絶望の入口
至極との話がつき、そこからはとても早かった。
噂が噂を呼び、全国から良司の教会には人が押し寄せて来るようになる。
しかし、これは神の教えを説くと言うより、”神の仔”と持て囃されるミツルを崇拝する宗教その物と成り果てているのが現状だ。
だが、信者となった人々から渡って来る献金で、現実とは思えない程に大金が廻る。
今まで慎ましく生きてきた良司にとっては、必要以上の金を手にする事など俗物的でしか無かったが、なんの金の心配の要らない何不自由無い生活は、良司の自制心をいとも簡単に壊してしまった。
「ちょっと!また、どこに行くの?」
外に出ていく準備をしている良司とミハルに、架帆は声を掛ける。
「今日は夜に集会があるんだ。私とミツルは遅くなるから、夕飯は外で食べてくるよ 」
「……ねえ、あなた。ミツルはまだ8歳なのよ?そんなに遅くまで子供を連れ回してどうするのよ。この子も疲れてるじゃない 」
架帆はミツルを心配し、良司を咎めるように引き止める。
「まだ信じられないのか?ミツルには奇跡の力がある。この子の導きを待っている人々は沢山いるんだ。分かるだろう?それが私達の務めなんだよ、なぁミツル 」
「……」
ミツルは俯き、外に行きたくない素振りを見せるが良司はミツルの手を引き、外へと連れ出す。
「お母さん……」
ミツルは架帆の顔色を伺いながら少し寂しそうな顔をしたが、そのまま良司に手を引かれて外に停められた高級外車へと乗せられる。
「もう、明日はミツルとミハルの誕生日なのに……」
架帆は車に乗り込む夫の後ろ姿を見て、深い溜息をついた。
◇
「本日は、講演会の参加者が180名。その後、個別の神託の希望者が、8名居ます 」
ノートパソコンを触りながら、車の助手席からそう良司に報告したのはイルだった。
「いやあ、イルさんが手伝ってくれて助かるよ。信徒の数が急激に増えて、もう覚えきれないからね 」
「いえ、任せて下さい。こういう仕事は得意なので 」
信者のリストアップや献金の管理等を受け持つイルは、良司とミツルの秘書の様な仕事を引き受けている。
「お父さん、明日は僕とミハルの誕生日だよ 」
「ああ、分かってる。プレゼントを買いに行こう。好きなものを買うといい 」
今までの誕生日は、慎まやかなながらも、父や母が手作りの料理やプレゼントを用意してくれていた。余りある金がある今、良司はよかれと思い欲しいものを買って良いと言ったが、ミツルにはそれが不満だった。
そうしているうちに、講演会が行われるホテルの前に車が止まる。
良司達は車を降りると、エントランスから講演会に使われる広間へと向かった。
一通りのチェックや打ち合わせを終え、良司とミツルは廊下の長椅子に腰掛け、飲み物を片手に休憩する。
その時、良司の携帯が、ブーンと何度も振動を始めた。
「……ん?誰だ?」
見たことも無い番号を不審に思いながらも、良司は電話を取る。
『こちらは由駄原警察署です。巳崎良司さんでしょうか 』
「はい……そうですが? 」
突然の警察署からの電話に、良司は身を強ばらせた。
何故なら、良司には警察が関わることで思い当たる節があるからだった。
しかし、その事が簡単に明るみになることは無い筈だ。何故、警察署から連絡が入ったのか分からないまま、良司は震えを抑えゆっくりと息を吐いた。
『……巳崎さん、落ち着いて聞いてください。貴方のご家族の乗っていた車が爆破して、奥さんと息子さん、娘さんの三名とも瀕死の重傷です 』
「…………は?」
良司の手から携帯が滑り落ち、カツンという音が廊下に響いた。
「お父さん?」
ミツルが心配そうに良司を見上げる。
良司は慌てて携帯を拾い上げ、ビルの廊下を走り出す。
「あれ?良司さん、どうされました?」
バタバタという足音を聞きつけ、講演会の準備をしていたイルが会場の扉から顔を出す。
「すみません!ミツルを頼みます!!」
そう一言だけ言うと、良司は急いで非常階段を駆け降りていった。
その後ろ姿を見送ったイルは、目を細めて笑う。
「ああ、今夜で終わりですかね 」
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