを作って」「こんな感じの楽曲にしようかと。あ!あとせっかくなんでライブハウスも専用で作りたいなあ」と2時間近く春日は熱く説明した。春日の話に絶句する女性社員もいたが実績もある大物プロデューサー、成功してくれるハズ。むしろ成功しなかったらぶん殴りたい。とそれぞれ内心に秘めながらも春日の企画書はすんなり通ってしまった。

 そして、オーディションを開催することになった。有名プロデューサーがプロデュースするとあって10,000人ほどの応募があった。

 そして、10,000人規模のオーディションが行われた。勿論、各メディアは大きく報道することになった。形式は一台のカメラが置かれた部屋に数名ずつ候補者が入り1分間の簡単な自己紹介をしてもらうものであった。別室で10名ほどの社員と若林、春日がカメラ越しに参加者を観察し、各々気になった点を質問した。緊張と不安でいっぱいな参加者たち。しかし、参加者たちは大きな疑問を抱いた。なぜか春日だけは他社員の質疑応答が終わった最後に質問し、「軽く。一回でいいのでまっすぐジャンプしてくれますか?」とだけお願いするだけだった。


 若林を始めすべてのスタッフが勘付いた。

「この人、胸見てる」と心の中で絶句した。


 これは、才能ある変態プロデューサーとそれに選ばれた女性たちのお話。


不幸の始まりであり、幸福を届ける話。

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