- 魔界の大監獄 -

大罪の檻 Ⅰ

─ 地獄


人種を問わず、宗教や信仰の中で罪を犯した人間の魂が堕ちると言われる場所。


所謂、そう呼ばれる地は確かに存在した。


現呼称―ドラグドマギア


その地獄、または魔界と呼ばれる異界の地には、その地の2割程の面積を占有する大型の施設が存在する。


それが【⠀大罪の大監獄 ⠀】


そこは罪を犯した人間の魂が収容される場所である。


ただし、罪を犯した人間の魂が自然とここに集まる訳では無い。

人間の魂は、短くても死後7日はその地に留まっており、それを逃すと罪の有無に関わらず転生へと向かい、天に帰す。

罪人の魂が天に帰す前に、上手く回収するのが魔界の悪魔たちの仕事だ。

言わば、やっている事は熟れ落ちる前の野菜や果物の収穫となんら変わりはない。

ただ明確な違いは、収穫者側に多少なりとも危険が伴う可能性があるという事だろうか。


悪魔達が罪人の魂を回収する理由は、かつて滅亡の危機を迎えた人間と、ある悪魔の間で交わした契約が起点となるが、詳細は今この場では割合とする。

今言えることは、悪魔達が、罪人の魂を”罪魂ルダ”そして罪魂から漏れ出す罪の炎を”罪火フラ”と呼び、結果、この二つが合わさる事により、魔界の糧になっているという事だ。


そのため、小さな罪を犯した魂の回収は、基本的に大監獄で働く大多数の下級悪魔達の仕事。

そして、一定の罪重を超えた大罪人やそれに準ずる魂の回収を担うのが、七つに別れたそれぞれの大罪の監獄を統べる、監獄長たちの仕事となっている。



魔界―大監獄内 大広間


カツカツと足速な靴音が、徒広い廊下に響き渡る。

ギィイと重たい音を立て大扉が開き、薄暗い部屋に入って来る人影は、背筋がスッと伸びたやや細身の青年だ。


部屋の壁に掛けられた、燭台の揺らめく炎が発する灯りに照らされたその青年は、白金に輝く絹髪に、後頭部から天に向かい伸びる薄らと光る白い角、そして白を基調とした服装と、全身がほぼ白で覆われていた。

頭に銀細工の茨を冠したその美しい容姿は、その角を除くと一見天使と見紛う様だ。


彼の名は【傲慢の檻の監獄長 ルシフィード 】


現在、この大監獄全体の統括を任されている。要するに、この大監獄で一番上の立場にある悪魔である。


彼が歩みを進めた先には、大広間の中央に配置された会議用の大きなテーブルがあり、そこへ向かう彼を待ちわびていたかの様に、テーブルの上に置かれた燭台の炎が妖しく揺らめいた。


「…皆さん、揃ってますね 」


ルシフィードが投げかけた言葉。

それは、その絢爛な装飾に彩られたテーブルに先に座っていた、六つの人影に向けられた問いだ。

薄暗い部屋に座る影は全員、頭部に悪魔の証明であるとも言える様々な色形の角を持ち、それがぼんやりと怪しい光を放っていた。


そして、気づいていないのか聞こえないふりをしているのか、ルシフィードの問いに返事をする者もいない。

一部を除いたほぼ全員がそこに大人しく座ってる様子はなく、好き勝手な行動をしているのが見て取れる。


ルシフィードは、目前に広がる自由過ぎる光景を前に、眉間に深い皺を寄せた。

彼はハァと深いため息を漏らしながら、手前にある椅子を引き席へと着くと、そのまま手持ちの資料の内容に一通り目を通しながら、声を上げた。


「では、ここ半期の報告書をお願いします。そうですね…では、成果を全く期待できなそうな兄さんからどうぞ? 」


”兄さん”と呼ばれた男は、ルシフィードより一回り以上身体が大きく、かなり筋肉質な肉体をしている。


彼は【憤怒の檻の監獄長 サタニアス 】

逆立てた髪は黒曜石の様に黒く、側頭部からは黒と赤が入り交じった大きく鋭利な角が突出し、その姿はいかにも魔王然とした風貌だ。弟にあたるルシフィードとは全く正反対の容姿であり、顔も似ても似つかないのだが、その血のような深紅の瞳だけは似通っていると言える。


「あ゙あ?テメェは毎回毎回、余計な一言を言うよな、喧嘩売ってんのか!? 」


ルシフィードの言葉に声を荒げるサタニアスだったが、そんな彼を目の前にしても尚、ルシフィードは冷ややかな視線を送る。


「いえ、事実ですから 」


ルシフィードはスッパリとそう言い切り、手を差し出し報告書を督促する。


「あ〜あ、毎度のそのやり取りも、この集会もほんっとダルいんだけど〜」


サタニアスの隣りの席から、髪を弄り気怠げに声を上げたのは、【色欲の檻の監獄長、アスモルシア 】だった。

だが、その目は二人の方を見ることも無く、先程から自分のネイルをジッと細かくチェックしている。

彼女の容姿はかなり目立つもので、床に届きそうな程に長い髪を、高い位置で括ったツインテール。そしてその左右に別れた髪のインナーは、ピンクにブルーとかなり派手な色をしている。彼女の前頭部からは、ネオンピンクに光る蟲の顎を思わせる様な角が突出し、腰からも同様に蠍の尾を模した魔力の帯が伸びている。


「アンタ達、仲悪い割にはそういうじゃれ合いホント好きよね~、実はデキてんじゃないの?ウケる~、キャハハ」


その余計な一言にルシフィードとサタニアスは「「 は ? 」」 と声を合わせた。

威圧されたその場の空気が、ビリビリと振動する。


「くだらねぇ事言ってんじゃねェ、殺すぞ 」


椅子から立ち上がったサタニアスが、アスモルシアを睨みつける。一方のルシフィードはそれ以上何も言わないが、明らかに目は笑っておらず、凍てついた視線が彼女に向けられていた。


「あ〜ら?図星?アンタじゃ私を殺せないわよ、お・姫・様 」


殺気立つ二人を目の前にしてなおも、平然と煽るアスモルシア。

まさに一種即発、いつ殺し合いに発展してもおかしくない空気がそこに流れていた。


「あらあら〜、またケンカなの?いい加減仲良くできないのかしらねぇ?お姉さん困っちゃうわ~。ねっ、クーちゃん 」


その空気を目の当たりにしても、おっとりした口調で隣に座る悪魔に話掛けたのは、

【嫉妬の檻の監獄長 レヴィアローザ】

この大監獄では1番の古株だ。真っ白な肌に拍車をかける、白に近い薄桃色の長髪。その瞳は左右の色が異なり、右目はエメラルド、左目はアメジストを彷彿とさせる。頭からは丸みを帯びた宝石で作られた様な角が伸び、その長身と圧倒的な存在感のある大きな胸が目を引く美女だ。


「あっ、あの、誰かとめないと…」


その隣、目の前の光景にあたふたとしている”クーちゃん”と呼ばれていた人物。見た目は小学校高学年くらいの子供にしか見えないが、周りの悪魔と同じく立派に役職を持っている。


【暴食の檻の監獄長、ベルゼクロム 】

彼、と言うべきかこの子には正確な性別がない。所謂両性具有であり、悪魔ではなく魔竜に位置する。その魔竜種の中でも竜人という希少種であり、見た目は他の悪魔達と変わらないのだ。

肩近くまで伸びた髪は、表現の難しい鮮やかな色のグラデーションになっており、頭にある長い双角は、小宇宙を閉じ込めたかの様な神秘的な輝きを放つ。

また腰からは、その細く小さな身体には不釣り合いな大きさの竜種特有の爬虫類じみた尾が伸びており、時折地に引きずっている。


「ねぇ!もう…ほんと時間の無駄!!帰っていいかな!?」


膝の上の猫の様な魔物を撫でながらイライラと悪態をついている少女は、【強欲の檻の監獄長、マノン】

彼女は、肩に付く程の長さの赤い髪をハーフアップにした小柄な少女の姿をしている。後頭部から伸びた黒と橙の三角形の角は動物の耳の様であり、かなり特徴的だ。腰から伸びる長い尾は先が二股に別れ、その先端はそれぞれ炎を纏っている。こちらもベルゼクロムと同じくまだ歳若い悪魔で、その容姿は人間の中学生程に見える。


「……グゥ」


そして最後の一人。


【⠀怠惰の牢の監獄長、ベルフェハート 】

2Mを超える大きな身体と筋骨隆々と表現できる肉体を持つが、ご覧の通り寝てることが多く、口数少ない寡黙な悪魔である。

白衣の様なコートと常に頭に被っているフードが特徴的で、茶灰色の長い前髪に隠れた目元は陰気な雰囲気を醸し出しており、口元は鋭利に尖った歯が覗く。また、前頭部から上に向かい伸びる冷気を帯びた碓氷の角は、粉々に割れていて、もはや角と表現して良いのかも分からない。

ちなみに彼は現在、30時間もこの場所で爆睡中である。


彼らの業務報告会は、常にこういった状態であり、今までスムーズに進んだことがまず、無いのだ。

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