穢れの契約

激しい暴行を受けたスーツの男は、声が出ないのか微かに呻き声を上げて床に横たわっている。

教会の中には張り詰めた空気が漂い、良司は背筋に冷たいものを感じていた。


「ああ、君が噂の ”神の仔” と言われているミツルくんだね 」


ニヤリと笑いながら口を開いた男のその顔を、良司はよく知っていた。

実は、この教会のすぐ近くには所謂ヤクザと言われる暴力団の事務所兼自宅になっている大豪邸があるのだ。

今まで面識があった訳では無いが、要注意しなければならない相手の顔は一方的には知っておかなければならない。


「あ、あの、至極さんですよね。今までご挨拶もした事がなく、大変申し訳御座いませんが……」


「ああ、気にするな。うちに近寄りたい奴なんて居る訳がないからな 」


至極というこの男は、その暴力団のボスであり、大豪邸の持ち主でもある。近所の人達の中にも、挨拶に行った猛者は居ないのではないだろうか。


「すみません、うちに何か御用が……?」


しどろもどろに問いかける良司に、至極は笑いながらこう答えた。


「近所でアンタの息子さんが噂になってるのを聞いてね。なんでも、爺さんの病を言い当てたとか。最近ワシもどうも身体が悪くてな…それなら見て貰うかと思ってやって来たら、ソイツが暴れてたから手助けしただけだ 」


「それは、助けて頂き感謝します。しかし、ミツルの件は恐らく偶然で……!」


「偶然かどうかはワシが判断することだ 」


まるで予防線を張る様な言葉を吐く良司を、至極はギロリと睨みつける。

至極はミツルに向き直ると、笑顔で話しかけた。


「どうだい?ミツルくん。おじさんも最近、体の調子が悪くてね。何か分かるかな? 」


ミツルは至極を顔をじっと見つめると、フッと視線を下に落とす。

至極の期限を損ねる行動を取れば、息子や自分、この場にいるイルにも危害が及ぶ可能性がある。緊迫した雰囲気が辺りを包み、良司は顔を青ざめさせていた。


沈黙を破るように、ミツルが口を開く。


「おじさんの…なんだろう、この辺り色が違う。濁った色が漏れ出てる 」


ミツルは、至極の心臓の下辺りを指さす。

それは至極が数年前に対抗組織に命を狙われ、銃弾を受けた事があった場所だ。


「……ああ、確かにここには傷がある。でももう一年程前に手術した場所だしな 」


至極が連れてきた男たちは、一斉にミツルを睨みつける。

咄嗟に、良司は謝ろうと口を開きかけた。


「少し、失礼します 」


その声を発したのはイルだった、

イルは歩みを進め至極の前に立つと、服をはぐりその傷を目視する。


「おい!テメェ!!」


「いや、いい」


男の一人がイルに殴りかかろうとしたのを、至極は手を挙げて制止する。


「ここ、変な変色の仕方をしてますよね。銃創の位置を見る限り、もしかしたら取り残した弾の破片が、肋骨の裏に癒着したり血管を圧迫してるのかもしれません。設備が充実していない場所で治療を受けたのであれば、細部までは確認できなかったのでは? 」


ずっと傷跡が変色しただけかと思っていたが、事実、この傷を中心に痛みを感じている気はしていた。

至極が治療を受けたのは、裏稼業等の表で治療を受けられない人々の治療をする所謂、闇医者が動かす医院だ。

最新設備のある、大きな病院の様にはいかない。


「チッ、あのヤブ医者が。オイ、アイツもソコのと一緒に沈めとけ 」


数人の男達は一斉に頭を下げると、倒れているスーツの男を抱えて教会の外に出ていく。


「……成程、確かにこの子はいい目を持っているな 」


ニコニコと笑う至極に、良司はホッと胸を撫で下ろす。


「どうだろうか。見たところ、金が必要なんだろう?それならウチが出資してもいい。どうせアンタの所には、直ぐに金が回る様になるだろうからな 」


「…えっ!?」


確かに、先程のスーツの男は金貸しをしているヤクザだった。恐らくそれを見抜いての提案だろう。

良司は思ってもみなかった話に、少し心が揺らいだ。

ただ、相手は反社会の人間だ。この申し出に乗ってしまうのは、自分が信仰する神の教えにも背くものではないだろうか?


しかし、あの日訪れた天使はこう言った。


”この教会を大きくして欲しい ” と。


もしかしたら、これは天から授けられた”きっかけ”なのかもしれない。

良司は決意したように、口を開く。


「その……お恥ずかしながら、資金が必要なのは確かです。しかしそれは、神の啓示の下、息子の目をもって人々に救いの……」


「ああ、いいいい。理由などどうでもいいんだ。俺たちからしてみれば、大金が動くかどうかにしか興味が無いからな。アンタが団体を立ち上げたら、そこに大金が舞い込むだろうと確信してこの話をしてるんだ 」


そう言われ、良司は押し黙る。

ここまで来てしまえば、この話に対しての答えはもう一つしかないのだ。


「……わかりました 。よろしくお願いします 」

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