1-7 とある午前の教育

 諸国は無名の内務長官を知るべく、諜報員を増やして慎重に動向を見守っていた。しかし、一向に動きがないことから、攪乱情報かと各国は訝しむのであった。


 それもそのはずで、内務長官という役職は、ユウキ自らが行動を起こさない限り何も起こらないのである。軍部、財務部、教育部、魔導部といった政府機関の長官は健在であり、ユウキが動かなくても内政上なんら問題が生じていないからである。


――――――


 俺が内務長官に就任してもうすぐ一か月が経過する。その間に俺は情報収集と教育を行ってきた。ちなみに情報収集のほぼすべてを伯温が一手に担っている。


 ちなみに伯温を除く部下の3人となぜか毎日入り浸るナルディアはこの一か月でめきめきと知識を増やしていた。武技の訓練については、ダルニアが休日に、ダルニアが来れない日はナルディアが3人をしごいている。最初は休日のダルニアがいるときにおこなっていたが、武技の訓練ならば余に任せよとばかりに訓練をおこなうようになった。ナルディアはいい暇つぶしが見つかったとばかりに嬉々と指導している。


 そしていま、俺はナルディアによる訓練の様子をひっそりと見ている。


「よいか、おぬしら。今日は家の周りの走り込み100周からじゃ」


「ええー100周は多すぎませんかー?」


 キキョウが不満げに訴えている。


「つべこべいうでないわ。ムネノリを見てみよ。いつも淡々とこなしているではないか」


 確かにムネノリは淡々と物事をこなす人であった。口数が少ないのが難点だが芯の強い子なのだろう。


「だってさー」


「ええい、だってもなにもないわ!よかろう、そこまで不満があるなら追加で10周じゃ!」


 ナルディアに反抗すると大体こんな感じである。ハンゾウが呆れた目で妹をなだめる。


「キキョウ、俺たちが強くなるためなんだ。な、頑張ろう」


 ぷくーっと拗ねながらもキキョウは従う。3人が走り出たところを見計らって、俺はナルディアの近くに行く。


「よう、ナルディア。いつも悪いね」


 呼び捨てでいいの!?と思った人もいることだろう。問題ない。だって、ライバルと書いて親友と読むのだから。


「おお、ユウキか。気にするでない。退屈な王城と比べれば遥かに楽しい。それにおぬしの教える経済や経営戦略?といった学問はちと小難しいが面白い。余の方こそ礼をいう。おぬしのおかげで毎日が新鮮である」


 ちょっと恥ずかしい気分になる。でも、王女が広い視野で体系的な知識を持つのは将来大きな資産になることだろう。シャルナークを強国にするためにも、王女の成長は好都合なのである。あ、そうそう、このナルディアって俺より少し年上らしい。子ども扱いするとすぐ怒るから、たまにからかい半分で指摘するに留めている。


「で、ハンゾウたちはどうだ?見どころはあるか?」


 ナルディアは槍を立てて、ハンゾウたちが走る様子を見つめている。


「そうじゃのう、ハンゾウは可も不可もなくというところじゃの。キキョウは・・・余が一番目をかけておる。あやつは槍の才能があるかもしれん。ムネノリは真面目じゃが、あまり得意ではなさそうじゃな」


「へえ、まさかキキョウが一番才能あるとは・・・これは驚いたな」


「余も同感じゃ。あれは将に向いているかもしれん」


 ナルディアの感想を聞きながら、俺はメモに書き込む。メモに気づいたのかナルディアが聞いてくる。


「ユウキよ。なんじゃそれは」


「ああ、これは3人の成長をまとめたものだよ」


「どれ、余にも見せよ」


 といいながらナルディアはのぞき込んでくる。ちょっと距離が近い。ナルディアは頬を少し赤くしながらメモを見つつ俺の横顔をチラチラと見ていた。


◇◇◇◇◇◇


氏名:ハンゾウ

性格:真面目、面倒見がいい

方針:諜報能力向上

武技:30点/100点

座学:35点/100点

統率力:40点/100点

社交力:〇

諜報力:◎


 全体的にそつなくこなしているという印象がある。性格についてもさすが長男というところだろう。諜報力は、ハンゾウのみに設けている項目だ。ハンゾウと最初に出会った日、俺やダルニアに気づかれず様子を窺っていたことから、情報を集める能力があると見込んでいる。まあ、ハンゾウという名前からして、諜報させる気満々だけど。


 武技というのは、その通り武力に直結する項目である。なお訓練は毎日午前におこなっている。武技の点数については、たったいまナルディアが記入している。


 座学というのは、主として知略に通じる項目である。講義は毎日午後に俺が一通りの学問を教え込んでいる。点数はもちろん俺の主観である。ちなみに伯温の情報収集がひと段落したら講義を任せるつもりだ。


 統率力というのは、主に軍の統率に向く性格かを見た項目である。これは特別誰かが教えているわけではない。一緒に過ごしている間に適正を見ている。ナルディアのアドバイスを参考にしつつ主観だ。


 社交力については説明するまでもないだろう。どこまで人と上手く関わることができるかという項目である。これについては×、△、〇、◎で表していて、もちろん俺の主観だ。×でさえなければ、大きな問題はないだろう。



氏名:キキョウ

性格:大雑把、豪胆

方針:武技、統率力の向上

武技:68点/100点

座学:15点/100点

統率力:60点/100点

社交力:◎


 キキョウはナルディアの指摘したように将軍向けの才能に溢れている。座学の点数をあげることが大きな課題である。


名前:ムネノリ

性格:寡黙、冷静沈着

方針:座学の向上

武技:15点/100点

座学:72点/100点

統率力:7点/100点

社交力:△


 ムネノリは座学がずば抜けていた。その代わり、他の部分はおざなりである。料理が得意なところを見ても記憶力や繊細な作業が得意なのだろう。社交力は、必要最低限といったところだろうか。


◇◇◇◇◇◇


「ユウキ・・・おぬし意外と良く見ておるのじゃな。見直したぞ」


 ナルディアはメモを感心しながらめくっていた。


「そりゃどうも。まあ、こいつらは俺の部下であり家族みたいなものだからな」


「たしか、もともとは農奴であったのだろう?」


「ああ。言いたいことはわかる。農奴でなぜこれほどと思ったんだろ?」


 ナルディアがうむと答える。


「俺はさ、生まれもっての才能に身分は関係ないと思ってる。あとは、その才能を伸ばしてやる場所を用意するだけだ。その場所でどこまで伸びるかは、本人次第。一つ言えるのは、未来さえ見えなかった農奴という暮らしから抜け出すために、3人とも必死ってことだよ」


 ナルディアは、ほえ~と言わんばかりに俺の横顔を見つめている。


「おぬし、見た目は可愛らしいのに、なかなか含蓄あることを言いおるの」


「可愛いってなんだよ」


「ん?不満か?お姉さまである余から見たらおぬしは可愛い弟じゃ。じゃがのう、おぬしも立派な男なのじゃな」


 何をいまさらと目線を向けると、ナルディアはぷいをそっぽを向いた。お姉さまとか言ってるんだか・・・。そういえば、ナルディアの話し方ってすごく老け込んでるよな。淑女というより老人の話し方じゃないか?俺はいまさらそれを認識した。


 俺とナルディアが話し込んでいるうちに3人が戻ってきた。息も絶え絶えとはまさにこのことである。


「3人ともご苦労さん。思ったよりナルディアはスパルタだな」


 というと、そうなんですよという目線をキキョウが送ってくる。


「おぬしら、たかが走り込みじゃ。音をあげるでない。これから素振り1000回。よいな!」


「「「ええーー」」」


 お、ムネノリも声をあげている。それだけ厳しいのか・・・。少し同情する。


 こうして午前は過ぎていった。ナルディアがここにいるときは、メイドであるテリーヌが毎日昼食を用意している。テリーヌの作る手料理は逸品の一言に尽き、みんなすっかりファンとなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る